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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——怪物化事件—— 第3章
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第十四話 喪失

 コラヴァスは、機嫌を取り戻したミリナを見て、舌打ちをする。

手品(マジック)(トリック)をバラすのは、マナー違反ですよ」緑髪の男は、ギロリと冷たい黄色の目をアーリに向けた。「まぁ、バレてしまった所で、どうということはないのですが、ね」

「だったら私、手品(マジック)なんて」ミリナは銃を撃ちまくる。「……っ大っ嫌い!」

 銃弾が男に当たり、同じ数だけの爆発を生み出していく。


 だが、コラヴァスの体は、彼の袖から噴出した黒い煙に巻かれ、その姿がかき消されていく。男がまたその本体を隠そうとしているのだ。

 黒に紛れてしまえば、透明になった男を見破る事が不利になる。

 煙は男が包まれ、その姿が消えても一切止まらず、ミリナをも飲み込もうとしているのだ。

「そんなの逃げちゃえば、いいんでしょ! バカなのはどっちかな!」

 ミリナは、迫り来る闇よりも暗く黒い闇に向かって、手当たり次第に銃を撃ちながら、五番街方面に向かって走る。


 彼女の足元を黒い煙が飲み込もうとしている。

 彼女は本能的にあの煙に入れば何が起きるのか分かっていた。分身と暗闇。それらが同時に襲いかかってくる。煙の中で幻を打ちはらう術はない。

 彼女の背後に広がる暗闇がぐんぐんと近づき、空を覆い隠す雨雲の様に広がっていく。鋭い殺気が、黒煙の中から放たれている。周りで燃え盛っているはずの炎が放つ光でさえも、簡単に飲み込まれていく。


 ミリナは走りながら、銃をリロードする。

「ど、どうすれば……こんな時、師匠なら……」

 走りながら彼女は、何か策を考えようとした。だが、思考する事はミリナの得意な事ではない。むしろ、体が言わんとする事をそのまま行動に移すだけ——。

「お、追いつかれちゃう!」

 その時、彼女の勘が「曲がれ」と言った。心なしか、その声はナーディオの声の様に思えた。死んだはずの師匠の面影を感じた。


 彼女の視界の先、そこには裏路地があった。ミリナは心の声に従い、鋭角に路地の中へ走り込む。

 人一人がやっと通れるほど狭く、薄暗い路地。そして路地には、まだ火の手が回っていない。

「そう言う事ですか、師匠!」

 ミリナは入り込んでくる黒い煙の塊に向かって、銃を乱射する。

 彼女を飲み込んでいく黒い煙の中が、連続する十八回のマズルフラッシュに照らされる。そしてそれらの全てが、男の体を打ち付け、同じ数だけの爆発を巻き起こす。


「……ぐっ」煙の中からあの男の、苦しむ声が聞こえる。「ざっけんなああ!」


 暗闇が、その中にいる男の叫びが近づいてくる。ナイフの煌めきが暗闇を走り抜けた。

 路地を吹く風が、黒い煙を吹き流していく。煙を吐き出す装置が壊れたのだろうか、コラヴァスの袖からは、微かな煙が線の様に出ているだけだ。


「なっ……あの女は……」そして、男がナイフで切り裂いた先に、ミリナは立っていなかった。「どこへ——」

「こっちですよ!」ミリナの声が、まだ残っている煙の中から聞こえる。


 それは、下。後ろでも横でもなく下であった。

 コラヴァスの足元で、薄れていく黒煙の中に、ミリナは寝そべり銃口を向けていた。ミリナは相手の行動を読み、地面に倒れこむ事で相手の虚をついた。

「なぜ下に——」

 コラヴァスが何かを言おうとし、唇を動かした瞬間、銃の引き金が引かれ、火と弾丸を打ち出す。

 男の眼球が、顔面の全てが、銃弾を受け止め、それが巻き起こす爆発と火炎に飲み込まれる。


 一瞬の静寂。煙が晴れていく。コラヴァスの動きが止まる。そして、彼の目玉があった場所は、焦げ付き、空洞だけが広がっている。弾丸が脳にまで達したのだ。

 そしてゆっくりと、風に押される木の棒のように倒れていく。


「おーっと、危なーい」ミリナは倒れ込んでくるコラヴァスを避けた。「これも手品(マジック)ってやつかな? でも、後ろに回り込んだ方が、かっこよかったかな」

 ミリナは背中を払いながら立ち上がり、力なく倒れ込んでいる男の体を確認する。

 袖からはまだぷすぷすと噴出されているが、男が倒れたからかどんどんと細くなっていく。

「死んじゃった……っていうより血が流れないし、普通の人間とはちょっと違うのかな」ミリナは呟き、男の腕を試しに持ち上げて離してみるが、それは力なく自由落下する。「とりあえず、悪さはできないよね」

 

 

 ミリナがコラヴァスと戦い始めた時、二番街ではループが火の中に飛び込み、傷ついた人々を救出していた。

 元々、燃料などの燃えやすい物が多かったせいか、二番街の火の手は凄まじかった。取り残された人も多いが、不幸中の幸いか、屈強な男達が多かったためか、消火作業に回れる人数も多かった。

 大通り端にある水路から水を汲み上げ、交代交代に水を撒いていく。


「ロッド、水を早く! 全部燃えてしまうぞ!」ループはバケツに入った水を咥えて、ロッドのすぐ横に置いた。「お前らは消火をするんだ。私は逃げ遅れた人を助けに行く」

「やってるんだ、やってるんだが……」ロッドは目の前の炎に、少し慌てているようだ。「ぜんっぜん、間に合わねぇ」

「まだ逃げ遅れた人間がいるな」

 そう言うと彼女はまた、火の中に飛び込んでいった。水に濡れた毛が、熱湯に変わっていくが、怪物であるループはそんな熱など物ともしない。


 炎の中で、ループは聴覚を研ぎ澄ませた。ピンと立てた三角の耳に、轟々と唸る炎の音色に混じり、別の人間の声が聞こえてくる。

「そこか」ループは炎を吐き出す工場の中に飛び込んだ。「どこだ! どこにいる!」

 一面の炎を吐き出している工場の中には、一人の女性が逃げ遅れ、部屋の隅で縮こまっていた。だが、彼女はループを見るなり、一瞬怯えたが、はっとした表情に変わる。

「た、助けてください!」女は悲痛に叫んだ。「に、逃げ遅れて……」

「待っていろ」ループは崩れ落ちた天井の廃材を飛び越えて、女に駆け寄る。「少しだけ我慢しろ、すぐに抜け出せる」


 ループは衰弱している女を咥えて、背中に載せ、炎の中から飛び出す。

「すぐに外へ出れるぞ」ループは背にいる女に向けて声をかけた。「もう大丈夫だ、すぐに——」

 鋭い痛みが、白狼の首筋に走り、ループは動きを止めた。先ほどまで躍動していた彼女の四肢は、ぴたりと動くのをやめた。


 巨大な白狼に捕まっていた女は、一瞬身じろいだ素振りを見せたが、すぐに石の様に冷たいすっと真顔に戻る。とても先ほどまで炎の中で、怯えていた人間とは思えないほどに、冷徹で、感情が読み取ることのできない表情であった。

 彼女の頬は揺れ動く炎に照らされているが、すっと生気が失せていく目は、何も映し出していないようだ。

 炎で焦げ付いてススだらけになった服を脱ぎ捨てると、黒くツヤツヤとしたレザースーツがその下から現れる。短く切りそろえた黒髪も合間って、さらに冷酷な印象を放っている。

「白い狼の排除完了、そちらはどうだ?」女は耳に指を当てて、炎の中でそう呟いた。「交戦中か……全員、撤退はいつでもできるようにしろ」


 女はちらりと、背後で倒れている白狼を見た。ぴくりとも動かない大きな狼は、炎に飲み込まれそうになっている。

「怪物とは、脆い物だな」そう吐き捨てるように言うと、炎の奥の中へゆっくり歩いていく。「この街も終わり——」


 女はそう呟くと、歩みを止めた。いや、止められたのだ。彼女の右足には、ループが噛み付いていた。口元から緑色の液体が染み出し、女のレザースーツとブーツを伝って落ちていく。巨大な狼の顎の力は、黒髪の女のすらりとした足を噛み砕かんとしているが、彼女が鋼鉄のような表情を崩す事はなかった。


「お前も毒か」女は呟き、足に噛み付いているループを蹴り飛ばした。「なら切り刻んで、炎に焚べてやろう」

「ぐっ……」ループは数メートル飛ぶが、地面を爪で引っ掻き、なんとか止まる。「お前も、クイーンズ・ナインズか?」

 女はなにも言わず、両手を広げると、爪の先から鋭い針の様なものが飛び出す。生物の爪より長細く、どことなく注射器を連想させる。


「毒は効かんぞ」

 ループは女の前に飛び込む。振るわれた蹴りを軽々と躱し、女の腕に向けて爪を振りかぶる。

 だが、女は超人的なまでの体の身のこなしで、ループの巨大な右腕を蹴り飛ばし、白狼の顔面を切り裂く。

 五本の細い線。だらりと流れた赤い血が、彼女の毛を伝う。

 だが、ループも身のこなしでは、負けていなかった。斬撃にもひるむ事なく、女が後ろに飛ぼうとした隙に、脚部へ噛みつき、深く力強く牙を食い込ませた。レザースーツの破れた隙間から、金属のプレートがちらりと見えている。


 跳躍の途中で足を引っ張られ、女は背中を付く形で倒れこむ。

「離せ」顎の力でブンブンと振るわれる脚など気にも留めない様子で、逆の足でループの顔面を蹴りつける。「クソ犬が‼️」

 それでも、ループは噛む力を弱めない。空中で女の体を振り回し、全身の力で女の体を叩きつける。地面がへこむほどの衝撃で、女の体がくの字に曲がる。文字通りくの字だ、膝から下が、前へ、曲がってはいけない方向へ折れている。


 だが、女は脚など毛頭気にかけていなかった。折れた足を自らの力でもぎ取り、残った方の足で後ろへ飛ぶ。片足でバランスは取りづらい筈なのだが、彼女はすたりと着地し、その場で立っている。

「脚の一本など、どうということはない」彼女は曲芸師の様な身のこなしで、ループに接近する。「むしろ、軽くなった」

 軽やかに両手を使い、ループの鼻先で彼女の背中すれすれを飛び、背中の皮を剥ぎ取らんばかりに爪を走らせる。


 炎よりも赤い血が、空気中に飛び散る。燃える鉄よりも、濃い鉄の匂いが空気に混じる。

 怒りに任せ、ループは女に飛びかかろうと、前足を伸ばした。


 瞬間、青白い閃光が、ループの右腕を撃ち抜く。

 それが着弾すると、いとも簡単に、まるでガラス細工が落下で壊れるが如く、ループの右前足を肉塊(にくかい)へと変えた。残った左脚が女を切り裂こうと伸びるも、一瞬の隙に女は後ろへ飛び退いていた。

「ぐっ……増援か⁈」

 着地しようにもなくなった右脚には、力が入らない。流血も酷く、このままであれば死は免れないだろうことは、ループ本人が一番分かっていた。


 薄れ行く意識を手繰り寄せながら、射撃が放たれた方向を見ると、そこには老紳士が銃を構え、屋上から見下ろしていた。

 手に握られているのは、青白い光を放つ異形の銃。ひらひらと風に煽られる、彼の衣服。なにより一番目に付くのは、顔を斜めに横断する傷の後。詳しい年齢は察せられないが、白髪と顔の皺から、かなり高齢にも見える。


「あれは……」ループはその人物に見覚えがあった。かつてループの飼い主であったベルデガという女を、殺したのと同じ人物であった。

「ラグリス、撤退だ」男は屋上から女に叫ぶ。「コラヴァスからの連絡が途絶えた、そしてこれ以上の妨害は必要ない」

「ええ」ラグリスと呼ばれた女は、残った片足で屋上へと飛ぶ。「楽しかったわ、また会いましょ?」

 女はそう言い残し、老紳士と共に暗闇の中に消えていく。


 一人取り残されたループが視線を下ろすと、無くなった自分の右脚から流れ出る血が、彼女の真下で血溜まりを作っていた。

 流血と共に、自分の体から力が抜けていくのがわかる。

「戻ら、なければ……」

 ループは左脚に力を込めて、不恰好に歩き出す。炎による火傷よりも、自分の右脚の痛みが酷かった。



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