第十七話 解剖
第十七話 狼煙
髭面で作業着を着たロッドは、暖かくなり始めた十時ごろの大通りを、荷車を引いて自分の店に戻ってきた。かなり重量のある荷物を積んでいるのか、彼の髭は春だと言うのに、びっしょりと汗にまみれている。
いつもの活気に溢れる二番街はそこにはなく、通りの人通りは、秋の木々に残る葉ほどに、閑散としていた。
怪物になってしまった二番街の職人達も多く、ロッドの店の両隣でも破壊された店舗や居住区の修復作業に追われていた。だが、負傷者達も多かったため、動ける人手も限られている。一番街の建築作業員達を連れてきても、むこう二ヶ月ほど、街は復興作業に追われるだろう。だが、精神的な恐怖から立ち直るには、かなりの年月を有するかもしれない。
古臭い食べ物しか好まない上に、金属生産加工組合の代表者として、ロッドだけ血清注射を優先的に受けられた。その上で、事前に何が起きているのかを知らされていたが、混乱を招かないためにとの判断から、住人達に周知することができなかった。もし、知らせていれば少しばかりは、この被害を軽減することができたかもしれない。
ジェネスの判断は間違ってはいなかったのだろう、代表者としてのロッドはそう理解していた。だが、一人の職人として、そして個人としての見解は少し違った。自分だけが助かってしまったという罪悪感が、彼の背中にのし掛かってくる。心の醜い部分から、反吐が出そうなほど気持ちの悪い優越感が、それに歯向かうように湧き出てくる。
店の入り口に掲げられた『バングロッド重火器店』という看板は、つい数日前の大火災で焼け焦げ、今もまだその面影を残している。店の中も同様に焦げ跡が残っているが、内装のほとんどが石か鉄であったため、被害は木製の作業テーブルや工具が幾つか燃えたぐらいであった。
「戻ったぞ」ロッドはそう短く呟くように言った。工房で組み立てをしている息子の後ろを通って、裏の物置部屋に荷車ごと入っていく。彼の表情は固く、いつもの仏頂面ではなく、むしろ感情のない仮面のような表情であった。
鉄と油臭い表の作業所で、銃を組み立てていたロッドに似た面影を持つ若い男は、呼びかけに作業を止めた。
「その荷物はどうしたんだ、親父」ロッドの息子バングは一旦作業を止めた。「兵団がぶっ壊した銃の修理依頼か?」
「バング、来てみろ」ロッドは静かで真面目な口調で言った。「お前にも見せておかなきゃ、行けないもんだ」
「あー?」普段とは全く違うかしこまった父親の雰囲気に、バングは組み立て途中の銃を置いて裏へと付いていく。「一体どうしたんだよ、ジェネスに難癖でも付けられたかよ?」
「……ったく、結局回収できたのはこいつだけか」ロッドは店の裏にある物置部屋で、荷車の上に掛けられたカバーを外した。「腕が伸び切っちまってる、片腕五メートルはあるな。こりゃあ分解のしがいがあるってもんだ」
白い布の下からは、押し込められるように積まれた、大柄で銀短髪の男と赤髪の男が現れた。どちらもぐったりと力が抜け——目は閉じられ、明らかに死んでいることは分かる——だらりと腕を垂らしている。だがそれと同時に、明白に人間ではないことも理解できた。
銀短髪の男ガジェインは体格がよいが、皮膚はところどころ氷菓子のように溶け、体の下からは鋼鉄の体が見えている。もう片方の赤髪の男ブレイルは、使い古したゴムバンドのように腕が異常に伸びきり、百足のような機械構造に繋がれた前腕と後腕を持っていた。
「……親父、なんだよこれ」バングは文字通り目を丸くしていて、驚きを隠せないようだ。「こんなん……人間、なのか?」
彼が驚くのも無理はなかった。通常の人間の常識であれば、このような体を持つ人型の生物に出会ったことはないはずだ。そして、自分の父親がそんなものを持って帰ってくるとは、しかもさも当たり前のように見せてくるなど、露ほども思わないだろう。
「ああ、人間には違いない。コイツらも死ぬし、飯も食うんだ。医者達の解剖で幾つか人間の臓器が腹ん中にあるのを確認されてる」ロッドは布を乱雑に部屋のすみに投げ捨てた。「だが、腕やら足やらは……見ての通りだな」
「……まじかよ」バングは複雑な表情を浮かべたまま、自分の額を二度三度叩いた。「自分の目も信じられねぇんだが……本当にこんなのあってもいいのかよ」
「……ああ。ジェネスの頼みで、俺らはコイツらの構造を調べなきゃならん」ロッドはそう言うと、荷車から二人の機械人間を下ろし始めた。「んでもって、こないだの火災と獣化事件。こいつらが引き起こしたもんだ。俺らはどんなやつらと敵対してるのか知らなきゃなんねぇんだ」
「……突拍子もない話だけどよ」バングは今一度、機械の体を持つ二人の男の亡骸を見た。「こんなん見せられたら、信じるしかねぇな」バングはそう言うと、ロッドを手伝って男達の床に下ろすのを手伝い始めた。
「この間、バレント達やジェネスが来た日があったろ?」ロッドは銀短髪の男の体を持ち上げながら言った。「あんときも、おんなじような機械人間を修理してたんだ。黙っててわりいな」
「別に気にしねぇよ」バングは言った。「こんなん、俺が見たってわからねぇし。何回も見たいもんじゃねぇ。今回限りで御免被りたいな」
機械いじりに長ける無骨な親子は、数日に渡って寝る間も惜しみ、機械の埋め込まれた二人の人間の体を調べ始めた。溶接されてしっかりと固定されているが、彼らは半ば破壊気味に解体していく。
初めは困惑していたバングも、一度解体を始めれば興が乗り始め、二人掛かりの作業は進んでいく。食事を取るのと、睡眠以外は作業の時間に割り当てた。
作業開始から二日ほど経った週の半ば、彼らが妻の作ったパストラミサンドを昼食に取っていると、工房の外からロッドを呼ぶ声がした。
「ロッドさーん、こんにちはー」アーリの声であった。「あのー、いませんかー?」
「おー、アーリちゃんか」ロッドはサンドを包み紙に戻し、物置部屋から出ていく。「今日はどうした? 少しばかり忙しいんだが——」
ロッドはアーリが持ってきた物に驚き、口の中に残っていたパンを急に飲み込み、文字通り言葉に詰まってしまった。彼女が持ってきたのは、二メートル近い長さの丸みを帯びた機械であった。前後には太い車輪が付けられ、辛うじてなにかの乗り物であることは理解できた。
だが、それがなければ彼女が、巨大な黒い毛皮の怪物を引き摺って現れたのかと見紛うほどであった。現にロッドが一瞬見た時、怪物の頭部に横から生える二本の銀色の角を握りながら、アーリが怪物を引っ張っているのかと間違えて言葉を詰まらせたのだった。
「……なんだそらぁ?」ロッドは自分でも気づかない内に、口を開けっ放しにしていた。「どっから持ってきたんだ?」




