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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第1章
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第九話 家族

 少女は数十分、いやそれ以上の時間をバイクの運転練習に費やした。ロッドとバング、そしてのんびりと見ているはずだったミリナも、彼女と彼女を乗せたバイクの走りに目を奪われていた。

 六番街で玉乗りを披露する大道芸人ですら、こんなに上手くは乗りこなせないだろう。それほどまでに、少女が運転する黒い機械は一糸乱れぬ華麗な動きを見せたのだ。


 アーリは発進させた場所まで戻ってくると、ゆっくりとバイクの速度を緩めて止まった。

「どうだった?」少女は少し疲れた顔で聞いた。

「すごくかっこよかったよ!」弁当を食べ終えたミリナは、口の周りに食べかすを付けながら言った。

「なかなか上手かったぜ」ロッドがにやりと笑った。「バングの最初なんか、歩き始めた赤ん坊みたいによたよたしてたからな。それと比べちまったら、石ころと空ぐらいの差だぜ」

「……悪かったな、下手でよ」バングは高笑いするロッドを横目で睨みつけた。「まぁいいか、んで、乗り心地はどうだ、北までは快適な旅になりそうか?」

「うん、なぜか分からないけど、凄く乗りやすかった」バイクから降りると、アーリは頭を下げた。「ありがとう、ロッドさん、バングさん」

「おう、俺らができる事だからな」ロッドは腕を組んだまま、満足げな表情を浮かべている。「ぜってぇ帰ってこいよ」

「ぶっ壊れても、持って帰ってくれば治してやるからよ」バングもロッドと同じ表情だった。「……おっと、そうだった。一つだけ分からねぇ事があったんだ」

 

 バングはそう言うと、バイクに近づいて計器辺りを触り始めた。

「なんだか分からねぇ機能が付いてるんだが、なにかで制御されちまっててな」彼は髪の毛を掻き毟りながら言った。「音声認識ってのは要は、声で反応するっぽいのは分かるんだが、俺が喋りかけても認証失敗って表示される」


 先ほどまでスピードやエネルギーの残量が映し出されていた手元のモニターには、『音声認識起動中』という表示が出ている。

 バングの声を受けて、赤いエラーの表示がモニターに映る。

「こんな感じだ」彼は首をひねりながら言った。「アーリちゃん、試してみてくれ」

「うーん、お母さんの物だから——」


《アーリ・レンクラーの音声を認証完了、録音メッセージを再生開始》

 アーリが何かを言いかけた時、バイクから抑揚のほとんどない機械的な声が聞こえてくる。機体が放っていた青白い光のラインが、幾度か点滅を繰り返した。


 突然の事にその場にいた四人は目を丸くし、四人四様の声を漏らす。だが、バイクから流れ出す音声は、そんな彼らの驚きなどお構いなしに続けた。

 始めはジリジリとしたノイズが流れ出したかと思うと、そては意味を持つ言葉へと変わっていった。

《私はメルラ・レンクラー。これを聞いているのならば、恐らく私は死んでいる。そしてこれを聞いているのはアーリ、あなたでしょう》

「……お母さんの声だ」アーリはぽつりと呟いた。

 流れ出した電子音が混じる声は、確かに機械の体になってしまった母親メルラのものであった。

《そして二輪(バイク)に乗り込んだということは、クイーンズ・ナインズの元へ、メトラ・シティへ行こうとしているのね。あなたは小さな頃から頑固な所があったから、きっと私やバレントが止めても、絶対に行くと言って止めないのでしょうね。この乗り物には、機械には私の人格の一部が記憶されている》

「……お母さん」

《自由に喋る事は出来ないけれど……忘れないで、私は貴方と共にいるわ。だから》


 少女はなんだか不思議な感情に包まれた。死んだ母親が蘇ったような、複雑だが暖かい気持ちだ。

 そして一つの事に合点がいった。アーリが光子二輪を上手く扱えたのは、きっと母親が少女の意思を汲み取り、補助してくれたのだろう。旅立つ自分の背中を押してもらっているようで、強い心の支えを感じた。

「お母さんが乗り方を教えてくれたんだ……」アーリは胸からこぼれ出した言葉をそのまま呟いた。


 アーリはバイクに跨り、そしてミリナは二頭の馬を連れ、帰路に付いた。

 夕日に照らされた薄暗い森に、バイクのボディが放つ青白い光の色が移る。夕日の橙とネオンブルーが混じり合い、美しくも怪しげな色合いを生み出した。ほぼ毎日通っているはずの道なのだが、アーリはバイクに跨っているからか、その景色はまた別の物にみえた。


 森の中の一軒家は静かに、そしていつも通りの表情で二人の帰りを待っていた。アーリは家の前にバイクを停め、ミリナは馬を裏の厩舎に停めに行った。


 彼女達が帰ってくる音を聞きつけたのか、ループが玄関からのそりのそりと出てくる。普段は無表情のループだが、心無しか今日は寂しそうな顔をしているようにみえた。彼女もアーリの事を幼少期から見てきた一人だ、感情の起伏が少ないなりに思う所があったのかもしれない。

「……ただいま、ちょっと遅くなっちゃった」アーリはフェンス越しにいつもよりもさらに穏やかに言った。

 中には入れない、アーリは心の中で強く念じた。

 フェンスの内側に入ってもよかったのだが、中に入ったらそのまま出発したくなくなってしまう気がしていたのだ。絶対的な確証こそ無いが、家と家族を前にして、その確信が高まっていくのを感じた。

 

「戻ったか」ループは扉から体を半分出している。「それは乗れるようになったのだな?」

 アーリは静かに頷いた。「ロッドさんとバングさんが、使えるように調べてくれたんだ」

「そうか」ループはふっと俯いたが、すぐに顔を上げた。「……行くんだな、北の地に。バレントから話は聞いている」 

「うん、今日にでも」アーリは迷いのない瞳でループを見た。

「本当ならば私も行くのだが……」ループは無い前脚を突き出した。「こんな脚じゃ、一日も持たないだろう。きっと生後二ヶ月の角の無いムムジカにですら敵わないからな」

 ループの冗談に、アーリはクスリと笑った。「今日ロッドさんの店に行ったら、裏の部屋に機械の腕みたいな奴が置いてあったよ。きっとそろそろ脚も作ってくれるんじゃないかな」

「だといいがな」ループは自分の脚があった場所を見つめた。

「バレントは戻ってきた?」アーリはふと訪ねてみた。「出発する前に、話しておきたいんだけど」

「あいつならメルラの所へ行った」とループは首で家の裏を指した。「会いに行くのか?」

「お母さんにも行ってきますって言わないとね」アーリは寂しそうに行った。

 

 三丁の銃を持って、ミリナが戻ってきた。

「はい、これ」と行ってアーリのライフルを彼女に手渡した。

「ありがとう」アーリはそれを受け取り、肩からベルトでぶら下げた。「出発前に、お母さんのお墓に寄りたいんだけど、いいかな」

「うん!」ミリナは明るく返事をした。


 三人は家の裏手にある、木を切り倒して広げた広場に来た。もう既に日は暮れ落ちていて、森の中にぽっかりと開いた広場には、月の明かりが差し込んできている。その空間だけがまるで、この世界から切り離されたかのような、絵に描かれているかのような景色が広がっていた。

 広場の奥、ちょうど暗がりと月明かりの(はざま)辺りに、アーリの母、そしてバレントの妹、メルラの墓はあった。

 石を切り出して文字を刻んだだけの、素朴な墓石が建てられている墓。だが、それは全体的に綺麗に手入れをされていて、墓の周囲にはアーリが植えた花達が、月光の中でしおらしく咲いていた。


 その前に一人膝をつく、バレントがいた。彼はただ黙々とメルラの墓を布で掃除している所であった。

 アーリが見た彼の背中は——背をかがめて縮こまっているのもあるのだろうが——いつもよりも一回りもふた回りも小さく見えた。


 アーリはバレントの横に座り込み、母親の墓に向かって手を合わせ、目を瞑った。

 バレントはちらりと見たが、すぐに同じように手を合わせた。ミリナとループも静かに後ろでその様子を見守っていた。

 墓の周りに咲いた花が、柔らかく甘い匂いを放っていた。風に揺られ、花びらや周りの草原がさわさわと乾いた音を立てた。

 

「……もう、行くのか?」バレントが小さな声で聞く。

 彼は墓をまっすぐ見たまま、アーリの方を見ていない。

「うん、早く行かないと」アーリは返事を返す。「いつ敵が襲撃してくるか、分からないからね」

 アーリがバレントの横顔を見ると、彼の表情は悲しげであった。妹の娘、そして自分の子供同然に育ててきた彼女の旅立ちに、バレントも色々と思う所があるはずだ。色々な感情の整理をつける為に、この場所で一人静かに居たのだろう。


「生きて帰ってこい」バレントは隣のアーリの頭に手を乗せて言った。「俺がお前らに言えるのはそれだけだ」

「絶対、帰ってくる」アーリはきっぱりと言い返した。

 彼女の表情には後悔もない。色の違う両目には脅威への敵対心と絶対に帰ると言う強い意志だけが、目の前の花のように静かに揺れていた。

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