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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第2章
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第十四話 不自然な出会い

 ミリナと別れたアーリは、灰色の壁の所に止めたバイクの方へと歩いていく。

 陽も落ちて、既に周囲は薄暗かった。しかし、アーリの怪物の能力があれば、なんの不自由もなく、そして水晶(クリスタル)ランタンも持たずに歩いていける。

 

 アーリが歩いていくのは、至る所に色取り取りの建物の残骸が転がる道だ。バイクが止まっている所までは、三十分と掛からずに戻れるだろう。

 時折風に揺らされた建物の瓦礫が、かたりと壊れた打楽器の様に音を立てるくらいで、とても静かな夜だった。


 一人になったアーリは、ふと家にいるはずのバレントとループのことを考えた。

 ここ数年、ミリナが彼女達の家に来てからというもの、アーリはバレントが料理をしている所を見ていない。台所にいる時と言えば、狩りに出る前にコーヒーを淹れているときぐらいだ。

 きと今頃バレントが久しぶりに作った料理を、ループが気難しい顔をしながら食べているはずだ。情景がありありと浮かび、アーリはくすりと笑ってしまった。


 帰ったら、美味しいものを作ってあげなきゃ。それを食べながら、今回の遠征で見たものやした事の話を聞かせてあげよう。バレントは「そんなものがある訳ないだろ、嘘だな」と言うだろうな。ループだったら、「私は一応見てみたいが……」とか少し乗り気な返事を返してくれるかもしれない。

 そういえばループの義肢は、新しく機械のものに変えてもらっただろうか。家族全員が揃ったら全員でまた外でご飯を食べたいな。


 彼女はそんなことを考えながら、バイクまでの道をのんびりと歩いていた。


「……誰?」月明かりに照らされた巨大な壁が見えてきた所で、アーリは何かの息づかいを感じ取った。

 二つの小さな子供ほどの人型の何かが、少し離れた木々の間から、彼女のことを覗いている気配であった。それらは襲ってくるでも、逃げ出すでもなく、ただひたすらにアーリの事を観察しているようであった。


 敵意を放っている訳ではなく、アーリは静かにその場で立ち止まって相手の出方を伺って見る事にした。敵なのか、それとも怪物なのか、アーリにとっても分からなかったからだ。気配を感じ取る事はできるが、夜目の効く怪物の目でその場所を見ても、それらは木の裏に隠れていてはっきりとは見えない。


 相手も戸惑っているのだろうか、アーリが立ち止まっても、風が木々を揺らしても、それらは動かずに彼女の方を見ているのだ。


 アーリは意を決して、相手に近づいて見る事にした。一応警戒して、もし怪物であるなら、数で優っているのに襲いかかってこないはずがないのだ。

「誰かいるんでしょ?」アーリは相手を驚かせないように自分から声を掛けた。「いるなら出てきて」


 アーリの穏やかな声に、隠れていた二つの人影が一瞬怯えたのだが、ゆっくりと木の裏から体を出した。

「子供……?」アーリはふと声を漏らし、取ろうとしていたライフルから手を離した。


 そこにいたのは二人の人間の子供、十歳前後の女の子達であった。

 フリルが付いた可愛らしい黒のドレスを着ているが、外で暮らしているのか、泥や土などでかなり汚れている。

 幼く可愛らしい顔つきや浮かべている戸惑いの表情、背格好までもが似ていた。どうやら姉妹なのだろうと、アーリは思った。

 一方は闇夜のように黒い髪を持っていて前髪が揃っていた。もう一人は月光のように白い髪で、前髪を左に流していた。髪の色と髪型を揃えれば、全く同じに見えるだろう。


「あなたたち、名前は?」アーリはできるだけ優しい声色で訊ねてみた。

 アーリはこの二人の女の子から少し距離を取って立ち止まっていた。

 例え子供だとしても、こんな侘しい誰もいない場所に、二人だけでいる相手を信用できるはずもないからだ。ましてや、着ている衣服も顔立ちもアーリ達の暮らす街の人々とは違っている。彼女達の目指しているメトラ・シティとの繋がりを否定できないのだ。

 

「……アラ」アーリの質問に、黒髪の方が口を開いた。

 かと思えば、もう一人の白髪の方が言う。「……クラ」

「アラとクラね」アーリは声色を落として言う。「私はアーリ。南の街から来たの」


 アーリがそう名乗ると、彼女達は木の幹越しに顔を見合わせて、こくりと頷いた。

 彼女達を覆っていた雰囲気が一変し、鋭い刃物の様な気配を放ち出す。戸惑いの感情を映していた幼い顔が、ふと真顔になり、アーリに鋭い視線を向けている。


 アーリは、瞬間的に彼女達の内的変化を感じ取った。

 そして瞬時に理解していた。二人の幼女が彼女に向けている感情は、隠れながら獲物を伺っていた怪物が飛びかかる寸前に見せるものと似ている事を——。


「……くっ」何かが二人の少女の後ろから飛びかかってくるのを感じ取った瞬間、アーリは後ろへ飛びのいていた。

 後ろへ飛んだアーリの眼前、数センチを黒い物体——おそらく刃物のようなものが通り抜けた。鋼鉄で出来ているであろうそれは、ほんの一瞬だけきらりと月光に照らされて光を放った。


「外の人間……」「殺さなきゃ……」

 アラとクラは木の裏から半身だけを出したままで、微動だにしていなかった。アーリを殺そうと武器をふるったにも関わらず、その表情は冷たかった。どうやら彼女達には、そう言った感情がないのかもしれないと、アーリは思った。


 アラとクラの背後に広がる暗がりの中で、二本のうねうねとした生物の尻尾の様なものが蠢いていた。どうやら彼女達の背中から生えているようだ。

 しかし、それらは生物のそれではなく、むしろ機械的な造形をしている。つなぎ合わされた金属部品と先端に取り付けられた鋭く細い刃物が、それを如実に表している。


「クイーンズ・ナインズ……」アーリはぐっと歯を食いしばった。

 アーリはその様な体を持つ人型をした存在と戦った記憶を思い出していた。母親を殺した男が属していた組織。そして、街の人間を怪物に変え、挙げ句の果てに食料にしようとしていた非道の人間達だ。

 アーリは怒りを通り越して、悲しみを覚えていた。ここまで他の——たとえ暮らす場所や考え方、暮らしが違うとしても——同じ人間の事を考えられない者達が存在している事に対しての、強い感情であった。非難ではなく、むしろ嘆きにも似た感情だった。

 しかし、既に向けられた敵意と殺意の前に、話し合いなどという生温い解決方法は無駄だということも知っていた。

 

 一切の手加減は無用だ。

 少女の右手が、そして右腕が黒く変化していく。

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