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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第1章
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第八話 黒い怪物

 アーリとミリナはカルネと別れた後、二番街にあるロッドの工房を訪れる。店の入り口上に飾られた看板には、「バングロッド重火器店」と鮮やかなピンク色のペンキで書かれている。大火災で焼けたのか、最近になって新しい物に切り替わったのが、木が風化具合から見て取れる。 

 表にいつもいるはずのロッドやその息子バングの姿は見えなかった。代わりと言ってはなんだが、工具が乱雑に置かれた鉄製の作業デスクが置かれている。他にも加熱炉や鍛造台など、武器製造に必要な物はほとんど揃っていた。


 店の奥を覗き込むと、バングとロッドが裏で作業をしていた。薄暗い部屋を照らすのはぼんやりとした橙色の蛍光灯のみに見えた。

「ロッドさん、来ましたよー」ミリナが奥に向かって叫ぶ。

「来たか」彼女の呼びかけに、奥からのそりのそりとロッドが出てくる。「かなり散らかってるが、とりあえず入ってくれ」彼は大きくゴツゴツとした手で手招きした。

 

 彼女達は言われるがままに部屋の奥へと入っていく。近づくにつれ、青白い色の光が、部屋の床を照らし出しているのが見えた。嫌な青色光(せいしょくこう)ではなく、むしろ真逆の気持ちを落ち着つかせるような大海原を連想させる、光の広がりであった。


「やっと使えるようになったぞ」ロッドが部屋に招き入れる。

 そして中を覗き込めば、青い光を発している物の正体が分かった。アーリがロッドに預けた、黒く艶めく体と輝く銀色の角を持つ怪物。ループほどの体長を持ち、姿形もループが全速力で駆ける時の、両腕両足を伸ばしたポーズを彷彿とさせる。

 前後に二つの太い車輪を持ち、青白い光のラインが前から後ろに数本伸びている。

 それはアーリ達が入ってくるのを待ち受けていたかのように、裏の部屋の入り口を睨みつけていた。


 今は亡きアーリの母メルラは、こう呼んでいた。

光子二輪(フォトン・バイク)」アーリはそれを思わず呟いた。「これにお母さんは乗ってきたんだ」

「これ、動くんですか?」とミリナが物珍しそうにそれを見た。

「もちろんだ」ロッドは鼻高々と言った感じで腕を組み、自慢げな表情を浮かべていた。「まだ俺も一回動かしただけ、だがな」ロッドは顎をしゃくりあげるとバイクの後ろを指した。「使い方はバングに聞け、こいつの方が詳しいからな」

 巨大な発光する機械の裏からバングが立ち上がった。「早速乗ってみるか?」


 バング、ロッド、そしてアーリとミリナはバイクを押して、二番街の外へと出ていく。大通りを歩く人々や道脇の職人達が、好機と怪訝(かいが)の混ざった眼差しでバングの押している黒く巨大な機械を眺めていた。

 夕暮れ時の日差しを浴びて、怪しくも美しく輝く機体を二番街のすぐ外の平原で止めた。

 壁の上に居た兵士達も、物珍しそうに彼らの様子を眺めていた。鍛冶屋のロッドがまた変なものを作ったぞ、としか思っていないのだろうことは、彼らの嘲るような視線から見て取れる。


「俺もまだこいつの機能を全部理解してる訳じゃないんだが……」ロッドは広い平原の真ん中で、大きな鉄の塊に跨った。「使い方を教えるから、耳をかっぽじって聞いておけ」

 そう言うとバングは、光子二輪の使い方を簡単に説明し始めた。彼にとっても一ヶ月ほど前に出会った機械技術なのだが、親が親なら子も子なのだろうか、それとも機械いじりの天才が施した英才教育の賜物なのか、彼は技術に関する天性の感を持ち合わせていた。

 まるで自分の手足を動かすが如く、アーリに起動の仕方から止め方、それぞれの部位の役割を教えた。

「んで、このハンドルを捻ると前へ進む」バングがハンドルを捻ると、機体がゆっくりと前進を始める。「もっと思い切り捻ると、さらに加速する。速度を上げ過ぎたら、ハンドルを戻せば速度が落ちる。んで、ブレーキを掛ければ止まる」


 バングが降りると、今度はアーリがバイクに跨る。

 小柄な彼女が跨ると、大きな黒い機械がさらに大きく見えた。まるで本当の怪物に乗っているようなに見えるほどだ。だが、大掛かりな機械であるのにも関わらず、全く躍動を感じない。確実に生き物ではないのだという感覚と、機械が放つ青白い光、そしてハンドルの間にある計器類が。


「自分で速度が調整できる馬みてぇなもんだ。餌と調教はいらないし、その日の機嫌で動かない事もない分、楽だがな」バングはアーリに説明した。「後は少し練習すればできるはずだ。馬にほとんど乗らねぇ俺だって、数時間の練習で乗れたんだ。アーリちゃんならすぐさ。ぶつかってもよっぽどじゃなければ、壊れないから思いっきり飛ばしても平気だ」

「やってみます」アーリは跨ったまま、コクリと頷く。


 本当に自分がこれを操れるのだろうか、という不安が脳裏をよぎる。微かに震える手で銀色のハンドルを握ると、金属の冷たい感覚が手に伝わる。

 そして、その奥にある温かみを感じた。まるでバイクが乗せてやろうと言わんばかりに、少女の手に呼びかけてくるようであった。

 少女は幼い頃にループの背中に跨って遊んでいた事を思い出した。そう考えれば似たようなものだろうと思うと、彼女はなぜだか自分にも出来る気がした。


 アーリが顔をあげると、周囲にはちらほらと木が生えているだけで、なだらかな地面が広がっている。きっとこの場所ならば、多少手荒な運転をしても大丈夫だろう。

 ちらりと後方を見れば、三人がアーリの事を見ていた。

「がんばってー、アーリちゃん!」ミリナはフォークを片手に、カルネの作った料理を食べていた。

「ミリナは能天気だな。お前も行くんなら、最低でも見とけよ」ロッドは注意するようにミリナに言った。「いつ使う事になるか分からんからな。アーリちゃんの代わりに運転しなきゃいけない場面が来るかもしれないぞ」

「そっかぁ」とミリナは言うと、口の中に肉を放り込んだ。


 アーリがハンドルを捻ると、その黒い機体がゆっくりと前へ進み始める。

 未知の物を動かすと気持ちの高ぶりと不安が、一度に彼女を飲み込んだ。だが、そんな事も忘れるほど、機械はあっけなく駆動を始める。音はほとんど立てなかった、風のない夜の森を行く狼のようだ。

 ゆっくりと前後の車輪が回転を始め、手元のモニター計器に表示された数字が連動して上昇していく。始めはゼロであった数字とメーターが、十、二十と上昇していく。そしてそれが三十を越した辺りで、少女は風を切り始めていた。


 黒いボディに映る青い閃光が空気中に尾を引き、一匹の長い怪物のようにも見える。だが、それを怪物だとするには加速が凄まじく、走る姿はあまりにも美麗であった。


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