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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第2章
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第十二話 何かがある

 アーリとミリナは、湿地林を光子二輪(フォトン・バイク)で駆け抜ける。

 この湿地森林は一年のほとんどを水に覆われているからか、木々はまばらに生えているのみで、バイクのタイヤに絡みついてくる邪魔な雑草などはなかった。しかし、見通しがいいからか、灰色の木々と汚い色をした水面が、彼女達の向かう先に永遠に広がっているような感覚を与えてくる。どれだけ進めども同じ陰鬱な景色が続いており、心なしか空模様も崩れ始めていた。


「雨期はそろそろ終わるはずなのにねー」ミリナはふと空を見上げて言った。「どこか雨が凌げる場所を探さないとー」

「この辺だと木々も燃やせないし、まだ先に進まないとね」アーリは進行方向をただ真っ直ぐに見ていた。「……先があるか分からないけど」

 

 アーリは若干の不安を感じていた。これまでの道のりは北方調査隊の残してくれた情報を元に進んで来た。だが、どこまでも広がっているこの景色を前にしてみると、どこへ行き着くのか、そして本当に何処かへ繋がっているのかさえも疑い始めてくる。

 だが、母親が嘘を付くはずもない。それだけをアーリは信じて、ただひたすらにバイクのハンドルをひねり上げるのみであった。


 一時間ほど進んだだろうか、アーリは後ろから何かが這ってくる音を聞き取った。

 アーリが振り返ろうとした、その瞬間であった。

「アーリちゃん!」ちらと後ろを見たミリナが、真面目なトーンで叫ぶ。「後ろからフライ・サーペントが来てる!」彼女はガンホルダーから拳銃を抜いた。「水の音で付いてきてるみたいだよ」


 アーリがちらりと後ろを見ると、五匹の翼の生えた赤黒い蛇が、水を掻き分けて走るバイクの後ろを追いかけてきていた。

 サーペント・フライは、翼の生えた大きな蛇だ。図鑑では鳥の死骸を食べて、そこから蛇達が鳥の遺伝子の一部を取り込んで、今の姿になったと言われている。

 頭部のすぐ後ろに生えた翼は、鳥の様な羽ではなく鱗に覆われている。翼とは呼ばれているが、空を飛ぶというよりは、少しだけ跳躍するための補助に使われる事が多い。現に自分よりも大きな怪物に飛びかかる時は、四メートルほどまで飛び上がるという報告が上がっているのだ。

 さらに水中では魚の鰭の様な役割も果たしすらしい。彼女達の後ろを追いかけている現在(いま)も、体をたくみにくねらせて、ヒレの生み出す推進力を使って水の中を泳いでいる。

 胴体は大人の男の腕より太く、大きいものであれば全長は六メートルを超えると言われている。口元からは鋭く太い黒ずんだ牙が堂々と覗いており、今にもアーリとミリナ、そしてバイクに飛びつこうとしている。

 

「速度上げるよ、しっかり捕まって!」アーリはグッとハンドルをひねり上げた。

 バイクは振り落とされんばかりに加速を始める。機体がけたたましい叫びを上げ、嵐の日の海原のように、水面が激しく波立つ。周囲の景色を置き去りに、アーリ達を乗せたバイクは速度を上げた。


 かと思うと、アーリの背後から銃声が生まれる。空になった薬莢と、撃ち落とされたサーペント達が水へと落ちていくのが聞こえる。

 火薬と血の匂い。

 狩人として嗅ぎ慣れているはずの匂いだが、今は心の中に不安を生み出すだけであった。 アーリは自身の内側で、脈拍がひどく激しく打っているのを感じた。そして、それが興奮ではなく、焦燥からくるものである事は分かった。


 ふと後ろを振り向けば、血で赤く染まった水面自体が動いているのかと見紛うほど、おびただしい数の翼蛇(よくじゃ)達が後ろを追ってきていた。

「ミリナさん!」アーリは後ろへ叫ぶ。

「大丈夫、前だけ見てて!」ミリナは銃声に負けず叫んだ。


 彼女は迫り来る怪物へ弾丸を撃ち続けている。しかし、それも長く保たないだろう。一つの弾倉に込められるのは九発までだ、二丁の銃を切り替えて使っても計十八発で済む数ではない。

 それにかなりの速さで走るバイクの上で、アーリの背にしがみつきながらも、片手で射撃を行うのは並大抵の事ではない。全部の銃弾がサーペントを捉えるのは、いくら拳銃の扱いに慣れているミリナだとしても、奇跡でも起きない限り難しいだろう。

 

「……あれは」焦るアーリの眼に、二つの物が見えてきた。

 一つ目は水に覆われた地面の終端であた。永遠に永遠に続いているかと思われた水に沈んだ大地の終わりであり、背の低い草に覆われた地面の始まりであった。やっとこの陰鬱な水の世界から抜けられる、アーリはこれに想像以上の安堵を覚えた。

 そしてもう一つは、巨大な灰色の建造物の一部であった。開けた場所にあるそれが崩れ落ちた壁なのか、それとも元からその形を成していたのか、少女には分からない。そして、今悠長にそれが存在している意義を考えている暇もない。

 だが、目の前の風化した燻んだ灰色の壁は、自分達が暮らしていた街を覆う壁を彷彿とさせ、アーリはこれにも安心感を覚えた。


「ミリナさん、もう少しだけ頑張って!」ハンドルを握る手に力を込める。「地面に上がればサーペントの動きもこっちを追えないはず」

「分かった!」ミリナは銃を持ち替えて、左後方から飛びかかろうとする翼蛇を撃ち抜いた。「こっちは大丈夫!」


 泥水から上がる瞬間、段差で車体が大きく跳ね上がる。

「……ぐっ」数秒間車体は浮かび、アーリは浮遊感を覚え、声を漏らした。

 世界が一度跳ね上がったかと思えば、それはまた降下し、衝撃をいなそうと何度か上下に揺れた。彼女達も振り落とされそうになるが、脚に力を入れて車体を両膝で挟み込んで事なきを得た。


 バイクはそんな衝撃を受けてもなお、伸びっぱなしの雑草の上に着地する。水に濡れた植物の上で、車輪を数回空転させたかと思うと、一気に加速して前へと飛び出した。

「ミリナさん、平気⁉︎」アーリは前輪が暴れ出さないように車体を制御しながら言った。

「大丈夫、銃も落としてない!」ミリナはアーリの背中をグッと掴んで衝撃に耐えたのであった。

「前に建物があるから、とりあえずそこで休めるかも」アーリは前方に微かに見えていた巨大な壁の一部を見て言った。


 木々の切れ間に見える巨大な壁の一部は、一メートルほど先にあった。

 建物があるからには人——もちろん多くの場合は敵であるだろう——がいるかもしれないが、崩れ落ちて整備され手いない所を見ると、その可能性は高くないだろう、とアーリは思った。怪物の襲撃もある野晒しの外世界で夜を明かしたり、休息を取ったりするよりは、建物を探してその中で休めれば、幾らか疲れも取れるはずだ。

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