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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第1章
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第五話 一息

 ジェネスとの会議を終え、アーリとミリナは帰路に着いた。彼女達の住む家は、北の森の中、街から馬で移動して三十分ほどの所にあった。彼女達が家に着く頃には、日が暮れ始めていた。普段緑色の森は、橙色に染まっていた。夏の訪れを感じさせる、湿った青臭い植物の匂いが周囲には充満していた。

 森の奥にひっそりと建つ一軒の家は、周囲を鉄製のフェンスで囲まれている。だれも所有権を主張しない森の奥だ、敷地はかなり広い。フェンスの中には家の他にも、厩舎や倉庫、獲った獲物を解体する場などがあった。アーリの義理の父親、バレント・レンクラーが建てた家は、狩人にとっては夢の豪邸であった。

 

 二人は家の裏手の厩舎に馬を止めた。

「バレントさん、まだ帰ってきてないみたいだねー」ミリナがバレントの愛馬がいないのを見て言った。

「今日は他の狩人さん達と、西の山にグリフォンの巣を探しに行くって言ってたね」家の裏口から入っていきしな、アーリは振り返って言った。

 

 裏口はそのままキッチンに通じている。使い古された器具や冷蔵器、コンロが置かれている。シンクの中には、今朝使った食器とカップが置かれたままだ。

「戻ったか」扉の開いた音に反応して、キッチンの奥にあるリビングから女性のややしゃがれた声が聞こえる。

「ループ、ただいまー」アーリはカップを手に取りながら言った。

「戻りました、師匠!」ミリナはリビングを覗き込む。


 リビングの中には、三人がけのソファーとその前に置かれた背の低いコーヒーテーブルが置かれ、入ってすぐ手前には、六人掛けのダイニングテーブルがあった。 

 そこには一匹の体長三メートル近い狼が、床に丸くなって寝そべっていた。真珠のような白い毛皮と、頭部から生えるゴツゴツとした緑色の水晶が目についた。


「今日の訓練はどうだ?」白狼はミリナの方を見て喋り出す。「うまく兵士達を負かしてやったか?」

「あたしは兵士二人相手になんとか!」そう言うとミリナはソファーに飛び込んだ。「結構疲れましたよー。ループ師匠は何してました?」

「本を読んで、少し散歩をしたくらいだ」ループは立ち上がって見せた。「ちょっとずつ歩ける様になってきたぞ」


 彼女の右前脚は、付け根から無かった。つい一ヶ月ほど前のクイーンズ・ナインズの襲撃にて負傷してしまった。そして今は脚の代わりに、木で作られた義肢が付けられており、彼女はこれを使って歩いているのだ。

 白狼ループはゆっくりと部屋の中を歩いて見せた。ぎこちなくだが、しっかりとした足取りで彼女は歩いている。

「どうだ、なかなか上手くなっただろう?」彼女は少し自慢げであった。「あとはロッドのやつが早い所、高性能な義肢を作ってくれるといいんだが」

「ロッドさんならすぐ作ってくれるよ」アーリがカップを持って、リビングに入ってきて、ダイニングテーブルに座った。「それまではゆっくりしよ?」

「家に一人でいるのは暇でな。腐った倒木になった気分だ」ループはそう言うと静かにその場に座り込んだ。「できるのは寝るか本を読むかぐらいだ」

「じゃー、晩御飯くらいは美味しいもの食べましょー」ミリナはソファーの上で跳ね起き、ループの気持ちを鼓舞するように言った。「晩御飯はなに食べたいですかー?」

「そうだな……」ループは少し下を見て考えた。「できるならステーキが食いたいな。そうじゃなければ、焼いた肉を食べたい」

「ステーキ! いいですねー」ミリナがパッと顔を明るくさせた。「どうせだったら外で焼きましょー」彼女はそういうと立ち上がって、キッチンの奥へ消えていった。

「火事は起こさないようにな」とループがその背中に言った。「しかし、外で肉が食えるなんて……ミリナにしてはいい考えじゃないか」


 アーリも考えに賛成であった。いつまで家族が集まって食事ができるか、分からないからだ。もしかしたら今日を限りに、この場所に戻ってくる事がないかも知れない。そうすれば家族に会うことも出来なくなってしまうかもしれない。

 少女はそれが現実になる予感がしていた。彼女にできるのは、最大限今の時間を出来るだけ楽しんでおく事だけだ。

「私も準備、手伝うよ」アーリはキッチンへと向かった。「ループはもう少し待ってて」


 食事の準備を整え、肉を焼くための火を起こしていると、暗がりの中から馬が走り寄ってきた。薄暗い夕暮れの闇に紛れ込むような、真っ黒な馬とそれに跨った男だ。

 家のすぐ外で火を起こしていたアーリ達は、それに気づいた。

「帰ってきたな」ループが闇の中に浮かび上がる人影に向かっていった。「機嫌は悪くないようだな、グリフォン退治は穏便に済んだらしい」

「バレント、おかえり」アーリが声を張り上げる。

「晩御飯はムムジカのグリルですよ!」とミリナが声を張り上げた。

「今日は外で飯を食うのか」と帰ってきたバレントが、フェンスの内側に入りながら言った。

「ああ、私の気分転換に付き合ってもらっている」とループが言った。

「たまにはいいんじゃないか?」バレントは馬から降りた。「シャワーを浴びてくる、すこし返り血を浴びたし、汗もかいたからな」と言うと彼はそのまま馬を裏手へ引いていった。


 彼女達が食事の準備を終える頃には、日は既に暮れていて、周囲は暗い闇に包まれていた。焚き火が放つ橙色の灯火だけが、周囲を照らしている。

 アーリはその周囲を見て、なんだか世界がこの場所だけなのではないか、という短絡的な考えに至った。もしそうだったら、どれだけ楽なのだろうか。人を襲う怪物も、誰かを陥れようとする悪人もいない、平和な世界になるだろう。

 勿論、友達のカルネやレーラもいないのが残念だが、彼女の周りには自分達が暮らす家と家族がいる。もうたくさんの人が苦しんだり、死んだりするのは嫌だというのが、アーリの本心であった。 


 その日の夜、彼女達は火を囲んでの食事を楽しんだ。バレントが暇つぶしに作っていた木製ベンチが今日この日以上に役立つことは、今までなかった。

 焚き火で焼いたムムジカの肉は、いつも彼女達が食べているものよりも、脂がしみ落ちていて癖もなく美味しかった。ミリナと一緒に作ったトマトのスープも、街で買って少し温めだだけのパンも、外で食べれば数十万グランはくだらないほどの、ご馳走であるかのように感じれる。

 目の前にある焚き火は、時折ゆらゆらと揺れて、暗闇に包まれた世界を歪ませた。焚き木がパチパチと弾ける音と共に、家族の会話が紡がれていき、静かな晩春の夜が過ぎていく。

 いつまでもこの時間が続けばいいのにな、とアーリは静かに心の中で呟いた。だが、それは誰に届く事なく、心の中だけに響いて消えただけであった。


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