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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第2章
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第十五話 二つの眼差し

 アーリの赤と紫の目玉が、黄色く変わる。それ以外の見た目の変化はないが、怪物の能力を存分に発動し、アーリはより一層自身の感覚の能力を高めた。

 彼女の十メートル後ろで揺らされる木の葉も、それを揺らす風の流れですら、今の彼女にとって認識できるものになる。

 耳で、目で、匂いで、そして肌で感じ取れる。目の前にいる相手の僅かな動き、そして予備動作でさえもだ。


「……アックス・サーペント」

 一匹の黒い大蛇となったアーリの右腕が、だらりと地面に垂れ落ちる。艶めく緑の鱗が腕全体を覆っていて、地面に垂れ硬化した先端は斧の様な形状になっている。

 アックスペッカーの斧とスレッジ・サーペントの能力を掛け合わした力であった。牽制をしながら距離を取って攻撃できるため、相手の攻撃を交わしながらの対複数戦に向いている。

 訓練で複数の兵士相手に戦う事を繰り返したアーリが、日々の鍛錬から導き出した能力であった。


「近づいて……」と黒髪の少女が言う。

「一気に殺す……」と白髪の少女が続ける。

 アラとクラと名乗った少女達は、アーリが能力を使ったのを見て、飛び掛かってきた。

 彼女達の体全体が露わになると、やはり黒い尻尾の様な機械構造が、二人の背中から伸びているのが見えた。

 無数の円筒形をつなぎ合わせた全長三メートルほどの尻尾は、マンティコアやスコル・ピテル——猿が蠍を食って、その尻尾を得た怪物——を彷彿とさせる形状をしていた。それらの節は縦横無尽に稼働し、彼女達の後ろからアーリに向かって、先端についたナイフのような切っ先を向けてきている。


 その切っ先からは、透明の液体が染み出し、地面へと滴り落ちている。きっと毒なのだと、アーリは直感から悟った。

 切りつけられたら、動けなくなるかもしれない。

 そして一人で戦わざるを得ない状況で、それだけは避けなければいけない。


「……近づかせたら、だめだ」アーリが右腕を振るうと、だらりと垂れていた腕に力が伝わっていき、先端の斧が空気を、そして目の前にいる敵を切り裂こうと唸る。


 黒髪のアラと白髪のアラは、尻尾を振るって空中で斧を弾きながら接近してくる。

 加速度が乗ったアーリの斧が鋼鉄に弾かれて、ぶつかり合い、巨大な火花を生み出し、鈍くも甲高い音が周囲に響き渡った。


 蠍の尻尾の先端は、時折アーリの長く伸びる右腕を切りつけた。腕全体を覆う蛇の鱗が刃物での攻撃を受けて、剥がされ落ちていく。

 尻尾の先端から分泌されているであろう無色透明の液体が、地面へ落ちた鱗を湿らせていた。鱗で守られていなければ、毒を受けて右腕を動かせなくなるだろうことをアーリは察した。

 

 しかし、無策で突撃するのも危険だ。

 アーリは後退しながらも鞭斧(べんふ)となった腕を振るう事で、距離を取る。

 加速の乗った切っ先が二人の少女の尻尾とぶつかり合い、火花と音を断続的に生み出していく。


「……あんまり」アラが言う。

「強くないかも……」クラが続けた。「すぐ殺す?」

「つまらないよ」アラが続ける。「……じっくりと」

「嬲り殺す」残酷な言葉を白髪の少女が放つ。


 尻尾での防御を強いられているように見えるアラとクラ。だが、二人はジリジリと標的との距離を詰めていく。

 垢抜けない少女達が浮かべる表情は、冷酷に敵を追い詰め、毒で相手を十分に弱らせてから捕食する蠍そのものを彷彿とさせた。


 いくらアーリには怪物の力があるといえど、二人の機械人間を相手に、余裕の表情を浮かべてはいられない。

 非情な人間に対抗するならば、自分も非情にならなければいけないのだ。たとえ相手が少女だったとしても、彼女達が敵だという事実に代わりはない。


 アーリは左手でライフルを引っ掴み、狙いもつけずに引き金を引く。

 中に入っている弾は火炎弾だ。それらは着弾すると同時に、手のひら大の爆炎と黒煙を生み出す。

 白髪のクラに向けて、一発の弾丸が放たれたかと思うと、続けざまに数発の弾丸が打ち込まれていく。そして、今度はアラの足元や尻尾を、赤い水晶の弾頭が打ち込まれた。

「……意味」アラが言う。

「ないね……」クラが続ける。「まったく」

「痛くないし……」アラが言葉を締める。


 弾丸は金属製の尻尾に対して、大きな効力がある訳ではなかった。アックスサーペントよりも威力はなく、ダメージも与えられていないと見える。ショットガンであれば、もしかしたら金属板をひしゃげる事はできるかもしれない。


 だが、アーリが火炎弾を撃った目的は、そもそも相手にダメージを与える事ではなかった。

 薄暗い夜の闇の中、真っ黒な煙が二人の少女達を飲み込んでいく。彼女達の眼前で弾ける閃光が、計四つの可愛らしい目を眩ませる。

 火薬の炸裂音が数十発続いた。そして数秒の間があり、また連続で銃声が響き渡る。

 アーリは火炎弾によって黒煙を巻き起こして視界を遮り、閃光を生み出して光の明転を繰り返させることが目的であった。


 普通の人間の目であれば、明かりもつけずに歩いているアーリの事を、離れた場所から観察するのは難しい。彼女達の目にも何らかの改造が施されているのだろう、とアーリは仮説を立てた。

 暗闇の中で光を捉える怪物は、数多く存在する。そして彼らは得てして、他の生物よりも光に対して敏感だ。急な光の点滅——現に光を発して捕食を逃れる海老や微生物が存在する——を受けて、瞬時に気絶する事例もあるほどだ。

 人間でも光の点滅で気分が悪くなったり、体調を崩したりすることがあるのだから、夜目の効く生物が微弱な光の点滅で気絶するのも頷ける。


 そして、アラとクラも、僅かばかりだが、光に弱いようだった。

 斧と尻尾の衝突が起こす火花で少女達の瞳孔が異常な反応を見せていたのを、アーリは見逃していなかった。

 

「……まずい」クラは尻尾を前に出し、防戦一方となる。

「……まずいよね」アラは眩い光に片目を瞑っていた。

 少女達は黒い煙の中で、尻尾を盾にして火炎と閃光から身を守っている。


 一瞬弾丸の雨が止んだかと思うと、焦げ臭い匂いが微かに空気中に漂い始め、煙の切れ間に赤い閃光がちらりと見えた。

 アラとクラが眩む視界の中でそれを認識したかと思うと、その十五センチほどの閃光は、彼女達の目の前へ、瞬間的に斬り込んできた。

 

 敵前に踏み込んだアーリは、手にしていた炎熱式ナイフでアラの尻尾を切りつける。発熱し赤く発光するナイフは、関節部分にうまく入り込み、刃が当たった部分を溶かしながら切り込みを入れていく。

 内部の構造へと


 しかし、溶け出した金属の匂いが鼻腔をかすめるより早く、隣に立っていた白髪のクラからが尻尾で反撃をしてくる。

 空気を切り裂かんばかりの攻撃。

 それはアーリの体を真っ二つにする、はずであった——。


 しかし、鋭い鉤爪を持つ黒い腕がクラの尻尾を受け止めたのだ。真っ黒な煙の中から飛び出したそれは、関節部に爪を食い込ませてくる。ギリギリと金属が音を立て始め、曲がるはずのない角度へと曲がっていく。


 腕全体は鉄のように硬化し、甲殻類のそれを思わせる鎧のような構造になっていた。

 シールドボアの硬化能力だけを使い、獣類が持つ鉤爪を強化させる。アーリが訓練の末に生み出した新しい能力だった。

 近距離戦闘に特化した能力。アーリはそれを「ガントレット・クロー」と呼んでいた。兵士達の剣を受け止め、同時の攻撃へと転じる。攻防一体の能力であった。


 対複数戦で出す事がないはずの能力だが、目眩しでできた隙を利用して相手の懐に潜り込むことで、この戦況でもこの力が役に立った。

今、この戦いで優位を取っているのはアーリだ。アラとクラの持つ最大の武器はアーリの能力と機転により封じられている。


「これで……‼️」アーリはナイフを持つ左手に力を込める。

 炎熱式ナイフが関節を切り落とそうと走る。紅蓮を帯びたナイフが、夜闇の中に弧を描いた。

 月と炎熱式の放つ光を反射する機械の尻尾が、地面へゆっくりと落ちていく。

 そして、アーリが右腕で掴んでいたクラの尻尾が、まるで機械の壊れているとは思えないほどの破砕音を立てて握りつぶされた。


 アラとクラはそれでも顔を歪める事はなかった。彼女達は瞬間的に尻尾を中程で切り離し、短くなった尻尾で左右からほぼ同時にアーリを払う。

 アラはアーリの左肩を、そしてクラはアーリの右腿を。

 ほとんど金属の棒と化した尻尾。だが、アーリを痛めつけながら転ばせるのに、十分な威力と重量を誇っていた。


 アーリの視界はぐるりと回転した。そして、一瞬遅れて自分の体が宙に浮いているのだと気が付いた。

 咄嗟の事で反応ができなかった。地面へどさりと乱暴な着地すると、彼女の右半身に痺れるような痛みが走る。


 横倒しになった彼女の視界の中で、少女達はお互いに顔を見合わせた。

「今は逃げる……」尻尾を切り落とされたアラが言う。

「また今度……」尻尾を握りつぶされたクラが続けた。


 アーリが起き上がろうと身をよじらせた時には、少女達が残った尻尾を木に巻きつけながら、闇の中へ消えていく後ろ姿だけが見えていた。


「……油断した」アーリはそう呟いた。「ミリナさんのところへ早く戻らなきゃ」

 自身が破壊したクラの尻尾を握りしめ、アーリは少女達の立っていた虚空を見つめた。



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