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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——機械の怪物—— 第4章
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第二十八話 パズルのピース

「お、お母さん!」

 アーリは食卓の上の食事の事など忘れ、突然現れた母親の胸に飛び込んだ。柔らかい石鹸と花の様な匂い、それに混じる食べ物の匂い。薄らいでいた母親の記憶が呼び起こされる様に彼女の心に浮かび上がってくる。


「あ、アーリ……? アーリなの? 本当に」

「うん! アーリだよ! お母さん!」

 自分の胸に飛び込んで来た少女に驚いた彼女は、アーリの顔を二つの透き通るような綺麗な目で見つめた。

 彼女は少し戸惑いながらも、腕の中にいる少女を力一杯抱きしめ返した。

 数年越しの再開。そこに言葉はいらなかった。


 アーリは母親に出会えた喜びからか、目には涙を貯めている。

 

 後ろからバレントが歩いてきて、母親の肩に手を置き、少女に話しかけた。

「驚いただろ? メルラを砂の街で見つけたんだ。本当は……家に一緒に連れ帰って驚かせようと思ったんだがな」

「うん、うん……!」

 少女の中には山ほど聞きたい事が浮かび上がってくるが、今はそんな事どうでも良かった。何時までもこの母親の温もりに浸っていたい。何時までもこうしていたかった。


「アーリ、久しぶりね……ごめんね、あなたを置いていってしまって……」

 メルラは目に涙を浮かべ、感情の高ぶりからか体を小刻みに震わせている。

「ううん、いいの」アーリは母の胸の中で首を振った。「お母さん、よか、った……」

「いっぱいお話したい事はあるけど……」メルラはそう言うとアーリを離し、目を見つめた。「これからはずっと一緒に居るわ」

「うん、私もお母さんとお話ししたい。いっぱい、いろんな事……」

「そうよね、じゃあご飯にしましょう」


 そう言うとメルラはアーリと手を繋ぎ、食卓に着いた。

 和やかな雰囲気の中、食事は進んでいく。


「そういえばね、お母さんの日記見つけたの!」

 アーリは横に置いていた鞄から古ぼけた赤い本を取り出した。

「あら……」メルラはそれを見て、目を丸くした。「恥ずかしいけれど……読んだのかしら?」

「うん……ごめんなさい。お母さんのだとは思わなくて、挟まっていた写真でお母さんのだって分かったの」

 アーリはそういうと、下を向きながらその本をメルラに差し出す。

「偉いわ、アーリ」メルラは日記をそっとそれを受け取り、アーリの頭を撫でた。「あの泣きじゃくっていたアーリが、きちんと『ごめんなさい』できるようになってるなんて」

「ああ、俺がきちんと育てたんだ、当たり前だろう? アーリは謝る事のできるいい子だ」

 少女は少し恥ずかしそうにモジモジとしている。


 食事が終わると、メルラは食器類を食堂の奥の調理場へ片付け始めた。

 アーリは立ち上がると、同じように食器類を纏め、母の元へテクテクと歩いていった。

「あら、お手伝いもできるのね!」

「うん! いつもバレントのお手伝いしてるから、できるよ!」

 失った時間を取り戻すようにアーリはメルラと親睦を深めていく。

 

「ありがとう、アーリ!」

 机の上が綺麗になった所で、メルラは食器類を洗い始めた。

「洗うのもお手伝い、する!」

「いいのよ、アーリ。疲れているでしょう? 今日はゆっくりして、明日からまたお手伝いをお願いするわ」

 母親の優しい眼に、アーリは少し残念がるが体は正直だ、今にも休みたいと告げている。

「うん……じゃあまた明日!」

「よろしくね!」


 アーリが食卓に戻ると、バレントが立ち上がる。

「行こう、部屋に案内するぞ」

「はい! 行こ、アーリちゃん、ループさん!」

 その言葉にミリナはパッと立ち上がり、食堂を出て行こうとするバレントの背中に付いていく。

 ループはしぶしぶといった感じでゆっくりとその後ろに付いていく。

「どんな部屋かな? 気になるね、ループ」

「……ああ、そうだな」

 

 バレントに案内された部屋は二階に上がって右側の廊下にあった。

「ここだ、あまりいい部屋ではないが……外で寝るよりは数段いいはずだ」


 バレントが部屋を開けると、そこには広い部屋があった。ベッドが三つ並び、それぞれの横に四十センチ四方の手頃なサイズのベッドサイドテーブルがあり、その上には花びらを模したランプが置かれている。

 奥にはバルコニー付きの大きな窓があり、昼下がりの日が差し込んできている。

 部屋全体はくたびれてはいるが、古臭い匂いはせず、むしろ石鹸のような匂いがして居心地はいい。


「おお! ベッドだぁー!」

 ミリナは部屋に飛び込むなり、一番手前のベッドに飛び込んだ。

 ボフッという柔らかい音が彼女を包み込む。

「ああー最高だぁ」


「すまないが明かりは点かないらしい、クリスタルランタンを使ってくれ」

「うん、ありがとう、バレント!」

「ああ、すまないな」

 

 アーリとループは、中を確かめるように見回しながら、部屋の中に入る。


「ああ、ゆっくり休んでてくれ」そう言うとバレントは扉を閉めようとするが、もう一度頭が出せるほど開けた。「そうだ、あまり城の外には出るなよ。この辺りには例の改造された怪物がいる。かなり危険な場所だと忘れるな?」

「ああ、分かった」

 ループがそう返した瞬間に、扉がパタンと閉じられた。

 アーリは鞄を真ん中のベッド脇に降ろし、ベッドに座った。一度に二人の大切な人を見つけられた安心感が、少女の体全体を動かしていた緊張を解きほぐした。倒れこむようにベッドに寝そべると、古臭い天井がどこか幼少期に暮らしていた家のように感じられた。


 ぽっかりと開いた穴が埋められていく感覚。足りなかったパズルのピースが見つかったような感じ。心がどこか満たされていく暖かい感じ。


 そんな感覚に身を任せて、しばらく天井を見つめていると、視界の中にミリナが覗き込んでくる。彼女の顔は優しい笑顔だった。


「良かったね! バレントさんも、師匠も、お母さんもみんな見つかって」

「うん、良かった……本当に、みんな居なくなっちゃったのかと、思った時もあるけど……よか、った」

 少女の目から再び流れ出した涙は、耳の上を伝って、髪の毛の中へ染み込んでいく。

「うん、後は帰るだけ——」


「二人共、なにか違和感は感じなかったか?」

 ミリナの言葉を遮って、ループは淡々とした口調でそう言った。

「どうしたの、ループ?」

 アーリは上体を起こし、窓の外を見ているループに返した。

 

 しばらく白狼はぼんやりと外の砂を巻き上げる風の様子を見ていたが、俯きがちに頭を振った。

「いや、いいんだ。今日はゆっくりと休もう、この二日間あまりゆっくりできなかったからな」

 そう言うとループはベッドに飛び乗り、丸くなって目を瞑った。




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