第二十四話 粉砕
「一体近づいてきているぞ!」レイゴが一人の男に向かって叫ぶ。「撃て!」
橋の下にいる亡命者グループ達は、接近してくるギガントミリピードを一体ずつ倒していく。
数名が射撃でギガントミリピードの気を引き、横から斧などの近接武器で仕留めていくのだ。手慣れた戦い方を見ているだけで、彼らが如何に統率の取れたグループであることが見て取れた。
さらに橋の下という立地を生かし、左右二方向からのみ接近させてグループを二つに分けることで、予期せぬ攻撃をさせない。
厳しい環境下で生き抜いてきた彼らだからこそ、彼らは生き残る為の戦い方を知っていた。
火薬の匂いと怪物達の断末魔の奇声が、ここにいる全員の焦燥感を煽る。
不定期なリズムで放たれる弾丸の発砲音は、飯を食った後の腹を、内側から掻き回してくるような重低音を響かせる。
頭の千切れた怪物達が、同じ場所で倒れこみ、小さな壁になり始めた。
「アーリおねえちゃんは、どこいったの?」
セシリーは耳に手を当てて縮こまっていた。体全体を小さく震わせていて、声も震えているのだ。
この様子を見れば、彼女はあまり戦いに慣れていないのだろうと、ミリナは思った。同時に守ってあげなければという思いが強まる。
「アーリちゃんは強いから平気だよ!」ミリナは満面の笑みを作って言う。「ほら、あそこで戦ってるでしょ?」
ミリナが指を指した先には、怪物をなぎ倒すアーリが見えた。彼女はちょうど二匹のミリピードをぶつけ合わせている所であった。
ふと顔をあげたセシリーは、その光景を見て目を輝かせていた。
「私も戦ってくるから、もう少しだけ待ってて!」そう言うとミリナは駆け出し、掃討に加わる。
五匹の怪物をなぎ倒したアーリは、橋の下から離れていく。
崩れかけた建物や木々に、スレッジサーペントを巻き付けながら移動していく。途中でアーリに食いつこうとする怪物の上に飛び乗りながら、炎熱式ナイフを頭部に突き立てた。焦げ臭い匂いと溶けた怪物の外殻を構成するタンパク質が、怪物の体を伝って体液と混ざり合いながら滴っていく。
弾け飛んだ体液を顔面に浴びても、アーリは嫌な顔一つせずに先へと進んでいく。どれだけ驚異的で、どれだけグロテスクな見た目でも、アーリには止まることのできない目標があった。
そして、死ねない理由があった。セシリーやレイゴ、他の亡命者達を、そして自分の街と家族と友人を守らなければいけない。アーリの根幹は変わっていない、ただ数がすこし増えただけだ。
アーリが前方を見やると、太めの広葉樹の背後に隠れている敵の頭が見えた。
黒髪と白髪。間違いない、アラとクラだ。
さらに感覚を研ぎ澄ませると、自分が破壊した尻尾はそのままの形であることが、それを通り過ぎる僅かな風の流れでわかる。
彼女達がどうやって操っているかは不明だが、アラとクラを倒さなければ。きっと彼らにはわかっていないだろうが、ギガントミリピードは数を増やしている。きっと、付近にいるそれらが集結し始めているのだろう。
そして、ミリピードを捕食する他の怪物達も、ここ一体に立ち込めるこの独特の臭気を嗅ぎ取って、近寄ってくるかもしれない。多数のグリフォンやレオルプトル、グラキベドムなどの大型怪物が一挙に押し寄せてきたら、怪物の力があれども、人数がいれども、撤退を余儀無くされるのだ。
ふと後ろを振り返ると、ミリナと亡命者達は多少手こずり、苦悶の表情を浮かべていたが、確実に一匹ずつミリピードを撃破しているようだった。
だが、自分が時間を掛ければ掛けるほど、彼らも苦しくなるだろう。弾丸も無駄にし、体力もすり減っていくのは避けなければ。
「……早く倒さないと」
そう呟いたアーリは、手の先端を黒い大きな斧に変えた。幾層もの硬化した皮膚が重なり、一つの大きな斧を形作るその能力は、斧啄木鳥の能力だ。
樹皮を砕いて中に隠れている虫を捕食したり、木の実を砕いて啄む為に、その鳥は頭部の斧を使う。
だが、アーリの腕は彼らの物よりも数十倍の硬度と切れ味を誇っていた。他の怪物の硬化した皮膚の能力を同時に発動しているからだ。その斧は一薙ぎすれば、木をなぎ倒し、石をも砕くことができる。
「やああああ!」アーリは叫ぶ。
地面を蹴って飛び上がり、木に向かって斧を斜めに振り下ろす。もちろんアラとクラが隠れている樹木だ。
アーリの力任せの一撃は、爆発のような音を鳴らした。斧との衝突で樹皮が散弾のように弾け飛び、木粉が舞う。
そして、草むらの中にいたバッタが驚いたように、その背後から二人の少女が飛び出した。どうやら尻尾をバネのように使い、地面を押し出して跳躍したらしい。
「……やっぱり見つかった」黒髪の少女が言う。
「私も見つかった……」白髪の少女が続けた。
アーリは左手に炎熱式を持ち、右腕をガントレット・クローに変える。
殺傷能力に長ける尾先の刃物は破壊しているが、やはり二人のコンビネーションが決まれば、負傷することは免れないだろう。そしてアーリはこの二人をここで仕留めなければいけない。
「……長くは戦えない。一気に倒さなきゃ」
圧倒的な破壊衝動が、アーリの心の中で燃え上がる。彼女の右腕から変化の波が沸き立ち、それはアーリの右半身を飲み込んだ。
顔面の右半分を覆う白い体毛は、母親代わりのループのようであり、狼人間とも呼べる姿ではあった。赤い右の瞳が燃え上がるように煌めき、紫色の左目が慈悲の色を消した。
この状態になったアーリは、人間が持てる力の限界を大きく超えた能力を発揮できる。機敏な動きと、尋常ならざる五感。そして、単純かつ圧倒的な力の上昇。
それら全ては目の前にいる敵、そして母親の仇を滅ぼさんと唸っていた。
アーリが持てる最大の力であり、一切手加減はしないという意思表示だ。
左方向へ飛んだアラの足裏が地面に触れるより早く、アーリは黒髪少女の懐へと飛び込んだ。防御しようと振りかざした尻尾を、黒い右腕が掴み取る。鋼鉄のような硬度を持つ指先が、金属の尻尾を握りつぶそうと唸りをあげた。
ギリギリと鈍い音がしたかと思うと、今度はアーリがナイフをアラの胴体へと突き刺す。
目測する限り、少女の体はそこまで重くない。だが、金属でできている尻尾はかなりの重量を誇っている。そして重たいと言うことは、重心のほとんどを担っているという事と同義であった。
どれだけ鋭い牙を持つトカゲでも、猛毒を忍ばせる蛇でも、尻尾を掴まれて振り回されれば何もできない。
尻尾を掴まれたアラがどれだけ抵抗しようとも、アーリは圧倒的な力で尻尾をコントロールできるのだ。今や彼女達が持つ機械の尻尾という長所は、アーリにとって彼女達を操るための糸となった。
姉妹を助けようと飛び込んできたクラの気配を認識するよりも早く、アーリはもう一人に目掛けて人間大の金槌を叩きつける。
戦いは二分と掛からなかった。
動かなくなった機械少女を振り回し、もう一人を蹂躙する。アーリは躊躇することなく、その機械の体を持つ二人の少女を分解した。鋭い爪で皮膚を切り裂けば、さらに鋼鉄の内側が見えてくるが、炎熱式と怪物の力が与える筋力の前で、それらは意味を成さなかった。
怪物に半分飲み込まれたアーリは、アラとクラがピクリとも動かなくなるまで暴れ続けたのだった。
アーリが自分の意識を完全に取り戻した時、少女二人は胸部が潰れ、顎が開きっぱなしになっていて、片方は完全に尻尾が取れていた。皮膚こそ人間らしくて少しばかり罪悪感を覚えるが、ナイフを刺した箇所から覗く機械構造が、彼女達が人間である事を否定していた。
動かなくなった機械人形を目の前に、アーリは浅い呼吸を繰り返す。能力が解除されるにつれ、体から力が抜けていく。代わりに体を酷使した反動で気怠さが襲いかかってくる。




