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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——怪物化事件—— 第3章
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第十二話 決断

 その夜は静かな夜であった。深夜に起こった獣化騒動の恐怖を抱えていた街の人々も、三日目を経過して、少し落ち着きを取り戻してきたようだ。

 強制怪物化薬(モンストルリシン)に対する血清も、メルラの助けで製造され始めたことも合間って——まだ全ての住民に行き渡ったわけではないのだが——街はそれまでの平穏を取り戻し始めた。少なくとも彼らにとっては、だが。


 アーリは少しばかり仮眠を取ろうと思ったが、彼女は緊張で眠ることが出来なかった。代わりと言ってはなんだが、一日目の夜に家に戻った際、取ってきた自分の日記にメモを残すことにした。

 ガジェインに呼び出され、もしかしたら帰ってこないかもしれないと言うこと。そして、感謝の言葉を書き残した。朝になって、バレント達に見つけてもらうための書き残しであった。


 アーリはなるべく足音を消し、宿を後にする。しんと静まりかえる街を、なるべく目立たないように走った。

 銃は持って行かなかった。街全体が人質にされているのだ、銃を持っていけばすぐに彼らは住民を怪物に変えるだろう。そして、戦いになっても、彼らの金属の体には銃弾が効かない。

 

 中央街の南に向かって駆け抜け、七番街へたどり着く。外から出る為の跳ね橋は降ろされている。

 アーリはそれに違和感を覚えるが、すぐにメルラの言葉を思い出して納得した。きっと兵士達の中に潜んでいる、クイーンズ・ナインズの配下にも連絡が入っていると。敵に導かれていると言っても、過言ではないかもしれない。

 それでも壁の上の兵士に見つかって、行き先を尋ねられても困るので、彼女は細心の注意を払いながら、警備の目を掻い潜り、夜の闇に溶け込んで街の外へ出る。


 ここから南のエルド(こう)までは、オクトホースに乗れば十五分ほどで着いてしまう、約五キロの道のりだ。ほとんど一本道で、なだらかな下りの道が続いている。

 山間(やまあい)で月明かりに照らされて、宝石を散りばめたように輝くエルド湾の一部が見えていた。

 しんと静まりかえる春の夜は肌寒いばかりであった。

 

 走っている最中、アーリの頭の中にはここ数日間の記憶を思い返していた。

 怪物に変化した街の人達と強制怪物化薬(モンストルリシン)。機械の体になった母親との再会。クイーンズ・ナインズという組織。メトラシティという遠く北方(ほっぽう)にあるらしき都市。街に潜んでいたガジェイン、ブレイル、コルヴァス。そして、彼らの企み。

 自分の両手に収まりきらないほどの事態が、彼女の知らない所で起きている。それでも彼女は自分の手で、守れる人がいるならば、それで良かった。自分が犠牲になって、街が平和に戻るなら、それでいいと思っていた。

 

 アーリが港へ近くたびに、静かな湾内の波が、堤防に打ち付ける潮騒が大きく聞こえてくる。風にはほのかに、潮の香りが混ざり始めた。

 港には漁業をする為の漁船が数隻止まっており、漁師達が一時的に寝泊まりするための小屋や、魚を運ぶ為の荷車が置いてある。

 日付を跨いだ辺りの時間だ、その場所に人影は見えない。ただ一つを除いては。


 その人影は、港に入ってきたアーリに近づき、野太い声を発した。

「やっと来たか、びびって来ないかと思ったぜ」月明かりの下に白短髪(はくたんぱつ)の男が姿を現した。「怖い顔すんなよ、街が助かるんだぜ?」

 顔の下半分や腕の皮膚は、溶けて無くなったまま。男は半分機械の顔面に不敵な笑みを浮かべている。

 アーリはガジェインを睨みつけ、質問をする。

「……なんでこの街を狙うの? 貴方達の住んでいる所はここから遠いんでしょ」

「なぜって……そんな事が聞きてぇのか」ガジェインはそう言って、鼻で笑った。「農作ってのはな、種を植え、出来た作物を刈り取るまでの事を言う。俺らはただこの街に撒いていた種を収穫しに来たってだけって訳よ。この街は元々、俺らが作らせた箱庭みてぇなもんだ、差し当たり箱の街(ボックス・シティ)って所だな」

「……収穫、ってどういう意味? 種を撒いた? 意味が分からない」

 アーリは苛立ちながらそう言った。

「俺らの街にない潤沢な資源、豊かな自然と広大な大地。そこに住む多種多様な怪物達。それらが全てが、俺らの収穫だ。ルークズ・オーソリティーにこの街を管理させ、大きくたわわに実った時に刈り取るって訳。分かるかなぁ、嬢ちゃん?」それでもアーリが答えないのを見て、男は続けた。「まぁ分かんねぇか。そりゃそうだよなぁ、自分達が家畜だった、なんてそんな簡単に信じられねえよなぁ」

 男があまりにも簡単に、そして軽口で喋るのを聞いていて、怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 怒りをぶつけるように、アーリはぶっきらぼうに言った。

「家畜、ってどう言う事? 私達が食べられるって言ってるの⁈」

「おー、なんでも気になっちゃうお年頃ってやつだな? いいぜ、どちらにしろ、お前が箱の街(ボックス・シティ)に戻ってくる事はないからな」男はそう言うと、腕を組み、喋り始める。「まぁ、あの機械人形に色々聞いてると思うが……俺らはここで出来た作物や鉱物なんかの資源を、管理者ルークズ・オーソリティーに刈り取らせ、輸送させていたって訳。んでもって、数年前にどっかの馬鹿が管理者(ルークズ)達による体制をぶっ壊しちまった。それから更にブリゾズの野郎が暴走し始めたのは、お前も知ってる話だろ? だから、俺らはこの街へ入り混み、自らの手で裏から刈り取りをしなきゃならなくなった、って訳なんだが。それももう用済みでな、強制怪物化薬(モンストルリシン)をばら撒いて、人間を怪物にして、食料として一気に刈り取っちまおうって話。だから家畜って俺は呼んでる」


 人間を怪物に変えて、食料にする。冒涜的かつ非人道的な計画。到底、通常の人間がたどり着ける思考ではない。


 湧き上がる怒りを抑え、アーリは話をする事に専念した。

「……じゃあ、私を、呼び出したのは、なぜ?」

「おー、それを最初に聞いてくれると思ってたんだが……まぁいいか」男はわざとらしく、肩を竦めた。「俺らの上の組織は、強制怪物化薬が効かない上に、怪物の力を自由に操れるお前に興味があるらしい。元々はエレンボスが作り出した怪物の技術だが、それはメトラ・シティにもない技術。だから研究対象のお前を連れ帰れとさ、それだけだ」


 アーリはふと自分の右腕を見た。 

 自分の力が、どんな形であれ人の役に立つのだ。忌み嫌われる存在、半分怪物の自分一人で大勢の大切な人が救われる。それで良かった。

「……私が付いて行ったら、本当に、街の事は放って置いてくれるの?」


「ああ、約束するぜ。本当だ」男はニタリと笑った。「お前の力を研究すれば、怪物達を生み出す事もできるからなぁ。食料になんて困らなくなるって訳——」

 

 男が言い切る前に、青白い二つの閃光がアーリの横を駆け抜けた。それは凄まじい速度で、両手の拳から生え出る、ネオンブルーに発光する剣で男に斬り掛かった。


 金属同士が擦れ合う甲高く、耳障りの悪い音が港に響いた。

 

「……アーリ、信じちゃダメ。コイツらはどのみち、街を破壊する」

 呆気にとられるアーリに、メルラは男と鍔迫り合いながら声を荒げた。

 腕を交差し、メルラの仕込み剣を受け止めているガジェインは、顔を歪めて舌打ちをする。

「……っもう少しで騙せたのによぉ! 邪魔すんじゃねぇよ、機械人形がぁ!」

 男は思いきり、メルラを押し戻し、彼女の腹を蹴り飛ばす。

 地面すれすれを蹴り飛ばされたメルラは、受け身代わりのバク転で、衝撃をいなす。


「下がりなさい、アーリ!」

 メルラは言葉を返すや否や、鋭く跳躍すると、ガジェインに向かって突撃し、ネオンブルーに輝く剣を振るう。

 男は負けじと、拳を振るい、剣撃などものともしない。

 敏捷さと機敏なリーチで勝るメルラに対し、耐久力と力で対抗するガジェインという構図。

 ——かのように思えた。

「今度こそぶっ壊してやらああ!」

 男が振り抜いた拳、それは中空で異常な加速を見せたのだ。それと同時に肘の角から、紅い閃光が噴出される。

 回避しようとしたメルラの脇腹を、鋭く加速の乗った拳が抉り取る。彼女の体を覆う装甲が、鈍い音と共にひしゃげる。もしこれが、通常の人間の体だったなら、確実に骨の一本や二本では済んではいないだろう事は明白だ。


 メルラは堪らず、守勢を強いられる。回避に専念する事しかできないのだ。


 少女は戸惑っていた。先程まで、自分を犠牲にして街を守ろうとしていたのだ。母親は何故、私の決断を妨げたのだろうか。

「……お母さん、私——」

「アーリ、逃げなさい」メルラは男の攻撃を、蹴りで弾く。「あなたには生きていて欲しいの」


 男の拳が、メルラを殴りつけた。

 重たい破砕音がしたかと思うと、メルラは地面をゴロゴロと転がされる。

「お、お母さん!」

「こっちへ来い!」その場で立ったままのアーリを捕まえた。「母親をぶっ壊されたくなけりゃ、抵抗するんじゃねぇぞ?」


 今度は、ガジェインは耳に指を当て、何かを呟いた。

「お前がここにこなけりゃぁ、今夜街が壊滅することはなかったのによぉ! 邪魔しなけりゃあ、こいつだけを持ち帰って平和に解決だったんだぜ?」

「……私がこなくても、結局怪物化は決行していた、だろう?」

 メルラはゆっくりと立ち上がりながら、そう言った。

 男はまたニタリと笑った。

「こっちの考えはバレてるって、訳? ま、しゃあねぇか……」男は腕の中に捕まえたアーリをちらりと見る。「どっちにしろ俺は、こいつを持ち帰って、街も潰せるって訳だ。ついでにお前をぶっ壊して持ち帰れば、全部解決って訳なんだわ」

 男はそういうと高笑いする。

 

 アーリは男の腕の中で、怒りを露わにしていた。自分の唇を噛み切ってしまうほどの力で、きつく結ぶ。気づけば拳を握り込んでいて、腕がブルブルと大きく震えている。


 二度も嘘を吐き、母親を人形呼ばわりするこいつが。自分勝手に、街の人を殺し、怪物に変える、こいつらが——。

 嫌いだ。許せない。砕いてやる。切り裂いてやる。細切れにして、海に捨ててやる。どれだけ、足掻いても元の戻れないほどに粉砕する。


 少女の中に黒い感情が浮かんでくる。ガードベルを殺した時と同じような感情。到底コントロールできないほどのドス黒く、禍々しい混沌が少女の体を支配していく。

 右腕が彼女の感情とも形容できぬ、感情に呼応して力を送り込んでくる感覚が


「ああ? どうした、お嬢ちゃん。ビビって震えちまってるって訳かぁ? かわいそうに——」

「……うるさい、うるさい、うるさいうるさい!」

 腕の中でアーリは、爆発する感情を吐き出していた。途端、彼女の全身は真っ黒な毛皮に覆われ、その上を硬い鎧を纏う。さらに紫色の炎が包み込む。目は爛々と赤く輝いている。

 アーリの体に力が漲る。その姿は燃え盛る狼人間、とでも呼べばいいのだろうか。炎が体の輪郭を狂わせているため、見ようによっては炎が人の形を成しているようにも見える。


 闇夜を照らし出す、紫炎。それが今の彼女だ。

 

 彼女は怪物のような叫び声を上げる。耳を擘くその雄叫びは、静かな港全体に響き渡った。

 アーリは大きく開けた口をそのままに、男の腕を掴み、顎の力に任せて噛み付いた。彼女の口は人間のものではなく、狼に近い形状になっている。

 鋭い牙が男の機械の体を貫通し、鈍い音を立てた。粉砕こそできないものの、歪な角度に前腕を折れ曲げる。

「……っぐ、っざっけんなぁあ」

 ガジェインの腕から先に力が入らなくなり、腕の中で暴れる少女を抑え切る事ができなくなって、離してしまう。

「ぶっ飛ばしてやらああ! 化け物があああ!」

 男は逃げ出す少女に向けて拳を振るう。が、当たったように思えたその拳は、アーリの右頬を掠める程度だった。

 男の拳が遅い訳ではない、少女が早すぎたのだ。


 彼女は叫び声を上げ、回避しながら、男の懐に潜り込んで、鋭い爪を振るう。紫の炎が男の肌を焼く。


 そこに彼女の意識はなかった。ただ彼女の感情が、彼女の体を突き動かしているのみだ。一種の暴走状態ではあったが、彼女は自分の敵が目の前にいるこの男だという事は理解していた。


「……アーリ!」

 メルラは男と戦うアーリの元に駆け寄り、彼女と一緒にガジェインへと攻撃を始める。

 青い閃光と紫の炎が、男に交互に襲いかかる。切り裂いては離れ、また切り裂く。

「ちょこまかと、うぜえんだよぉ!」

 男は閃光を放つ剣をダメージ覚悟で受け止め、そのまま片腕でメルラを力一杯、持ち上げて地面に叩きつける。衝撃でレンガの地面にヒビが入り、メルラの体がバウンドする。男は腕を掴んだまま、足を振り上げた。

「ゴミは……廃棄処分だぁああ!」

 男が踵を振り下ろそうとした瞬間、アーリはガジェインの顔面に爪を食い込ませ、そのまま後ろへ引き摺り倒す。

 ガジェインの後頭部が、弾丸のような速度でレンガに撃ち込まれる。男の頭の形がそのまま地面に彫り込まれたように、ぽっかりと穴が開いた。

 

 かなりの衝撃だ。頭蓋骨が折れているだろう、通常の人間であれば——。

「邪魔しやがってえええ!」

 男は顔面を鷲掴んでいるアーリの腕を取り、寝転んだ姿勢のまま投げ飛ばす。

 少女は低い唸り声を上げながら、荷車へ吹き飛んでいく。衝突で木製の荷車が、弾け飛び、バラバラと崩れていく。

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