第29話 王太子殿下の扱いが何故か上手いノア
他に作戦は思いつかないし、ノアもいい作戦だと言ってくれたから仕方ない。
何が何でも許可を得らないと。
「じゃあ王太子殿下が帰って来たら話して―」
そう言いかけたところ、扉が軽く叩く音がした。
ヨハナかと思ったら入って来たのは王太子殿下で、驚いて皆固まってしまっている。
「おかえりなさい…」
「仕事が早く終わったんでな。だが、そんなに驚くことではないだろ」
「いや、驚きますよ…普通」
王太子殿下の送り迎えをすることになってから、いつももうすぐ帰って来るという伝えを聞いて門に向かっていたのに、何の伝達もなく帰って来られては驚く。
ノアとシュリヒトだって、帰って来てしかも部屋に来るとは思いもしなかっただろうに。
「「お邪魔しております、王太子殿下」」
私が王太子殿下と軽く話したことで、二人は我に返って挨拶をしていた。
「今日は集まっていると聞いて、一体何の話をしてたんだ?」
「えぇ~っと…」
「エア!聞く時が来たわよ!」
本当に絶好の機会なんだけども、ノアは興味津々だしシュリヒトも居て、どうにも聞きづらい。
普段どんなことを話したりするのかノアにもシュリヒトにも話したことがあるものの、いざ話しているところを見られるとなると恥ずかしい。
「…グロース公爵の恋愛相談を受けてみようかなって話してたんです。何か手がかりが得られるかと思ってたん…です…けど…」
「……」
始めははっきりと話せていたのに、途中から王太子殿下の表情が曇っていき圧に圧倒され、声から自信がなくなっていって次第に声量も小さくなっていった。
(なに?!せめて怒ってくれたらいいのに、無表情で圧が凄いとか怖いんですけど?!)
明らかに不機嫌になっている気がして、冷や汗が流れ始める。
「あの…王太子殿下?」
「馬鹿なのか?」
「へっ?!ば、馬鹿?!」
長い沈黙から出る一言目はそれなのか。
他にも言えた言葉はたくさんあるし、駄目なら駄目の一言でいいのに馬鹿とは不本意だ。
さすがに恋愛小説に現を抜かしていても、勉強は出来る方なのだが。
「馬鹿だろ。あんなに震えて怖がっていたのを忘れたのか?」
「覚えてますよ、それくらい…」
「なら止めておけ。もうお前に怖い思いはして欲しくない」
真剣な眼差しでそんなことを言われて、次に話す言葉がみつからない。
ノアは止めた王太子殿下を意外そうな顔で見ていて黙っていたが、その後始めに口を開いたのはノアだった。
「ならって言うということは、エアが怖がらないならいいってことね?エアの作戦を聞いて初めから許可出来ないならそう言うでしょう?」
「確かに…!ノア様の言うことは一理あります」
二人がそう話したことで私は気づいた。
まだこの作戦を遂行する許可を得られるかもしれないことに。
この話に便乗すればいいのだ。
「部屋で二人きりでも、近くに人が居たら安心出来ます!それに、私は取り繕うのが得意ですから大丈夫です!」
「ハァ…」
王太子殿下は大きな溜息を吐いて、頭を抱えていた。
言い分を聞いてどうやら悩んでいる様子。
(許可してくれますよね?王太子殿下)
祈るような気持ちで王太子殿下を見つめていたが、ノアがとんでもないことを言い出してしまう。
「許可したらエアが一つお願いを聞いてくれるわよ」
「ノア?!私そんなこと一言も…」
「―わかった」
「って、それを聞いてすぐに答えを決めないで下さい!!」
さっきまで悩んでいたのは何だったんだ。
そんな簡単に許可するなら、最初から拒否するつもりはなかったんじゃないかと疑ってしまう。
怖い思いをして欲しくない、という王太子殿下の気持ちが嘘だとは思っていないけれど。
「じゃあ決定ってことで詳しく決まったら教えてね!シュリヒト、私たちはおいとまするわよ。これからはエアと王太子殿下の二人の時間だからね」
「そうですね。お邪魔するわけにはいきませんので、これにて失礼します」
「え!?ちょっと待ってよ!まだ二人きりになりたくな…」
「またね~」
引き留めようと試みるもノアはバッチリと片目を閉じて、シュリヒトとそそくさと帰って行ってしまった。
(空気読んでよ…!)
今振り返ったら、また意地悪な顔してお願いを言って来るに決まってる。
一度深く深呼吸してから、意を決して後ろを振り返る。
「うわぁっ!!」
勢いよく振り返れば、真後ろに王太子殿下は立っていて、驚きのあまり大きな声を上げてしまった。
せっかく深呼吸をして落ち着いたのに、驚いたせいで心臓が大きく跳ね上がり鼓動が速くなってい
る。
「びっくりするじゃないですか…」
しかし王太子殿下の表情をよく見ると、悲しそうというか、心配そうな顔をしていた。
想像していた表情じゃなくて不思議だ。
「お前はありのままの自分でいろ、取り繕わなくていい。特に、俺の前では取り繕はないでくれ。それが俺からの願いだ」
軽く私の頬を撫でてから、そう言い残して部屋を出て行った。
あっさりとしたお願いなことにも驚きだが、それよりもそんなこと初めて言われた。
(ありのままの自分でいろ、取り繕わなくていい、か…)
無性に泣きたい気持ちになった。
ずっとその言葉を言われたかったような気がする。
(幼い頃にそんなことを言ってくれる人が居たらよかったのにな…。そしたらもっと…楽に生きられたかもしれない)
瞳から大きな涙が零れ始め、床にぽつぽつと落ちて濡れていく。
何年経っても消えないこの苦しみから救われる日は来るのだろうか。
読んで頂きありがとうございました!
次回は木曜7時となります。




