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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——機械の怪物—— 第4章
55/119

第2部 最終話・第三十六話 襲撃、——そして終幕

 東の壁の前では、機械を纏った多種多様な怪物達が防護壁を破壊しようと、そして登ろうと突っ込んでくる。

「怯むな! 怪物達の屍を築け! それが我らを守る盾にもなる、相手の力を利用しろ!」

 ジェネスの眼下には対装怪弾(メルトリオン)を受けて倒れた怪物達が転がっている。そしてまだ生きている怪物達はその山を踏み越えてもなお、防護壁へと群がってくる。


「じぇ、ジェネス! 怪物の一体が八番街の外壁を登ってきます!」

 声を上げた兵士は平然を装っているものの、恐怖に顔は引きつり、今にも逃げ出しそうに足は階段の方へ向いている。

「総員——」


 ジェネスがそう言った時だった。

 巨大な怪物の赤い目玉が、ぎろりと防護壁の中を覗き込む。鋭い爪を引っ掛けて、防護壁を登ってきたのだ。

 冷たい眼光に見つめられ、一瞬空気が凍りつく。ジェネスでさえ、その非常識な光景に顔を引き攣らせる。その場に居た兵士達全員は、戦う為に残ったことを後悔した。

 しかし、怪物は一切の躊躇なく巨大な口を広げ、兵士や砲台、そして壁の上部までもに、鋭い鉄の歯を突き立てる。まるで最初からそこに何も無かったかのように、ぽっかりと全てが飲み込まれる。

 下半身のみになった体が、力なく地面に倒れこむ。


 兵士達の悲鳴。そしてそれを搔き消す怪物の雄叫び。


「なっ……」

 その光景を見たジェネスの瞳孔が大きく開かれる。心臓が大きく縮む。

「俺のせいで……! 下がれ、下がれ!」

 ジェネスは零したかと思うと剣を抜き、怪物に向かって壁の上を走り出していた。

 特別に作らせた剣のグリップを、彼が力一杯に捻ると、瞬く間に剣が熱を帯びて赤く輝く。


「俺の街から消え失せろ! 怪物!」

 ジェネスは壁の上に登って来た怪物に飛びかかり、脳天に剣を突き立てる。並外れた身体能力を持ち合わせる彼じゃなければ成せない技だ。

 鉄の装甲はドロドロと溶け出し、剣が深々と飲み込まれていく。焦げ臭い鉄の匂いが沸き立つ。

「止まれぇぇぇえ!」

 ジェネスの言葉が届いたように、怪物は動きを止め、崩れ落ちるように壁の下へ落ちていく。

 ジェネスは飛び降り、声を張り上げる。

「総員、攻撃の手を緩めるな! 街は私達の——」

 彼の言葉を遮るように、兵士達が動揺まじりの悲鳴を上げる。

 ジェネスがそちらを見ると、怪物達は跳ね橋を無理やり引き下ろし街へと侵入し始めた。五番街に怪物達は雪崩れ込み、手当たり次第に建物を破壊する。

 無理矢理、狭い入り口を通ろうと巨大な怪物達が体をねじ込み、入り口を押し広げていく。壁がぐわりと大きく揺れる。


 その光景を見ていたジェネスの真横では、怪物の荒い呼吸が聞こえてくる。視線を向けると、赤い二つの光が彼を見つめている。

「俺の……街が……」


 ジェネスはそう言うと、無我夢中で剣を振り回す。

 黒い鉄の装甲に、赤い閃光が走る。

 絶望の渦の中で、ジェネスは希望を捨てずに剣を握る。例え、周りの兵が逃げ出そうとも、自分の命が潰えようとも。


「ひ、ひぃいい!」

 兵士の一人が壁の上に登ってきた怪物に睨まれ、悲痛の声を上げる。

 怪物はその男に食らいつこうと、牙をむき出しにして口を広げた。

「た、助けて——」


 男の目の前で怪物の頭部がぐわりと揺れたかと思うと、怪物の唾液滴る口の中を上から赤い剣が貫いた。かと思うと、怪物は力を失った。


「へ、兵団長!」

「立て! お前が正しいと思うことをしろ! 俺は咎めない!」

「わ、わかりま……」

 男はジェネスを見ていたが、急に言葉につまり、目の焦点が合わなくなった。

「どうし——」

「兵団長、う、後ろに——」


 ジェネスが振り返ると、そこには真っ暗な闇が広がっていた。どこまでも続く真っ暗な闇。地面は赤黒く、湿っている。

 そう、怪物があんぐりと開けた口の中であった。


 ジェネスは咄嗟に剣を構えるが、怪物は口を思い切り閉じる。

「兵団長!」

「くそがッ……‼️」

 真っ赤な剣先が怪物の上顎を貫いた。かと思うと、怪物はぴたりと動きを止めた。

 咄嗟の出来事。死さえ覚悟していたジェネスは、静止した怪物達を見て何が起きているか一瞬理解が追いつかない。


 しかし、すぐに辺りを見渡して全てを理解した。全ての怪物の目から赤い光が消えていたのだ。

 それが分かると、ジェネスは安堵に崩れ落ち、小さく呟いた。

「……やったか、レンクラー」



 四人が薄暗いトンネルを走り抜ける。背後から強い風が吹き抜ける。

「あ、終わりが——」

 トンネルの奥から光がこぼれ出したかと思うと、外の世界が見えてくる。

 行きに見た樹海の光景。

 一面の緑。その中に黒い鉄の装甲を持つ怪物達が倒れていた。それらは陽の光を受けてつやつやとした輝きを放っていた。


 帰ってきた彼らを出迎えるように、一本の光の筋は、真っ直ぐに街の方にまで伸びている。



 バレント達の帰還から数日後、街の西にあった小高い丘にある墓場にて、偉大な狩人ナーディオの葬式が取り行われた。遺体のない葬式に、街の多くの人々が参列した。参列者全員が、涙を浮かべていて、中には偉業を成し得た街の英雄の死に泣き崩れる者もいた。


「師匠はもう……帰ってこないんですね……」ミリナは空のまま、地面に沈んでいく棺桶の前にしゃがみこみ、呟く。「安らかに眠ってください……」


 参列していたバレント、アーリとループは、その様子を黙って見つめていた。表情は険しく、流れる涙はない。

 隣に立っていた大柄で無骨な男は肘で、バレントを小突いた。

「……おい、バレント、嘘でも泣いといた方がいいんじゃないか?」

「冗談でもやめてくれ……。お前はあいつの最後を見てないからそんな事が言えるんだろうがな……」

「そうだな、通信機越しに聞こえてきたお前の震え声で十分だ」

「ロッドさん、それは言わない約束でしょうが」

 ドレッドヘアーの男が横から庇うように言った。

「お、そうか? それはすまねぇな。クルスもあの神父がネズミだと分かった時、青い顔してたしなぁ」

 いたずらにそうロッドが言う。

「それも言わないでくだせぇよ……」

 恥ずかしそうにしている大柄なクルスを見て、バレントは小さく、フッと笑った。

「そろそろ行くぞ、アーリ、ループ」バレントは振り返り、横にいた二人を見た。「また後でな、二人共」

「ああ、美味い飯でも用意しといてくれ。落ち着いたら今度お前の家、行くからよ」


「あー、ちょっと待ってくださいよー! 師匠ー! アーリちゃーん!」

 歩いていく三人の後ろを、ミリナが追いかけてくる。

「別れは済んだか?」

「……」


 彼らが街に戻ると、西の入り口でジェネスが待っていた。彼は静かに街に歩いてくるバレント達を見つめていた。

「おっと、ジェネス兵団長様じゃないですか。これはこれは!」

 バレントが悪態を突く。

「どうした、まだ私達にまだ何か用があるのか?」

 彼は何も言わず、静かに頭を下げた。

「ジェネスさん……?」

「まず、街を代表してお礼をと、思いまして……」

「なるほど、それは律儀な事で」

 バレントは腕を組んで、どこか気恥ずかしそうにしている。

「色々と話は伺っております。街を襲う怪物を止めていただき……その上で転覆を目論む者を倒し、貴方達には感謝してもしきれません」ジェネスは真っ直ぐにバレント達を見ている。「そして、私の……非礼を詫びます」

 

 ループはそれを聞いて、歩き出し、ジェネスの横で呟いた。

「……気にするな、私はただの怪物だ」

 アーリとミリナもその後ろを付いていく。

「そうですよ、私はバレントを助けたかっただけです」

「うん、あたしもナーディオ師匠を助けたかっただけ! 助けられませんでしたけど……!」

 仏頂面を浮かべていたバレントは去り際にこう呟いた。

「……街を頼む。俺はこいつらを守るので手一杯だからな」

 


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