近況(無職を14年やって悟ったこと)
無職とは言っても、ちらほらバイトのようなことはしてたんですけどね。
40歳越えて再就職、会社員ーー結果的に仕事と無職のどちらがキツかったかと言えば…
圧倒的に無職!(5年目くらいから)
僕のいまの仕事は別荘管理、木々の剪定や土木作業、勤めている社の、会長夫妻の生活の細やかなあれこれをやらせてもらっていて、日によってはめちゃくちゃキツい仕事もありますが、それでも「楽」!
長い無職の罪悪感より!!
自分で「作家になるために集中する」「その時やりたくないことはやらない」と貯金を使いまくって来ましたが、゛これはそれなりに面白いんじゃないの゛と感じられる作品をいくつか書けるまでは、本当に焦りと切迫感がすごくて、その時の苦しさは例えようもないものでした。
「えっ! 仕事って、こんなに気分いいものーーもちろん理不尽なことも多いですがーーだったっけ!? その上充実感!?」
他に何も考えられず、死にものぐるいで文章を書いてきた人間なのに、もともと嫌だったはずの「向こうからやることを与えられる」というのが、かなり楽になっていました。
0から1を生み出すのが、どれほど難しいことか骨身に染みて分かった後ですから…(まあ、創作も本当の意味での0→1はない、と言われてますが)
自分なりに細かなことを突き詰めてきたために、ほとんどのことが割り切れて考えられるようになって、仕事について現時点でできないことは、怒られて謝るだけ。
小説は、いつも「まだ発見されていない面白さ」を探し続けないといけない(とこれも思い込んでいた)から、後がない状況だと、本当に辛かった。
今、明日が休みでも、仕事の日でも、ほとんど夜の心に違いがありません。
「休みか。やりたいことがいくつかあるな」
「仕事か。色んなことがペースよく進むといいな」と思うぐらいで、嘘みたいに心が平穏です。
夜は少しのお酒を飲んで、早めに寝る。
朝の5時には目を覚まして、ドラマやアニメを創作のために観る、または本を読む。
「成り上がる」(というか、多くの人の心に残る仕事をする)という欲望が巨大過ぎて、物欲もほとんどない。
お金を使わない。
まるで悟りのように一日一日が過ぎていっています。
「とりあえず書きたいものは書き終わって」こんなに人生が軽く、気楽になるとは思いもよりませんでした。
平日(木曜と日曜が休日)の休みの日には、小学生の見守り登校まで始める始末です。(まあこれは、親しくさせてもらってる連合自治会長がやられていたので、朝からヒマで会いにいくと自然と小学生と登校することになっただけですが)
色んなものが見えてなかった頃の自分に、将来こんなにヒマを持て余して楽になるんだよ、と教えてあげたいものです…
と、いうわけで。
彼女(そして結婚)の芽はまだ全然見えてませんが、ひとり毎日充実して、時に怒りを爆発させ、大抵は楽に過ごしておりました…。
「何にも書かなくなったな、久賀」と思われていた方がおられれば、申し訳ありません。
雑草育成記はいろいろ書くネタがあったんですけど、「今さら、よほどの事がないとなあ…」と二の足を踏んでおりました。
最近、短編(掌編)ファンタジーを書きたい気持ちが持ち上がってきて、「やれればいいなあ」と思っています。
もし完成したら(可能かどうか分かりませんが)よろしくお願いします。
しかし、マッサージ店を始めると言っておきながら、全く進行していないので、ほんとどうなるか…どんどん人生適当になってる気もします。
長い長い近況報告でしたが、ありがとうございました!
またどこかで、よろしくお願いします!!