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執事ランキング最下位の僕がお嬢様を護るために1位を獲るまで~目が見えず口もきけないせいで魔法も使えず、執事一家の恥と言われたけど、無詠唱魔法に目覚めました!実は僕にはすごい魔力が秘められてたんですよ?

作者: みんと

新作です

連載候補の短編です


 人には生まれつき、出来ることと出来ないことがある。

 僕ユウォル・リフシェントにとっては、圧倒的に後者の方が多い。


 まず、僕は目が見えない。

 そして言葉で話すことができなかった。


「まったく……うちの兄たちはこんなに優秀なのに、どうしてユウォルはこうなんだ」

「…………」

「なんとか言え!」

『すみません』


 僕は紙に文字を書いて答えた。

 目の見えない僕が文字を覚え、使いこなすのには苦労した。

 何年もの練習の末、身に着けたことだ。


 お父様は僕をいつもお叱りになる。

 当然だ。

 僕は喋れないせいで、魔法を使えない。

 魔法は呪文を口に出して、初めてその効果を発揮する。


「明日はユナイデル様のお嬢様が、うちにおいでになる日だ。くれぐれも、邪魔をするんじゃないぞ!」

「…………」


 僕は無言で首を縦に振る。

 明日は僕たちリフシェント家にとって、一年で最も大事な日。

 そんなことは、僕もわかっていた。





「はっはっは! 俺は明日、お嬢様に選ばれて執事になる! どうだ、ユウォル? うらやましいだろう」


 僕の三つ上の兄上、ゲヴォルド・リフシェント兄さんがそう言って僕の肩を叩く。

 正直力が強くて痛い。

 それに、そんな嫌味ったらしい自慢話にはうんざりだ。

 だけど僕は、黙って頷く。

 そうしないと、ぶたれるから。


「俺はずっと、この日が来るのを待っていたんだ! そのために、立派な執事になれるよう厳しい修行にも耐えた。だから俺が選ばれる、だろう? ユウォル」

『はい』


 そう、僕たちリフシェント家の16人の兄弟は、みな執事になるために育てられた。

 リフシェント家は超一流の執事一家なのだ。

 まあ、僕を除いてだけれど。


「お前はかわいそうだよな。いくら修行しても、魔法が使えないんじゃな。口もきけないし、そもそもお前はトロいから、もし目が見えても役立たずだろうけどな!」

「…………」


「あ……? なんだよその顔は! 文句あんのか?」

「…………!」


 僕は慌てて、ぶんぶんぶんと首を横に振る。

 これは仕方のない話なんだ。

 僕はいくら頑張っても、執事にはなれない。

 そんなことは、幼いころからわかっていた。


「さあ、明日のために掃除をしておけよ? ユナイデル様にアピールするんだ。あ、もちろんお前が掃除したところは、全部俺の手柄にするからな? 黙っておけよ? あ、まあ喋れないお前に黙っておけってのもおかしな話か……はっはっは」

「…………」


 そう、僕の扱いはいつもこんな感じだ。

 ゲヴォルド兄さんにいいように使われて……。

 まあ、言い返せない僕も僕だ。

 言い返しようなんてないけど……。





 年に一度か二度、名家のお嬢様がうちを訪ねる。

 その日はリフシェント家にとって、最大の行事だ。


 リフシェント家は一流の執事を育てるための一族だ。

 毎年、すごい名門の一家に、執事を送り出している。


 僕たち兄弟は、その日のために毎日厳しい訓練を受け、競わされている。

 16男である僕は、ついていくのに精一杯だった。


「いいかユウォル。間違っても自分が選ばれるかもなんて夢にも思うな? お前なんか外に出したら、一族の恥だからな」

『わかっています』


「わかっているのならいいが。明日はそのへんで大人しくしておけ。決してお嬢様と顔を合わせるんじゃない」

『はい』


 お父様――セオドア・リフシェントは僕にきつく、くぎを刺した。

 兄弟の中で誰が執事として雇われるかは、お嬢様が決めることになっている。

 もちろん僕なんかが選ばれるはずは……ない。





 翌日、僕は目立たないように、庭の掃除をしていた。

 植物の手入れをするのは大好きだ。

 なぜだかわからないけど、植物からは不思議なパワーを感じる。

 だから、目の見えない僕にも存在を感じられて、落ち着くのだ。


 お嬢様は応接室にいらっしゃるはずだから、ちょうどここは屋敷の反対側だ。

 もしもお嬢様が大切な【執事選び】から抜け出さない限り、鉢合うことはない。


「お嬢様~! そっちへ行ってはなりませぬ! もうすぐ執事選びが始まりまする!」

「いやよ! 私はこのお屋敷を探検するの! 執事を選ぶのはそれからでもいいでしょ? ねぇ!」


 なんて声が、大きな足音とともに聞こえてきた。

 まさか僕の想像通りになるなんて……。

 ユナイデル家のお嬢様は、ずいぶんおてんばなんだな。

 お嬢様の後ろを追いかける足音は、執事の人かな。


 もちろん、執事選びにくるお嬢様の家には、すでに執事が何人もいる。

 ではなぜわざわざリュフシェント家にまで執事を選びにくるのか。

 そう、ここで今日選ばれるのは、お嬢様の専属執事なのだ。

 専属執事とはつまり、生涯の伴侶にも等しい。


 名家のお嬢様の専属執事に選ばれることは、僕たちのような執事一家にとっては、なによりも名誉なことなんだ。


 まあ、僕には関係のない話だ。

 そんな風に考えながら、庭の手入れを続ける。

 すると、近くに誰かが歩いてきているのがわかった。

 僕は目が見えないぶん、耳がよく聞こえるのだ。


「ねえ、あなた……この家の人?」

「…………!?」


 は、話しかけられた……!?

 この声って、さっきのお嬢様だよね……?

 僕は恐る恐る、彼女の顔を見る。

 もちろん僕は目が見えないから、顔をそちらへ向けただけだ。

 それだけでも、なんとなく相手の表情が、雰囲気でわかるものだ。


「あなた……目が、見えないの……?」

「…………」


 僕はこくりと頷いた。

 なんだか少し、恥ずかしかった。

 同年代の女の子と話すのなんて、これが初めてだ。

 彼女の姿を見ることが出来ないのが、すごく悔しい。


「口も……きけないのね?」

『そうです。すみません』


 僕は急いでその文字を書きなぐる。

 話しのできない僕は、物心ついたときから、いつでも手帳を持ち歩いていた。


「謝らなくていいわ。ぶしつけな質問をしてごめんなさいね。でも……あなたのことをよく知っておきたかったから……」

「…………?」


 どうしてユナイデル家のお嬢様なんかが、僕に興味を持つんだろう。

 僕なんかより優秀な兄が、あっちで待っているというのに。


「お嬢様~! シェスカお嬢様……! こんなところに……!」

「あら、爺や。やっと見つけたのね。足が遅いから、退屈して彼に話しかけてしまったわよ」


「お嬢様、もう時間ですので……あちらへ……!」

「そう。わかったわ。もう目的は果たしたもの。あなた……じゃあ、またね?」


「…………?」


 またね……と言われても、僕はもうお嬢様と会うことなんてないだろうと思った。

 とりあえず、手を振っておく。


 きっとこの後、彼女は優秀な兄の中から専属の執事を選び、僕のことなんて二度と思いださないのだろう。


 というかそもそも、彼女は僕のことをどう思っていたのだろう?

 庭師だとでも思われただろうか……?

 うん、きっとそうだろうな。

 僕はまさかこの家の子供だとは思われないほどの、みすぼらしい格好をさせられているし。

 実際、本当の兄弟かも怪しいものだ。

 僕だけが、こんな目にあうなんて……。


 ――テクテクテクテク。


「…………?」


 遠ざかっていったはずの足音が、戻ってくる。

 さっきのシェスカお嬢様だろうか?


「ねえあなた! 忘れ物をしたわ」

「…………?」


 忘れ物って、なんだろう。

 僕は見えないから、探してあげようにも難しい。


「あなたの……名前は……?」

「…………!?」


 な、名前を訊かれたぞ……!?

 僕が……、あのユナイデル家のお嬢様に……!


『ユウォル』


 僕はまた、自分の名前をメモの切れ端に書きなぐった。


「ユウォルね。そう……わかったわ。私はシェスカよ。よろしくね……?」

「…………!?」


 なんとシェスカお嬢様は、僕の手をぎゅっと握って来た。

 小さくて、冷たくて、すべすべの手。


「じゃあね……!」


 ――テクテク。


 また……行ってしまった。

 なんだか変わった子だったな。


 そして僕は、無駄な期待など抱くなと自分に言い聞かせながら、庭仕事に戻るのだった。






 名門ユナイデル家の一人娘であるお嬢様――シェスカ・ユナイデルは、今日リフシェントに、専属の執事を選ぶためにやってきた。

 おてんばなシェスカは、執事選びを抜け出し、ユウォルと接触。

 そんな彼女の本心とは……。





「…………」


 リフシェント家の兄弟が、シェスカの目の前にずらっと並んでいる。

 今日、シェスカはその中から、好きな子を一人選んで、自分の執事とすることができる。

 リフシェント家の16人の兄弟のうち、上の8人は既に別の家にもらわれていった。

 そしてここに残っているのは……。


「7人……」


 そう、その執事候補の中に、ユウォルの姿はなかった。


「どうですかシェスカお嬢様。お気に召していただけましたでしょうか? うちの自慢の息子たちです」


 リフシェント家の当主、ユウォルの父でもあるセオドア・リフシェントが、手をもみながら言った。

 普段は厳しい執事指南役であるセオドアも、シェスカの前では縮こまってしまっていた。

 小さな少女に媚びをうるセオドアは、少し滑稽でもあった。


「たしか……リフシェント家の子供は8人だったはずだけど……?」

「それが……末の子は病気でして……。シェスカお嬢様にうつるといけないので、奥で寝かせています」

「ふーん……」


 もちろん嘘である。

 セオドアはとにかく、ユウォルの存在を隠したがった。

 一流の執事一家である彼らにとって、ユウォルはどうにも許しがたい存在だったのだ。

 だがそんなことは、シェスカには関係ない。


「その子、名前は……?」

「ゆ、ユウォルといいますが……それがなにか……?」


「やっぱりね……」

「は……? やっぱりとは……?」


「その子なら、さっき会ったわよ」

「……な!? ま、まさか……」


 セオドアの額に汗がにじみ出る。

 あれだけユウォルには口をすっぱくして言ったのに、と怒りも沸いてくる。


「私、あの子がいいわ。ここに連れてきてちょうだい?」

「で、ですがお嬢様! あの息子はですね……」


「いいから! 私他の子には興味がないの」

「……っ! わ、わかりました……。しばしお待ちを」


 シェスカのその言葉に、兄弟たちは言葉を失った。

 みな、自分こそが選ばれると思っていたのだ。

 特に優秀な15男のゲヴォルドは、自分こそが選ばれるはずだと信じて疑わなかった。


「…………っクソ! なんでユウォルが……」


 ゲヴォルドは、明らかに不満を顔ににじませる。

 どうしてあの使えない弟が?

 そんな疑問が、兄弟たちの頭を駆け巡った。

 お互いに顔を見合わせては、不満を口にする。


「あら、あなたたち。なにか文句があるのかしら……?」


 だがシェスカのその言葉で、兄弟たちは一斉に肝を冷やして静まり返った。

 ユナイデル家はそれほどに力のある家だった。


「い、いえ……! すみません……」


 そこからはみな静かになり、大人しくユウォルの登場を待った。

 シェスカはなぜか末っ子のユウォルを指名した。

 そして兄弟たちはみな、そのことを不満に思っている。

 とうのユウォルはそんなことになっているとはつゆ知らず、庭で庭師のふりを続けているのだった。





「おい、ユウォル……! ユウォル!」


 庭仕事を続けていた僕に、またも声をかけてきた人物が。

 今度は何度も聞いたことのある、なじみ深い声。

 僕はその声を聴くと、怯えないではいられなかった。

 いつも僕たちを厳しくしつけるあの声。


 そう、僕の父――セオドア・リフシェントの声だ。


『なんの御用ですか……?』


 お父様は本来、執事選びの最中なはずだ。

 僕にあれほど顔を出すなと言っていたし、用なんてあるはずがないだろうに。

 まさか、さっきシェスカお嬢様と話をしたことがバレたのだろうか。


 きっとそうに違いない。

 僕はこれから大目玉を喰らうのだ。

 そう覚悟し、ぎゅっと目をつむっていた。


「えー、おほん。ユウォルよ、シェスカお嬢様がお前を指名なさった。来なさい」

「…………!?!?!?!?!?!」


 僕は言葉を失った。

 いや、もともと失っているんだけど。

 とにかくびっくりして、その場で固まってしまった。


 シェスカお嬢様が、()を……選んだ……?

 わけがわからない。

 あれだけ優秀な兄さんたちを差し置いて、僕が……?


「さあ、はやくしなさい。ちゃんとした執事服に着替えて」

『はい』


 とにかく僕は従うしかなかった。

 僕は、選ばれたんだ。





 兄弟たちの横に、僕も一緒に並ぶ。

 まさか僕がほんとに、執事になれるなんて……!

 正直、僕は出来損ないで、執事にはなれないと思っていた。

 というか……本当になれるのか……!?


 兄たちからの視線が痛い。

 目には見えないけど、すごい圧力を感じる。

 そりゃあそうだ、僕なんかが選ばれたら、兄はみんな怒る。


「で、では……シェスカお嬢様? ほんとうに、このユウォルをお選びになるんですね?」


 僕の父、セオドアが再び確認する。

 これは僕の人生を、そして兄らの人生を、そして何よりシェスカお嬢様の人生を左右する、大決断なのだから。


「だから、そう言ってるじゃない。ユウォルが私の執事よ」

「で、ですが……本当にいいのですか? こいつは目も見えないし、口もきけないんですよ?」


「ええ、わかっているわ」

「こいつは執事ランクも最下位の落ちこぼれですよ!? 家事雑用はまあ、得意な奴ではありますが……。正直、魔法が使えないので戦闘力は期待できませんよ!?」


 執事ランクは、世界中の執事をランキングしたものだ。

 うちのリフシェント家が一流の執事一家と呼ばれるゆえんも、そこにある。

 リフシェント家は、代々その執事ランクの上位を席巻しているのだ。


 僕も一応、そのランキングに登録されている。

 でも魔法がつかえない無能ということで、ダントツの最下位。

 執事ランクは戦闘力になによりも重きを置いている。

 お嬢様をお守りすることこそが、なによりもの使命だからだ。

 ダントツ最下位の僕は、一族の恥として罵られてきた。


「そうね……たしかに魔法が使えないのは問題だわ」

「そうでしょう、そうでしょう」


 やっぱり……シェスカお嬢様も、そう思っているんだ。

 僕は魔法が使えない、だから……お嬢様を護ることができない。

 これはなにかのいたずらか?

 僕をぬか喜びさせておいて、ここから再び突き放す気だろうか?


「でもね……それが何?」

「…………!?」


「私はこう見えても、魔法が得意なの。ユウォルが魔法を使えないのなら、私が使えるように指導すればいいだけだわ」

「はっはっは……! お戯れを。こいつは口がきけないんですよ? それでは魔法をとなえることができません……! いくらお嬢様が魔法に精通していても、ね」


 そうだ、お父様の言う通りだ。

 僕には逆立ちしても、魔法が使えない。

 わかりきったことだ。

 それなのに、シェスカお嬢様はどうして……?


「問題ないわ。私はきっと、ユウォルにも魔法が使えるって信じてるから。というか、ユウォルには才能があるもの。間違いないわ」

「……!? こ、こここ……こいつに才能ですか……!?」


 なにを言ってるんだろうシェスカお嬢さまは。

 僕に、魔法の才能だって……!?

 そもそも唱えることすらできないっていうのに……!?


 いったいなにを根拠にそんな……。

 言われた僕自身が、一番信じられない。

 だけど、もしお嬢様の言葉が本当なら……。

 いや、その言葉をホンモノにするのは、ほかならぬ僕自身だ。

 僕は……シェスカお嬢様の期待に応えたい……!


「ちょ、ちょっと待て……!」

「ゲヴォルド……!? こ、これ……!」


 お父様の制止の声を遮って、ゲヴォルド兄さんは僕に抗議した。


「こいつに才能があるなんて、なにかの間違いだ! なあお嬢様……! さっきから勝手なことばかり言ってくれちゃって……!」

「そうね……確かに、あなたからすれば腹立たしいことかもね」


 ヒートアップするゲヴォルド兄さんとは打って変わって、シェスカお嬢様はそれでも落ち着いた雰囲気を崩さない。


「おいユウォル……! 俺と、決闘(デュエル)だ!」

「…………!?」


 ゲヴォルド兄さんはそう言って、僕に手袋を叩きつけた。


「お、おいゲヴォルド! す、すみませんお嬢様!」


 お父様は慌ててその手袋を拾う。

 しかし、シェスカお嬢様はそれを面白がったふうにこう言った。


「いいわね、決闘。ユウォルが勝てば、ユウォルを私の執事にしてもいいのよね?」

「ああ……俺はそれで文句ないぜ」


 ということで、僕の意思など関係なしに、ゲヴォルド兄さんとの決闘が決まった。

 僕はなんとしても、負けるわけにはいかない。

 ここで勝てば、シェスカお嬢様の隣に立てる。

 でも負ければ、僕はまた一生執事にはなることはないだろう。


『負けません。勝ってみせます』


 僕はそう書いた紙を、シェスカお嬢様に渡した。


「そうこなくっちゃ」


 目には見えないけど、シェスカお嬢様がほほ笑んだ気がした。







 さて、執事たるもの、決闘を申し込まれたからには、受けなければならない。

 左手の白い手袋をはずして、あいてにたたきつければ、それが決闘の合図だ。

 僕も魔法の使えない落ちこぼれと言われてはいるが、自分では執事の誇りを持っているつもりだ。


「さあユウォル。叩き潰してやるぜ」

「…………!」


 ゲヴォルド兄さんが剣を構える感じがした。

 僕も剣をとって構える。


「いくぞ! お前みたいなやつはなぁ、どうせ執事になってもつかえねえ! どうせなら今ここで、俺が再起不能にしてやるぜ! それが兄としての勤めぇ!」

「…………!?」


 ゲヴォルド兄さんはようしゃなく僕に剣撃を叩きこむ。

 僕にハンデがあることなどお構いなしだ。

 だけど僕だって、ただやみくもに剣を振っている訳ではない。

 目が見えないなりに、感覚を研ぎ澄ませて、なんとか兄さんの剣を受け止める。


「っち……! 耳で剣の位置を感じているのか……!? 器用な奴だ……! だけどなぁ! そんなことができても、お嬢様をお守りすることなんてできねえんだよ!」

「…………!?」


「くらえ! ファイアーボール……!」

「…………!」


 兄さんは魔法を放ってきた。

 僕はなんとか感覚だけで熱さをとらえ、ギリギリで避ける。

 くそ……!

 やっぱり僕には魔法がつかえないから、勝ち目がないのか……!?

 でも、シェスカお嬢様は言ってくれた。


 僕に、魔法の才能があるって……!


「…………!」

「くそ……! なんだ!? 力が強くなった……!? 生意気な弟だ……!」


 僕は一心不乱に、剣を振る。

 そんな僕に、シェスカお嬢様が声をかける。


「ユウォル! 魔法よ! 魔法を使うの……! あなたなら出来るわ……!」

「…………!?」


 そんな……!

 どうやって……!?

 お嬢様はいったいどうやって僕が魔法を使えるとおもうのだろうか……。

 呪文を唱えることすらできないのに。


 ――キン! キン!


 なおも僕たちの斬り合いは続く。

 お互いに一歩も譲らず、なかなか決着がつかない。

 剣だけの腕なら、ほぼ互角だ。

 だが、魔法を使われれば僕が圧倒的に不利だ。

 なので僕は、その隙を与えないように、必死に距離を詰め続ける。


「いい? よくきいて! 魔法は発話しなくても使えるの! 精霊の力を感じて! あなたならできるはずだから……!」

「っは! お嬢様、それはユウォルをかいかぶりすぎですよ! 無詠唱魔法なんておとぎ話の中だけのことだ! 絶対に、ありえない!」


 そうだ……!

 ゲヴォルド兄さんの言う通りだ。

 無詠唱魔法なんて、ムリだ……!


 もし魔法学会で、そんなことを口走ったら、気でも狂ったと思われかねない。

 そのくらい、無詠唱なんて馬鹿げたおとぎ話だ。

 まったくもってあり得ない。

 シェスカお嬢様はいったい何を考えているんだ……!?


「ユウォル! 感覚を研ぎ澄ますの! 目の見えないあなたがいつもやってることよ! 風を感じるように、精霊を感じるの! 精霊の声を聴いて! ホラ!」

「…………!?」


 そう言って、シェスカお嬢様が僕に()()()を放った。

 いや、シェスカお嬢様の姿なんて僕には見えてはいない。

 だけど、確かに()()()が飛んでくるのを感じた。

 これは……シェスカお嬢様の魔力……?


 いや、でもシェスカお嬢様は今、なにも唱えてなどいなかった。

 これは……?

 精霊……?

 シェスカお嬢様は、精霊の力を僕に伝えたのか……?

 わからない……!


「…………!!!!」


 それでも僕は、やるしかないんだ!

 ここで負けたら、一生後悔する……!

 僕がいつもやっているように……風を感じる。

 さっきお嬢様は、きっと僕に感覚を掴ませてくれようとしたんだ。


 精霊……それがどんなものかはわからないけれど……。

 お嬢様の言葉を信じよう。

 その言葉を信じるなら、きっと僕に感じ取れるはずだ。


「…………!!!?」


 見えた……!

 確かに感じる。

 精霊の鼓動を……!


「………………!!!!」


 僕はそれを集めて、目の前に放つようにした。

 心の中で、呪文を唱える……。


《ファイアーボール!!!!》


 ――ぼうぅ!!!!


「なんだと……!?」


 すると僕の内側から、熱いなにかが溢れ出してきて。

 ゲヴォルド兄さんめがけて飛んでいった。


「あちっ……! む、無詠唱……!?」


 いまだ……!


 僕から放たれた突然の無詠唱魔法によって、兄さんは一瞬のスキを見せた。

 僕はそれを、迷わずつく!


「…………!」


 えい!


「うわああ!」


 僕の剣が、兄さんの蝶ネクタイをスパッと切り裂いた。

 決闘のルールによって、僕の勝ちとなる。


「うおおおおおおおお! マジでユウォルが勝った!」


 別の兄さんたちが、そんな声をあげる。


「やったわ! ユウォル! さすが! 私が見込んで信じただけあるわ! これであなたは正真正銘、晴れて私の執事よ……!」


 シェスカお嬢様が、僕に後ろから抱き着いてきた。

 まだ発育途上の小さなふくらみが、背中に当たって熱くなる。

 僕は……ほんとうに、勝ったのか?

 あの執事ランク1位も夢じゃないとまで言われていたゲヴォルド兄さんに……?


「くっそおおおおおおお! なんだよ意味わかんねえよ!」


 ゲヴォルド兄さんの声とともに、花壇のレンガが割れる音がする。


「そんな……信じられん……」


 セオドア父さんも、そんな気の抜けた声をもらす。

 いや、信じられないのは僕の方だ。

 だって……無詠唱魔法だよ……?

 そんなありえない出来事が、僕の身に起こっている。


「ではセオドア様? ユウォルをもらっていっても構いませんわね?」

「あ、ああ……もう好きにしてください……」


 ということで、僕はそのままシェスカお嬢様と共に、ユナイデル家の屋敷に帰ることとなった。

 僕はもう、リフシェント家の人間じゃない。

 これからはユナイデル家の執事なんだ。


『さようなら』


 僕はそう書いた紙を残して、家族に別れを告げた。

 少々味気ない気もするけど、これが精一杯だ。

 この家にはいろいろと、嫌な思い出もたくさんある。

 これからは、楽しいことばかりだといいな……。


「では執事くん? いきましょうか?」

「…………!」


 シェスカお嬢様はそういうと、僕の手をぎゅっと握った。

 目の見えない僕が転ばないように、エスコートしてくれるらしい。

 おかしいな……。

 本当なら、エスコートは執事である僕の役目なのに。


「気にしなくていいわ。あなたは私の専属執事だもの。これからは一心同体よ。死ぬまでよろしくね?」


 まるでお嬢様は、僕の心を読んだように、そう言った。

 ああ……この人に出会えて本当によかったな。


 そしてこの出会いは、僕の運命をがらっと変えてしまうことになる――。





 僕たちはユナイデル家の豪華な馬車に乗って、お屋敷に向かう。

 馬車に乗るときも、シェスカお嬢様が手伝ってくれた。

 これじゃあどっちが執事かわからないや。


 でも……どうしてお嬢様は僕を選んだんだろう……?


 僕は馬車の中で、そのことを訊いてみた。

 もちろん紙に書いてだ。


「そうねぇ……まあ、なんとなく……」

『なんとなくって……そんな』


「えーっと、まあ……その……ね?」

「…………?」


「信じてもらえるかわからないんだけど、私って、ちょっと特殊なの」

『特殊……?』


 なにがそんなに特殊なんだろうか。

 言い淀んでいることからも、かなり秘密にしたがっているような……?

 人に言えないような秘密……?


「その……魔力がね、見えるの」

「…………!?」


「しかも、かなり遠くまで。どこにどんな魔力があるか、わかっちゃうのよ」

『もしかして、それで……?』


 お嬢様が、庭にいた僕を見つけた理由。

 なんであんなみつけにくい場所に、迷い込んだのか。


「あなた、かなり特殊な魔力よ?」

『ぼ、僕が……ですか?』


「そう、遠くから、変な魔力が離れたところにあると思って、見に行ってみたの。そしたらあなたがいた……」

「…………」


 そうか……それで、お嬢様は僕に魔法の才能があるとか言っていたのか。

 魔力が目に見えるなんて人、聞いたことがない。

 きっとそのおかげで、精霊と心を通わせることができるんだろうね。

 そして、僕の魔力の特異性を見抜いた。


「だから、あなたには無詠唱魔法が使えると思ったの。私も使えるしね。あなたの魔力の色は……私によく似ているわ」

「…………」


 そうなんだ……。

 僕はなんだか、そのことを嬉しく思った。

 でも……僕を選んでくれたのは、その魔力が目当てだったと……?


 まるで僕の不安そうな顔を見抜いたかのように、お嬢様は僕の手に手を重ねた。

 ああ……なんでもお見通しなんだなこの子には。

 僕はちょっと表情を曇らせただけなのに。

 きっと彼女の特異な点ってのは、そういう部分なんだ。


 なにも見えない僕とは反対の、見え過ぎてしまう目を持つ女の子。


「もちろん、それだけが理由じゃないわ」

「…………?」


「だって、あなたあの兄弟でいちばん、かわいいもの」

「…………!?」


 そ、そんなこと……初めて言われた。

 僕は自分の顔をみれないし……。

 それに、兄さんたちはいつも自分たちのことをイケメンだと言い、僕を不細工だとか言っていた。


『ほ、本当ですか……!?』

「ほんとうよ。少なくとも、わたしにとってはね」


 そう言って、お嬢様は僕の頬にそっとキスをした。

 ああ……僕は一生、この人を護ろう。

 そのために、この無詠唱魔法を極めて、最強になるんだ!

 最強の執事、そう執事ランキングの1位!

 そこを目指すんだ!



『お嬢様、僕。1位をとります』



 そう紙に書く。

 すると、またお嬢様が笑った気がした。



「あらあら、たのもしい執事さんね」






 お屋敷にやってきた僕は、まずお嬢様の部屋に通された。

 何度も長い廊下を通ったから、お屋敷はかなりの広さなはずだ。

 お嬢様はベッドに座り、僕もその横に座らせられる。

 外は既に夜となっていた。


「ユウォル、あなた目が見えるようになりたい……?」


 僕は『もちろん』と答えた。

 しかし、それは無理なことだった。

 幼いころからいろんな専門家に診てもらったが、なす術はないそうだ。

 だけど……お嬢様がそれを訊くということは……。


 お嬢様は口のきけない僕にも、魔法が使えることを教えてくれた。

 不可能だと思ってたことを、可能にしてくれたんだ。

 もしかして、僕の目も……開く、のか……?


「いいわユウォル。魔法の使い方は覚えているわよね? 精霊の存在を感じて、彼らに命じるの」

「…………」


 僕はうなずく。

 魔法を使えれば、目が開くとでもいうのだろうか?

 文字通りの魔法だな……と思った。

 いくら魔法でも、不可能なことはある。

 少なくとも、現代魔法においてはそうだ。


「いい? 私には魔力や精霊を感じる力があるの」


 僕はお嬢様の言葉に耳を集中させた。


「あなたの目が見えない理由。それはね、あなたの質の高すぎる魔力が原因よ」

「…………!?」


 ぼ、僕が質の高すぎる魔力を持っているだって!?

 そんなことを言われても、僕は魔力量だって兄弟で一番少ないとさえ言われていたんだ。

 信じられるわけがない。

 お嬢様は魔力の色だとか質だとか言うけど、そんな話は聞いたことがない。

 一般的に、魔力のことを言う場合はもっぱら量に関しての話題だ。

 魔法使いとしての能力も、魔力量で語られるといってもいい。


「信じられないという顔ね? いちから説明するわね。魔力には、質と量と色があるの。そのうち、質は魔法の威力や精密度に関係するわ。量は魔法を撃てる回数。色はその才能のバリエーションね」

『でも、魔力の量が多い魔法使いは、強力な魔法を放ちますよ……?」


「それは彼らがあまりにも魔法について無知だからよ。魔法の質を見分けられる人がいないからね」

『…………?』


 そりゃあまあ、僕だってお嬢様以外に魔法の質なんて言ってる人は聞いたことがない。

 きっと魔法大学の人にそんなことを言っても聞いてもらえないだろう。


「彼らは魔力の量しか感じ取ることができないせいで、量さえ多ければ強力な魔法が撃てると思っているの。でもそれは間違いだわ。ただ水の量を多くしたら勢いが増したというだけのもの。魔力の質が高ければ、もっと少ない魔力で効率よく魔法を行使できるの」

『そ、そうなんですか……』


「それで、話は戻るけど、あなたはその質が高すぎる。そのせいで魔力暴走を起こしている。それを制御すれば、目が見えるようになるはずよ……?」

『どうすればいいんでしょう……?』


「それは、明日から私が修行をつけてあげるわ。本当の魔法ってものを、あなたに教えます」

『お、お願いします……』


 なんだかシェスカお嬢様は魔法の先生みたいだ。

 彼女はいったい、何者なんだろうか……。

 どうやらただのお嬢様というわけじゃなさそうだ。


 でも……こんな話、僕じゃなかったら信じないぞ……?

 僕はとにかく、お嬢様の言う通りにやってみることにした。

 修行は明日から始めるそうで、今日はもう寝ることになった。


「じゃ、おやすみユウォル」

「…………!?」


「え、どうしたの……? そんな顔をして」

『僕は……どうすればいいんでしょう?』


 まだ僕の部屋を案内してもらっていない。

 それに、執事としての仕事などはやらなくてもいいのだろうか。


「ユウォルも、ここで寝るのよ?」

「…………!?!?!?!?」


「あたりまえじゃない、あなたは私の専属執事なのよ? いつも一緒にいないと。それに、家事もしばらくはやらなくていいわ。爺やがいるもの。あなたは今は、魔力の制御を頑張って」

「…………」


 そんなんでいいのだろうか……。

 でも、お嬢様がそう望んでくださるのなら、僕はそれに従うだけだ。

 お嬢様のベッドはすごく高級で、広々としていて、ふわふわで……いい匂いがして……。

 とにかく最高の寝心地だった。


「大丈夫よユウォル。私がついているもの。私があなたを一流の執事にしてあげる」

「…………!?」


 お嬢様は寝ている僕を後ろから抱きしめてきて、手を握ってくれた。

 そしてそのまま、眠りに落ちていく僕。

 今日はいろんなことがあって疲れてしまった。

 初めて魔法を使ったこともそうだし、感情を激しく使い過ぎた。

 でも、お嬢様の優しいぬくもりのおかげで、安心して眠ることが出来たのだった。






 翌日、僕はお嬢様にお屋敷の中を案内してもらった。

 お嬢様は僕の手をずっと握っていてくれた。


『このお屋敷って……何人くらいの使用人の方がいらっしゃるんですか……?』

「そうね……あなたを入れて50人くらいかしらね。そんなにいないわよ」


 僕としてはずいぶん多い気がするが、お嬢様の常識では違うのだろう。

 基本的に家事などはメイドがやるので、僕はお嬢様の護衛や身の回りのことをするだけでいいそうだ。

 だが、その前にまずは精霊と心を通わせ、魔力をコントロールしなきゃいけない。


「いいわ、その調子よ」


 修行は昼夜を問わず、お嬢様の付きっ切りで行われた。

 こんなことをしていていいのだろうか……?


「疲れたでしょう……? お風呂に入りましょうか」

「…………!?」


 まさかとは思うが……お風呂までお嬢様と一緒なのだろうか!?

 困惑している僕に、お嬢様は言った。

 きっとお嬢様は僕の心の中はすべてお見通しなのだろう。


「もちろん、いっしょに決まってるでしょ? そのための専属執事さんなんだから。今は私が洗ってあげるから……。目が見えるようになったら、そのときは私のことを洗ってね?」

「…………!?」


 僕は耳まで真っ赤になった。

 赤という色をみたことはないけど……。





 お風呂から上がり、僕たちは寝間着に着替え、ベッドに横たわる。

 なにもかもが新鮮で、このお屋敷での経験は僕を驚かせる。

 お風呂は何百人もが入れるくらいの、大浴場だった。

 それに、このベッドだって、何人でも寝れそうだ。


「いい? ユウォル。私はあなたに、すべてを与えるわ……。だから、あなたは最強の執事になって、私を絶対に守らなくてはいけません」

「…………!」


 僕は強くうなずいた。

 もちろん、僕はその気だ。

 これだけ僕にいろいろしてくれたお嬢様を、なんとしてでも守りたい。


「そう……それなら大丈夫よ。あなたには……これから辛い思いをさせるでしょうけど……信じているわね……」

「…………?」


 お嬢様にはなにか秘密があるのだろうか……?

 どうしてそこまで、僕に念を押すんだ……?

 何者かから命を狙われているとか?


 シェスカお嬢様に限らず、上流階級の方々はみな、多かれ少なかれ、人からうらまれたりねたまれたりしているものだ。

 他の貴族から命を狙われている人も多い。

 だからこそ、大人になる前に一流の専属執事が護衛としてつく。

 ならなおのこと、僕は早く一人前になって、お嬢様をお守りできるようにならなくては……!


『そういえば、お嬢様のご両親は……どこにいらっしゃるのです?』


 僕は今日1日、お屋敷を案内されたけど、お嬢様と爺や以外に誰とも会っていない。


「そうね……そのこともおいおい話すわね……。私の両親は……殺されたのよ……。今話せるのはそれだけ……。もういいわ。今日は寝ましょう」

「…………!?」


 僕は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか?

 お嬢様は、こんなに小さいのに、たった一人でこのお屋敷に……?


「あらユウォル。そんな顔はしないで……。私はなにも気にしないから……」

「…………」


 お嬢様は僕の顔を撫でると、そのまま抱きしめてくれた。

 まだまだ多くの謎はあるけれど……。

 僕がお嬢様を大好きで、護るということだけは変わらない。


 寝室の暗闇の中で、お嬢様のぬくもりを感じながら、僕は深く決意した。







 数日の修行の後、僕はかなり精霊の力を感じることが出来るようになった。

 自在に魔力を操れる日が来るのも近いそうだ。


「まずはそうね……ユウォル。あなたと話がしたいわ」

「…………?」


 話しなら、いつも筆談でしているのに……?

 と僕は疑問に思った。

 でも、どうやらシェスカお嬢様の言いたいことはそうではないらしい。


「魔法を駆使して、発声をできるようになるはずよ」

「…………?」


 どういうことなのだろうか。

 魔法を使えば、僕もしゃべれるようになるのか……?


「魔法を複雑に操作すれば可能よ。音の出る仕組みを、魔法で作り上げればいいだけだわ」


 お嬢様はなにやら複雑な説明をした。

 こんなの、魔法大学で習うようなことなんじゃないのか!?

 お嬢様はいったいこんな知識をどこで身に着けたんだろう。


 でも、正直僕には難しすぎてまだなんのことやらといった感じ。

 僕は無言で困った顔をしてみせた。


「大丈夫よ。理解する必要はないわ。ただ、私の言った通りに真似してみて」


 すると、お嬢様は僕の手をとった。

 そしてお嬢様の口に僕の手を当て、塞がせた。

 なのに、お嬢様ははきはきとした口調で続けた。


「聞こえるかしら? 私は今完全に口を閉じているはずよ。魔法で音声を出力しているだけなの。これは電気の魔法を応用すれば難しいことじゃないわ」


 本当だ……。

 お嬢様の口はまったく動いてすらないのに、明瞭な声色で聞こえる。

 普段のお嬢様の声とは若干違った感じだ。

 電気の魔法で声を合成してるってことなのか……!?

 でも、とにかくこれが僕にもマネできるようになれば……。

 僕にも話をすることが出来る……!


「いいわ、そのちょうしよ。あなたの魔法の才能はホンモノだわ……!」


 お嬢様は付きっ切りで僕の修行に付き合ってくれた。





 その後、5時間くらい練習をして、ようやく僕はそれが出来るようになってきた。

 まだ音声が完ぺきではない。

 ぎこちない喋りだが、僕は初めて言葉で話をすることができた。


「お嬢サマ……! 僕、喋れています!」


 僕は感動していた。

 そしてお嬢様に感謝をしていた。

 まさかほんとに喋れるようになるなんて……!

 不思議だ……。

 

 僕は自分の声というものがわからないから……そこは想像でしかない。

 なんとなく、兄弟たちに似た声が合成されていた。


「すごいわユウォル! ほんとうに喋れてる! よかったわ!」


 僕とお嬢様は手を取り合ってよろこんだ。

 まだ喋れるのは日に数時間だが、それも魔力の制御が上手くなれば大丈夫だと言われた。

 僕は日に日にどんどん上達していった。





 そして迎えたその日――。

 ついに僕はお嬢様のお墨付きを得た。

 今の僕はかなりの精度で魔力の制御ができているそうだ。


「じゃあユウォル。いよいよ目を開けてみる……?」


 そ、そんなことが本当にできるんだろうか?

 でも、僕はお嬢様に言われるがままに従う。


「じゃあ、精霊に働きかけてみて。目が開くように、感覚を研ぎ澄ますの」


 僕は頷いて、言われた通りにする。

 お嬢様の指令を耳から聞いて、その通りに集中する。

 すると――。


「ほんとだ……! 少しづつ……見えてきました……!」


 僕は涙が溢れそうになりながら、視覚が広がるのを感じた。

 色って、こんなふうなんだ。

 世界って、こんなにも美しいんだ……!


「ねえユウォル……私のこと、気にならない?」


 シェスカお嬢様が、後ろから問いかけてくる。

 たしかに、僕はまだシェスカお嬢様の顔を見たことがない。


「き、気になります! もちろん……」


 僕を救い出してくれた少女……。

 その人が、どんな見た目をしているのだろうか。

 もちろん気にならないはずがなかった。


「でも、私がもし……もしもだよ……? すっごく醜かったら、どうする?」

「そ、そんなの……関係ありませんよ!」


「そう……? ホントに?」

「ほんとです! 僕はお嬢様を守るって決めましたから! それに……お嬢様のことが大好きなんです!」


 言っちゃった……。

 ま、いっか……。

 僕の気持ちは本当だ。


「そ。私もよ、ユウォル」


 お嬢様は後ろから、僕の後頭部にそっとキスをした。

 そして、僕の肩を掴んで、ゆっくりと身体を回す。


「お、お嬢様……?」


 だんだん、お嬢様の姿がわかってくる。

 そしてついに、僕の眼球がお嬢様の姿を捕えた。


「き、きれいです……」

「ほんと……? よかった」


 そこにいたのは……なによりも美しい少女だった。

 いや、僕はまだ他には女の子を見たことがないから、わからないけど。

 でも、きっと彼女より綺麗な女の子なんていないのだろう。

 なぜかはわからないが、その確信があった。


「気分はどう……ユウォル?」

「さ、最高です……」


 これから、僕はさらに強くなっていくのだろう。

 お嬢様のために……お嬢様の隣で。


 そう、この最高を、誰にも奪わせない。

 そのために僕は、世界一の執事になるのだ――。





連載候補の短編です

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