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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第3章
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第二十三話 襲撃

「古代の文献が残ってるんですか」

 アーリは少しばかり好奇心からくる高揚感を感じた。

 砂の街を発見した時から、アーリは古の人々の暮らしぶりに思いを馳せる事があった。読んできた数多の本の中にもない知識が、外の世界に乱雑に転がっているのかもしれないのだ。


「メトラ・シティでは崩れた建物の下とかから、たまに見つかる事がある」レイゴは首を傾げた。「……まぁ、ほとんどは雨風なんかで朽ちちまって読めない物のほうが多いがな」

「そうですか……」アーリは露骨に肩を落とす。

「この街にも、探せばあるかもな」レイゴは周囲を回し見る。「この橋の下にはなかったが、建物の中はまだみてないからな」

「今はまだ先を急がなきゃいけないですから。帰りか、一度帰ってからまた来ようと思います」

「まぁそれがいいだろうな」レイゴは頷いた。「まぁお互いに情報共有ができてよかった。ありがとうな」

「はい、ありがとうございました」アーリは小さく会釈した。


 ミリナは戻ってくるなり、セシリーと少しだけ遊び始めた。

 アーリは食事を終えると、ノートにジェネス宛の簡単な文章を書くと、そのページを千切ってレイゴに渡した。

「きっとこれで、ジェネスさんに話が通じるはずです。ちょっと頭が硬いから疑われるかもしれないけど……」

「無理矢理危険な作業をさせるクイーンズよりは、マシだろうな」レイゴはその紙を受け取る。「ありがとう、これで後は安全に到着するだけだな」


「それでは私達はこれで——」

 アーリがそこまで言いかけた時であった。

 彼女の耳が何者かの接近と、揺れる大気の音を捉えた。

「何かが——」

「全員武器を取れ!」見張りをしていた男が、昼下がりの空に届かんばかりの声を上げたのだ。

「不味いな……」レイゴはいち早く立ち上がり、声を上げた。「全員、武器を取れ!」

 男が警告が耳に届くと、その場の全員の表情を切り替えた。若い男女は武器を取り、セシリーともう一人の老人は橋の下へと非難する。

「ギガントミリピードが来たぞ! 三十はいる!」


 

 音を聞いていたアーリが一番に飛び出し、周囲の様子を確認した。地響きが全方位から近づいてきているのが、足元の小さな揺れで分かる。目を凝らせば巨大な黒い塊が、視界の奥の方で蠢いていた。

「……ギガントミリピード」アーリは思わず声を漏らした。

「アーリちゃん!」ミリナが駆け寄ってきた。


 二人は顔を見合わせるが、何も言わずに頷き合う。もう言葉を交わさずとも、何がしたいのか分かっているのだ。

 助けないという選択肢はなかった。


「ミリナさんは街の人達を守ってあげて」アーリはライフルをミリナに渡す。「私は敵を倒してくる!」


 アーリは駆け出した。

 かなりの数がこちらへ侵攻してきているのだ、囲まれるよりも早く各個撃破できるのならばしたい。

 そして、アーリはもう一つの可能性を考えていた。先ほどのレイゴの話を聞く限り、ギガントミリピードは群れを成す怪物ではないらしい。

 『街に入り込んできた奴を倒して』という言葉が間違いでなければ、それらは基本的に単独で行動するはずだ。もし仮に集団で行動する怪物であれば、倒すのはかなり難しいだろう。そして、『奴』と言った。


 では、何故ギガントミリピードが集団で行動するのか。

 北方調査隊の壊滅時に、アラとクラは居たのだ。もしかしたら彼女達が怪物の群れを操っているのかもしれない。

「あの二人がどこかに居るはず」アーリは走りながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

 彼女は腕を黒く硬化させる力を使う。細く長い五本の指一本一本は、怪物の全身を覆う装甲を貫くという彼女の意志に呼応するように、漆黒の黒い槍へと成る。

 そしてアーリの聴覚と嗅覚、視覚は、付近にいるはずの二人組のクイーンズ・ナインズの気配を探そうと、その範囲を伸ばしていく。後方を含めた半径百メートルほど、周囲に存在する生物や物の形や息遣いが、アーリには手に取るように分かる。


 背後ではレイゴ達が銃を撃ち始め、木々の間や建物の間から瓦礫を踏み躙って怪物達が橋下へと接近してくるのが分かる。


「どこかに——」アーリは周囲を見やる。

 アーリは進行方向の先、約に二つの気配を感じ取ったのだ。背丈は小さく、背中から生える尻尾の様なものは地面を捉えている。風で微弱に揺れるスカート。

 それらは八十メートルほど先の木々の後ろに隠れ、気配を消しながらこちらを覗いている。


 操られているというアーリの考えが正しければ、彼女達を倒せばギガントミリピードの動きは緩慢になるはずだ。


 相手も驚異的な力を持つアーリを警戒しているのだろうか、五体の怪物がまるで壁の様に彼女の前に立ちふさがる様に地面を這ってくる。

 黒く艶やかな外殻がまるで風に靡く波の様に左右し、陽の光を歪に反射する。

 体の両側面から生え出す無数の足は、蜘蛛の様でもあったが体の長さに反して短い。それらは地面を突き刺し、搔きわけるようにうぞうぞと蠢きながら、五メートルを超える巨体を猛牛の様に進ませる。

 頭部前方から突き出す対の尖った顎をカチカチと鳴らしているのは、きっと目の前にいるアーリを威嚇しているのだろう。


「……そう簡単には進ませてくれないのね」

 アーリがそう呟くと、一匹の怪物が彼女に向かって飛びかかってくる。鋏のような形状の顎はきらりと怪しく煌めき、アーリの体を引き裂こうとしている。


 アーリは一切の躊躇いもなく、ガントレット・クローを向かってくる怪物の頭部に突き立てる。

 巨大な鋏はアーリの腕を挟み込もうと力強く躍動する。

 だが、それよりも早く五本の指が、砂糖菓子を割るかの様に意図も容易く黒い外殻を破壊した。破砕した怪物の頭部内からは、どろどろとした白っぽい肉片と体液が染み出し始め、アーリの右腕を伝って地面へとこぼれ落ちていく。

 土と血と、地面に落ちて腐った落ち葉のような匂いが、揮発し始めた体液から湧き立つ。

 頭部を破壊された怪物は、数秒ピクピクと痙攣したかと思うと、無数の脚を伸ばして地面へと落ちていく。


 決して気分の良いものではないが、顔色一つ変えずにアーリはミリピードの頭部から腕を引き抜くと、今度は次の怪物に向けて突進していく。

 囲まれたら不味いのは分かっている。だから怪物達が自分を包囲する前に、自分から各個撃破しなければいけなかった。質量とパワーで劣っているならば、弱点を一点突破するしかなかった。


 いくら操られているとはいえ、所詮は怪物であった。統率の取れた動きで追い詰めようとする人間の兵士と違い、ギガントミリピードは目の前にいる相手を捕らえるためだけに動いているのだ。


 低い体勢のまま体の伸縮性を使い、飛びかかってくる怪物。

 アーリは大きく飛び、怪物の頭の上を飛び越えながら、鋭い五本の爪を突き立てて、頭部の一部を抉り取る。

 奇声を上げさせる暇も与えず、脳の一部が無くなった二匹目が息絶えた。


「あと三匹……!」

 アーリは倒れゆく怪物の上から飛び降りながら、周囲を見渡す。

 飛び降りようとしたアーリに、今度は三匹目と四匹目が突き出した顎を大きく広げ、前後から飛び込んでくる。


 普通の人間であれば、ここで絶望していたかもしれない。二つの大きな刃物がギロチンの様に自分の体を三つに切り裂こうとしているのだから。


 しかしアーリは違った。

 次に瞬きをした瞬間、アーリに襲いかかろうとしていた長く巨大な怪物は、お互いの顎を衝突させ合って地面へと突っ伏したのだ。ぶつかり合った顎や頭部は、怪物らの突進の衝撃で砕け、双方の硬度によって不規則な形に潰れている。

 そして、怪物達が地面へ倒れこむ音が、遅れて聞こえてくる。


「……危なかった」アーリは千切ってしまった怪物の顎を投げ捨てる。「あと一匹!」

 アーリは地面に降り立ちながらも、上昇した反射神経と硬くなった右腕で怪物の頭部をひっ掴み、もう一体に向けて進行方向を変えて突っ込ませたのだ。

 結果、投げつけられたように、怪物が同士討ちになったのであった。


 アーリは最後の一匹の突進を右腕で受け止め、引き抜いた炎熱式で、ギガントミリピードの頭部を縦に真っ二つに切り裂いた。

 怪物は頭を地面に強く打ち付け、そのまま動かなくなる。


 能力を使いながら全神経と感覚を集中させ、怪物をなぎ倒すほどの力を振るったのだ。異常な力を持つアーリであれど、あれだけの戦いを強いられては疲弊は隠しきれない。

 彼女は肩を切りながら、浅く早い呼吸をしていた。


「あとは、アラとクラを倒すだけ」アーリはナイフを仕舞い、二人の少女がいる場所へと駆け出す。


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