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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——怪物化事件—— 第2章
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第八話 出現

 何が起きたかと思えば、ローブの人物が履いているブーツのかかとを突き破り、鋭い剣のような物が突き出していた。叩きつけられている間に、空中で男の腕を蹴りつけたのだ。

 

 アーリは常軌を逸する戦いに数秒目を奪われていたが、ローブの人物が落とした注射器を拾い集めに走った。

 手にして、しっかりと見てみると、それはただの銀色の筒で、中には透明の液体が入っていた。針は出ておらず、筒の上部には丸いボタンが付いている。試しに押してみると、下から針が飛び出してきた。

「これが……」

 アーリは数十本あるそれらを全て拾い上げ、ポケットに入るだけ押し込んだ。入らない分は手に持ち、一本は鞄の中へ入れておいた。

 少女はそれを持ち、近くで暴れている怪物と、それを押さえ込もうとしている兵士達の元へ向かう。

 一瞬だけ、しかも言葉もなく、振り向かれただけであったが、彼女は使命や重大な役割を託されたと感じたからだ。

 アーリは注射器を使うのを一瞬躊躇った。完全に味方だと考えるわけにはいかない、というジェネスの考えが頭に浮かんだからだ。しかし、注射器の効果を幾度と目にしている。例え、ローブの人物が信じられなくとも、注射器は信じれる。

 スレッジ・サーペントで怪物の動きを封じ、思い切り注射器を突き立てた。液体が中に入り込むと、怪物は動かなくなり、地面にばたりと伏す。

 

 それを見て兵士の一人が礼を言った。

「あ、アーリさん! 助けてくれて、ありがとうございます!」

「いえ……あ、あの、これ」アーリは手に持っていた注射器を全て、彼に手渡す。「使ってください、怪物になっちゃった人を元に戻せるんです。別に兵士さん達にも配ってください!」


「ぶっ倒れてたお前を拾って、医者(ドクター)に運んで行ったのは、俺なのによぉ!」

 屋根の上では、ローブの人物とブレックがまだ戦っていた。

 ブレックの腕の皮膚の一部が裂け、銀色の機械的な骨格が見えている。それは陽の光を受けてぬらりと輝く。

 大きく深く男が鼻から空気を取り込むごとに、分厚い胸板が大きく上下する。

 ローブの人物は何も言わず、構えた。ぐっと拳を握り込むと、今度はグローブを突き破って青白い光を帯びた剣が飛び出してくる。

 屋根の上を掛け出し、突撃する。

 防御しようと構えたブレックに、二本のブレードが連撃を繰り出す。腕はもちろん、顔面や腹。体の前面を鋭い剣筋が斬り付ける。

 切り取られた皮膚が、まるで紙ゴミのように周囲に舞うが、血液は一切流れない。男は一切顔を歪めず、苦痛を覚えている素振りも見せない。それもそのはずだ、男の人間を装うための皮膚の下や目などの感覚器官は、全て金属で出来ていた。


 ローブの人物が拳から生えた剣を突き刺そうとした瞬間、顔面の前に交差させた両腕を動かし、中空で刃を捕まえた。

 人形を壊す子供のように、両腕を左右に思い切り引っ張りながら蹴り上げると、ローブの下から関節の破壊される鈍くも鋭い音が響いた。

「……ったく、使えると思って、最新型を埋め込んだのがアダとなるとはな!」男は剣をぐっと握り、自らの手に食い込ませる。「だが、強さは人間のままだなぁ!」

 まるで子供を振り回す父親のように、両腕をぐっと持ち上げると、ローブの人物が浮かび上がった。その後ボロ雑巾のように叩きつけたのは、言うまでも無いだろう。


 肩を破壊された上に叩きつけられ、動きが鈍ったローブの人物の腕を踏みつけ、両腕をフードに押し当てた。

「……散々、邪魔してくれたなぁ!」中身の丸出しになった男の腕を、青白い光が流れていく。「唯一残った脳味噌も破壊して、完全な操り人形にしてやらああああ!」

 手のひらに集まっていく青白い光が、男の手と薄汚れたベージュのフードを一気に照らしあげる。

「テイアー・インパク——」

 男が力強く叫ぶ声が、急にくぐもった。


 太い首を締め付けるのは、緑色の鱗質だ。

 獣化した人間達を無力化するために、アーリが使った力だ。しかし、今は白く鋭い角が飛び出し、薔薇(いばら)のように男の首を締め上げている。

 後ろにぐっと体制を崩され、男の両手に溜まっていた光が空に向かって放たれた。男はそのまま後ろへ転ばされる。

「な、に、すん、だ!」

 男は喉を締め上げる薔薇をどうにか緩めようと、指に力を込めている。


「許さない! 私を! ミリナさんを! 街の人達を騙していた事! 絶対に許さない!」

 アーリの感情は怒りで満たされていた。

 取り留めの無い混沌とした感情。裏切られた、信用を破壊されたという胸のざわめきを整理し終わった時、彼女の中に残っていたのは、刺々しい炎のような感情だけだった。

 彼女の憤怒に呼応するが如く、彼女の右腕が燃え盛る炎を帯び始めた。それは男の首を熱し、残った皮膚を焼き始める。

 油絵を水につけたように、ドロドロと溶けた皮膚だったものが、機械構造を伝って流れ落ちていく。

 元々ブレックだったその男。今はもうその断片しか残っていない。

「……っざっけんなああ!」

 銀色の歯がむき出しになった顎を大きく開け、僅かに首と巻きつく蛇の間に出来た空間に入れ込む。

 噛みちぎるつもりだ。アーリは思った瞬間、蛇になった腕に生える棘をさらに大きく伸ばした。男の上顎を長く伸びる棘が貫いた——。

 確信した瞬間、男の強靭な顎が、アーリの右腕を棘諸共に噛み砕く。

「ぐっ……」

 アーリは痛みに悶えるが、決して右腕の力を緩める事はしない。

 痛みには慣れている。そして、こいつを今逃せば、街に更なる悲劇が生まれるからだ。ここで完全に壊さなければ——。


 十五歳の少女の意識が朦朧としていく。男がつけた咬み傷からは赤い血が流れ出す。力を使いすぎた。

 薄れそうになる自分の意識をなんとか取り繕い、男の首を折らんとするばかりに締め上げる。


 男はきつく締めてくる薔薇の大蛇に力の限りの抵抗をする。

「くそがああ——」

 大きく広げた口に、炎を纏う大蛇が入り込んだかと思うと、それが一気に締めあげた。途端、甲高い何かがへし折れ、潰れる音が響いた。

 男の金属性の顎が、頚椎が、締めあげによって破壊されたのだ。 


 抵抗していた男の手から、すっと力が抜けていく。

「やっ——」

 アーリはそこでぐらりと意識を失う。

 立っているのもやっとの状況だった。勝てたという安心感が、意識を保っていた糸をプツリと切り落としたのだ。


「……ったく、ガジェインは世話が焼けますね——」

 アーリの意識が完全に無くなる前に、どこかで聞いた事のある声が聞こえた。

 


 次に目が醒めるとアーリの視界の前には、病院の天井が広がっていた。

 眠っていたのは数時間らしく、窓の外の世界は夕焼けに染まっていた。

「アーリ、目が覚めたか」

 バレントが声を掛けてきた。

 そちらを見れば、心配そうに少女を覗き込む、三人の顔があった。

 ミリナは安堵の溜息をついた。

「大丈夫か? かなり無茶したらしいが」

 ループが少し安堵したように、それでいていつもの調子を崩さず言った。

「……うん」

 起き上がろうとするも、体に力が入らない。そして、右腕には鋭い痛みが走った。目をやれば、包帯が巻かれていた。

 アーリはそこで、男に噛みつかれた事を思い出す。

「無理しないで、獣化騒動はもう収まったからね、ね?」

「……うん」アーリはまた枕に頭を落とす。「本と……注射器は……?」

「既にジェネスに渡した。研究員で調べてくれるらしい」

「そっか……じゃあ……ローブの人は?」

「ああ、お前は見たか分からないが……あいつの体は機械で……ロッドがいま見ている。あいつぐらいしか、この街であんな複雑な物は直せないからな」

 アーリはバレントの言葉に、戦っている時の光景と、機械的なマスクの事を思い出した。あの身のこなしや機敏な動きも合点が行った。

「……良かった。もう少し休んで、明日、様子見に行っていい?」

「ああ、だから今日は寝ておけ」

 バレントの穏やかな言葉に、少女はまた深い眠りへと落ちていく。

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