第十六話 戦いの後で
能力を使った反動で気だるさを覚える体を引き摺って、アーリはバイクのところへと歩いてきた。戦いの最中に湧き出ていた闘争本能は、ここに着くまでの暗く少し肌寒い夜道の中に溶けていったのだ。
尻尾を破壊した時に油断していなければ、もしくはミリナと一緒に行動していればあの場所で破壊することが出来たかもしれない。二人とまでは行かなくとも、片方は確実に倒せただろう。
毒を持つ怪物を少しでも食べて、耐性をつける事が出来ていたら、あるいは尻尾を怖がらずに飛び込んで攻撃する事ができたのかもしれない。血清を用意して、少しずつ食べる事ができれば——。
アーリはアラとクラとの戦いの情景を、頭の中で壊れた蓄音機のように何度も何度も思い浮かべていた。戦いのシーン一枚一枚が、アーリになぜこれをしなかったとか、これをしておけばと責め立ててくる。
しかし、戦いは既に終わっている。しかもアーリはほとんど怪我することなく、相手の武器を破壊する事が出来た。
「はぁ……」アーリは大きくため息をつく。
アーリは生き残ったというだけでは、満足していなかったのだ。
残るクイーンズ・ナインズは六人だ、彼女達を倒せれば、相手の戦力は半分以下になっていたはずだ。尻尾を破壊したくらいでは、一人分の戦力も削れていないに等しいだろう。
だが、ほんの数分の戦いであったが、その中で得られた情報もいくつかあった。
限られた条件下で相手にもよるだろうが、光の明転を繰り返せば、数秒間は相手の行動を制限できること。
見た目が子供だとしても、たとえ老人だとしても、油断を見せてはいけない事。
そして砕けた尻尾の破片だ。
アーリはこれを見て、もう一つの事に気が付いた。調査隊の人の記録にあった二匹の怪物の子供達というのは、今自分が手に持っている少女達の尻尾だったのだろう。
見た目こそ少し記録と違うが、緊迫した状況下で調査隊員が見間違えたのだと思った。彼の記録にあった「切り裂かれた」という説明も、木の裏に隠れていたという状況にも、今はその全て合点がいった。
アーリは紐を取り出し、持っていた二本の尻尾の先を鞄に結びつけた。きっとこれを持ち帰れば、ロッドが調べてくれるかもしれないと思ったからだ。
アーリは重たい足を振り上げ、バイクに跨って電源を入れる。闇に同化する黒いボディが青白い光を放ち、暗がりを薄ぼんやりと染め上げていく。
アーリは母親の事を思い出し、ふと落ち着きを取り戻した。体のほとんどが機械になったメルラも同じネオンブルーの光を放っていた。母親の人格が埋め込まれているバイクという事もあり、アーリは母親が優しく出迎えてくれたように思えた。
「早く戻らないと……」アーリはゆっくりと発進させた。「ミリナさん心配してるかもなぁ」
ミリナの事を思い出し、アーリはふと嫌な想像を働かせた。だが、彼女達以外にクイーンズがこの近くにいたのならば、きっと協力して自分の事を殺しに来ただろうと思う事で安心することにした。
帰りの道をゆっくりと走っていると、戻るまでのほぼ中間ほどのところで、ヘッドライトが一人の人影を照らし出す。その人影は両手を振り上げて、こちらを出迎えていた。
「アーリちゃん、無事でよかったぁあ」ミリナは暗がりの中でランタンを手に、不安そうな表情を浮かべていた。「銃声が聞こえたから、心配になって来たんだよー! 何があったの?」
「う、うーんと、クイーンズ・ナインズと接敵して——」
「け、怪我とかしてない?」ミリナは少し慌てたように、アーリの体を見渡した。「大丈夫?」
「うん、平気だよ」アーリは自分の腕や足を見せながら言った。「逃げられちゃったんだけどね」
「付いていけばよかった、私が一緒に行って、二人で戦えば……」ミリナはがっくりとうなだれた。
「ううん、私が一人で行ったのが行けなかったんだよ」アーリは慰めるように、そして責任を感じさせないように言う。「……それに、ほら」鞄に結びついた機械のパーツを指差した。「二人組だったんだけど、どっちもの尻尾、壊したんだよ」
「す、すごいねー!」とミリナは機嫌を取り戻したようで、目を輝かせてそれを見た。「とりあえず、戻ってご飯食べよ? 疲れてるでしょー」
アーリとミリナは自分達が荷物を置いた場所へ戻り、夕食を取る事にした。夕食は暖かいスープと鞄の中で硬くなり始めたパンだ。
焚き火は時折パチパチと音を立てながら、火の粉を空へと飛ばしていく。肌寒い周りの空気を押し出して、柔らかな暖かさが彼女達を包み込んでいく。
それらの全てが、戦いで疲れたアーリの体と精神を休めてくれるようであった。
食事をしながらアーリは、敵の情報をミリナと共有しておく事にした。
「……二人組の小さい女の子で、アラとクラって名前みたい」アーリは続けた。「尻尾に付いてるナイフは壊したから、きっとすぐには戦いに来ないと思うけど、ここからは気をつけて進まないとね」
「うん、なるべく二人で行動しよっか。でもアラとクラって……なんだか、可愛い名前だね」ミリナは冗談交じりな口調で言った。「きっと見た目もすごく可愛いんだよね?」
「うん、背も私の胸ぐらいまでで、小さくて可愛い子供かと思って騙されるところだったよ」アーリはパンをスープに浸しながら喋った。
「どんな相手でも油断できない状態、ってことだねー」ミリナはパンを齧って続ける。「もしかしたら、夜に奇襲されるかもしれないし、交互に寝よっか?」
「たぶん、来ないと思う。それだったら最初から夜襲をかけてくるはずだよ」アーリはふと思い立った。「それに尻尾を破壊されたから、相手も警戒してると思う」
「そっか、じゃあ今日はゆっくり休もっかー」ミリナはスープを全て平らげた。
片付けをして、寝る準備を整える。と言っても食器を水で洗って鞄の中に戻し、火の近くで寝っ転がるだけだ
アーリはふと思った事をミリナに話した。「でも、なんでこんな所にナインズがいるんだろうね」
「……どういうことー?」ミリナは、僅かに残っている建物の壁に、背中を預けながら言った。
「街に何かしようとしてるんだったら、この辺に居ないと思うんだよね」アーリも体を休める。
「うーん、メトラ・シティに近づいて欲しくないんじゃないかな。調査隊を襲ったのもその二人なんでしょー?」ミリナはぼーっと火を見つめながら言った。「それか街が近いか、それ以外に何か探していたり隠したいものがあるかだけどー」
「そうだよね……」アーリは考えを巡らせていたが、仕舞いには肩をすくめた。「まぁ、進んで見れば分かるか……今日は寝よっか」
「うんー、おやすみー」
彼女達は少し警戒しながらも、眠りに付いた。
薄れゆく意識の中で、パチパチと弾ける焚き火の音が少しずつ遠のいていく。




