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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——怪物化事件—— 第2章
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第六話 牛小屋

 獣化騒動から数日間、街は若干の混乱の種を抱えながらも、いつも通りの日常を取り戻し始めていた。

 ミリナとアーリ、バレントとループの二手に分かれて彼らは、薄汚れたローブの人物の捜索に当たっていた。


 彼女達は目撃情報と三番街にすぐさま出現した事から、この場所付近が一番怪しいと睨んでいた。

「最初はこの辺で見かけたんだよね? この間、ジュースを飲んでる時だっけ」

 ミリナは三番街の路地裏を覗き込んでそう言った。

 薄暗い路地はあの日とほぼ変わっておらず、あえて言うならばゴミの置き場所や量が変わっているだけだ。

「うーん、でも匂いもしなかったんだよね。ループにも一応見てもらったけど、匂いはしないってさ」アーリは続けた。

 アーリは腕組みをしながら、ミリナの横で路地を見つめている。

「匂いがしないってどう言う事、なんだろうー?」

「……予想なんだけど、匂いがしない技術みたいなのがあるんじゃないかな。生き物って、どれだけ綺麗にしても特有の匂いがあるはずなんだけど、それを隠せるんだと思う」アーリは路地の奥へと歩き出した。「追えないなら、歩いて探すしかないよね」

「うん! 付いていく!」


 その路地は三番街の北の端に向かって伸びている。路地に入って直ぐの場所は、飲食店や食材を取り扱う店が並んでいる。だが、三番街のレストランやバーのほとんどが大通りに面しているため、奥に進めば進むほど、この辺りは静かな住宅街が並んでいるのみだ。人通りも少なく、いてものんびりと休日を過ごす人々や、家事をこなす女達がほとんどであった。

「ミリナさん、分かれて聞き込みしてみよっか?」

「おー、聞き込み! いいね!」ミリナはそう言うと一歩踏み出すが、ぴたりと止まり、振り返った。「それで……聞き込みってなに?」

 ミリナは惚けた顔をしている。

 どうやら本当に知らない言葉だったらしいが、それよりも滑稽な表情にアーリは、少し笑ってしまった。

「えーっとね、なにか知らないですかーって聞いて回ること、だよ!」

「そっか! んじゃあ、行ってくるね!」


 アーリは単独で、何人かにローブの人物について尋ねてみるも、全員が全員、口裏を合わせたかと思うほど何も知らないと首を横に振る。

 アーリはそれもそうかと思った。あんなローブを羽織った怪しい人間の事など、一目見れば忘れる事はないはずだ。しかし、昼頃に行動しているはずなのに、誰も見た事がないのには、少し違和感を覚えた。

 少し考え込んでいると、背後からドタドタと走ってくる音が聞こえる。

「みんな知らないってー!」ミリナが戻ってきたのだ。

「そっか、こっちも何も分かんなかったよ。確かにみんな見てたら忘れないはずだし……」アーリは少し唸って考えた。「……でもお昼に見かけて、お昼に居なくなってるんだよね。目撃されてないのは変だよ」

「そっか! アーリちゃん、頭いいね」ミリナは目を丸くして、本当に驚いているようだ。「うーん、だったら透明になれる、とか? 怪物でもそういう能力を持っているやつもいるし!」

 ミリナの言葉に、アーリは頷く。

「……当たってるかも。匂いを消せるなら透明に慣れてもおかしくないからね」

 しかし、もう一つの課題が生まれてしまった。

 姿の見えない相手をどうやって、追えばいいのだろうか。匂いも姿も消す事ができ、痕跡も残らない。どこにいるのかも、どんな人間なのかも分からないのだ。

「とりあえず、奥までいってみよ! ね?」

 考え込むアーリを引っ張って、ミリナは路地の奥へと進んでいく。


 路地を道なりに進んでいくも、結局防護壁の直ぐ下に辿り着くだけで、特に怪しい場所も見当たらない。ただただ、黒っぽい石でできた壁がそり立っているだけだ。

 道の両脇にあるのは代わり映えのない家だけで、目新しい建物も目を引く物もなかった。

「うーん、なーんも分かんない」

 ミリナは壁を見つめ、一応とばかりにトントンと黒い防護壁を叩いた。もちろん、何も起きない。

「がこん、とかないよねぇー。隠し階段とかがあるかも、って思ったんだけどなぁ……」

 ミリナは残念そうに肩を落とした。

「街にそんなのがあれば、すごく目立っちゃうからねー。もし、隠れてるなら家の中だと思うけど、使われていない家なんかいないよね」

「……この辺に隠れてるのかなぁ? そもそも隠れてるってのが間違ってる?」

「うーん、確かにずっと透明ならどこかに隠れる必要がないよね。でも、ミリナさんも注射された後、ぐったりしちゃったでしょ? 路地とかで放置されてたら、もっと問題になってたと思う」

 アーリがそう言うと、ミリナは褐色の頰を撫でた。

「どうしたの、ミリナさん?」

 ミリナは考えをまとめながら、ゆっくりと喋り出した。

「……勘なんだけどね、獣化しちゃった人達っていっぱい居たよね。でもこの路地は綺麗なまま、だよね」ミリナは歩いてきた路地を表通りに向かって指差した。「ローブの人が、えーっと治療薬を持ってて、色んな人を誘拐して治して回ってるなら、その周辺は獣化が少なくなると思うんだけど」


 ミリナの言葉に、アーリは思考が晴れていく感覚を覚えた。

 相手の姿や行動範囲が分からないのであれば、相手がやっている事、起きていない事から推測できる。フンや足跡の痕跡がなければ、その周囲には怪物がいないと言う事。やはり、ミリナの勘は鋭いらしい。

「ミリナさん、天才だよ!」アーリはそう言うと、右腕をスレッジ・サーペントに変えた。「早速、屋上から見てみよ? 何かわかるかも!」

 アーリはそう言うとすぐさま、屋根の上にある石飾りに伸縮自在の右腕を絡めて、勢いよく飛び乗った。今度はミリナの為に右腕を垂らし、同じように登らせた。

「おー、すっごーい! 屋上までひとっ飛び!」

「うん! じゃあ、探してみよっか」

「りょうかーい!」

 二人はそう言うと屋根上から、三番街を見渡した。

 澄み切った空の下、赤を基調とした家々が立ち並んでいる。とはいえ、ここから見れば家、というよりは赤いレンガの広場が広がっているようにも見えてしまう。注意して見なくても、中央街(セントラル)を取り囲む壁がそり立っているのが目に留まる。

 さらに注意して周囲を確認すると、無残にも破壊された家がかなりの数ある事が分かった。家の中に居た人達が獣化してしまった結果、飛び出す為に破壊した事は明白だ。

「もう、修復作業が始まってるねー。あそことかはクルスさんの組合が直してるよ!」

 ミリナが指差す先には、梯子をかけて、屋根や壁面の修復に取り掛かっている作業員達の姿が、親指ほどのサイズで見えている。

「ちょっと行って、話聞いてみよっか」

「おー、聞き込みってやつだ!」 

 二人は歩きなれない屋根の上をゆっくりと進む。時折周囲を見渡しては、その謎の人物が隠れ家として使っている場所を探ったが、特に怪しげな場所は見当たらない。


 屋根の修復に当たっている作業員達に近づくと、足音に気が付いて、向こうから声をかけてきた。

「おい、お嬢さん達! 屋根の上で遊ぶのはやめといた方がいいぜ? 落っこちたら、俺らでも怪我するんだからよ」

「私達、ジェネスさんに頼まれて、ローブの怪しい人物を探してるんです」

 アーリがきっぱりと言い放つ。

「おお、そうだったか。ってよくみりゃあ、アーリちゃんとミリナちゃんじゃねぇか。すまねぇな、不躾に呼び止めちまって」

「いえいえー、あのー、聞きたい事があるんですけど、獣化事件で壊れた家ってどの辺が多いですか?」

 ミリナが尋ねると、その作業員は少し考えてから答えた。

「そうだなぁ、どこのブロックもひでぇ有様だが、三番街が一番多いな。二番、五番が次いで多いとは聞いているな……ったく、今日は休みだったんだがなぁ……物騒で敵わねぇよ」

「そっか……」アーリは腕を組みながら、頬を撫でて考え込んだ。「三番街で特に少ない所ってありますか?」

「……まぁ見て分かる通りだが、三番街北東部が少ねぇな。確かに言われてみれば、三番街だったら、それ以外はかなり被害が酷いからな」

「三番街北東だね、ありがとう、おじさん!」

「またねー、修理頑張ってー!」

「おう、お前らも頑張ってくれや! 応援してるぜ」

 二人は作業員に別れを告げ、三番街北東部へ移動した。

 

 北東部へ向かうと、やはり数軒の家屋が損害を受けてはいたが、やはり作業員の証言通りだった。

「この辺のどこかにいるのかなぁ?」

「……多分だけど、そうだと思う」アーリは屋根の上から周囲を見渡した。「範囲は絞られてきたけど……全部を調べるの骨が折れるね」

「人を誘拐できる場所かー。高い場所だったら次いでに周囲の状況も探りやすいよね。獲物を見つけるときも高い場所から探すでしょ?」

「じゃあ、高い場所を中心に探してみよっか!」


 彼女達は数時間をかけて、三番街北部を歩き回った。もちろん屋根の上をだ。そして、三番街北東部の最奥に建てられた牛舎の屋上へと至った。

「あー、疲れたぁー。これが終わったらご飯食べよー」

「うん、最後はここだね」

 屋根の反対側へ回ったアーリは、赤いペンキで塗られた木製の屋根に天窓を発見した。中を覗き込むと牛舎には天井と屋根の中に、藁がたくさん置かれた、屋根裏収納があった。

「……ミリナさん、ここかもしれない」

「おー、中、はいってみよ?」

「う、うん。なんか言われてもジェネスさんに頼まれたって言えば平気だよね」

 天窓は中からロックもされておらず、すんなりと空いた。するりと中に滑り込むように入ると、やはり人が最低限住んでいけるような空間が広がっていた。

 多少薄暗いが、ランプがあれば中は見えるし、昼間ならば天窓から光が入り込んでいる。ベッドなどはないが、藁の上はベッド代わりに使える。モウル・カウ達の鳴き声が時折聞こえ、家畜臭が鼻を刺す。だが、匂いは牛舎の扉は開け放たれ、天窓から空気も取り込めるので我慢はできそうだ。

 アーリはなんとなくだからマスクをしていたのかなと思った。けれど、これは適当な考えだったのでミリナには話さないでおいた。

「当たりっぽいね。ここなら隠れられそう! ちょっとうるさいし臭いけどね」

「うん、しかも外に出れば直ぐに防護壁があるし、機敏に動いてたあの人なら登って周りを確認する事もできるかも」

「ちょっと調べてみよっか」

 そう言うとミリナは奥の暗がりへと歩いていく。数秒と経たずに、彼女は何かを見つけた。

「アーリちゃん、ちょっと来て! なんか本があるよ」

 ミリナの呼びかけにアーリが近づくと、そこにはひっくり返された木箱の上に、一冊の本が置いてあった。かなり分厚い本だが、薄暗いため、表紙は読めない。

 アーリはその本を手に取り、天窓の下まで持っていく。

 薄黄色の面表紙には何も書いておらず、ひっくり返しても題名などは書かれていない。埃も溜まっていないため、ずっと放置されたものでもない事が分かる。

 中を開いてみると、ページにびっしりと敷き詰めるように、持ち主の手書きの文字が書かれている。しかもかなりのページ数に渡って、書き残されている。

 内容は難しい単語が並んでいて、目が滑るが、アーリは分かる部分をミリナの為にも読み上げた。

「私が知り得た情報を纏めておく。被験体に怪物の遺伝子を取り込ませる事で、強制的に怪物へ変化させる事が可能らしい。しばらく期間を起いて、被験体の体内で怪物遺伝子が定着させる必要があるのかもしれない。強制変化のための感染方法は、未だ不明だが経口による摂取が有力なのだろうか。食品を扱う三番街を重点的に調査する必要がある……だって。ここからは、文字が掠れちゃって読めないね」

「怪物の遺伝子、経口による摂取……結構難しい内容だね、他には何か書いてある?」

「えっとね、注射器の作り方が書いてあるみたい。結構難しい手順を踏まないといけないみたいだし、これは研究員の人達に見せよう」アーリは本をぱたりと閉じ、鞄の中に仕舞い込む。「とりあえず、戻ろっか。いつローブの人が帰ってくるか分からないし」

「うん、ジェネスさんに後は任せて、お昼ご飯を食べよ!」

「この本を渡してからね!」

 アーリが天窓に手をかけ、屋上に出ようとした時だ。


 空気を劈くような怪物達の叫び声が、三番街の北東角にあるこの場所まで聞こえてきた。それは右側から、または左側から、そして至る所から。

 アーリもミリナも、そして市民全員が何が起きているのか、一瞬で把握できた。


 また市民の獣化が始まったのだ。


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