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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——神秘の子供—— バレント編 第1章
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バレント編 第四話 街へ

 食事が終わる頃には、エッグブレッドが山盛りになっていた大皿も、すっかりただの皿に戻っていた。

 アーリの口の周りや着ている服には、食べ物のかけらがいっぱい付いている。


「人間の子供はかなり大飯食らいなんだな、お前の二倍は食べたぞ」

「まぁ……成長期なんだろう」そう言いながら、バレントは耳の後ろを引っ掻いた。「俺もこのぐらいの歳にはかなり食べたらしいが」

「そうなのか」ループは口の周りに付いているパンの欠片を舌で舐める。「シティには行くのか?」


 カップに残ったコーヒーを飲み干して、バレントは答えた。

「ああ、買い物もそうだが、この子の親探しもしなければな」

「大丈夫なのか? 親にも何か理由があってこの子を置いていったんじゃないか?」

 

 ループはカップに入ったコーヒーミルクを不器用な手つきで飲んでいるアーリを見た。口元とカップの間から少しこぼしながらも、なんとか飲んでいるようだった。


「確かに理由はわからない。けど、何か手違いでここに連れてかれていたとしたらどうだ? 親も探しているかもしれないだろう。それを確かめるためにも、この子をシティに連れて行かないといけないと思う」


 バレントは白い皿と机の上の食器を重ね、キッチンへ持って行った。


「……なるほどな」ループは頷いた。「何か情報が掴めるかもしれないな。手伝おう」

「この子が持っていたワンピースをそこに置いたから、着替えさせておいてくれ。馬を回してくる」


 そう言い残しバレントは静かにリビングを出ていった。玄関を開ける音のすぐ後に扉がバタリと閉まる音が続いた。


 椅子に座って、ぼーっと食後の余韻を楽しんでいたアーリに、ループはなるべく穏やかな口調を作って声をかけた。

「出かける準備だ。着替えよう」

「おちがえ?」


 少女は首を傾げながら、椅子の上で足をぶらぶらさせた。

 幼すぎるあまり、彼女は自分の周りで何が起こっているのか、いまいち理解できていないらしい。勿論、彼女の母親がいなくなったという事以外だが。


「ああ、トイレにアーリの服が置いてあっただろう?」

「おでかけ」


 アーリは少し悩む様子を見せたが、両手をループへと差し出した。


「おんぶ!」

「おんぶ? 乗せろってことか?」

 ループが背中を椅子の方へと差し出すと、少女はのし掛かるようにその背へ飛びついた。小さい両手がしっかりとループの毛を握った。

 のし掛かられたループはよろめきながらも、なんとかバランスを保った。


「うっ……行くぞ、落ちるなよ」

 よろよろと廊下を進んでいくループの背で、アーリは楽しげな笑顔で笑っていた。



「そろそろ行くぞ!」

 玄関からバレントが廊下を覗き込むと、廊下には誰もいなかったが、奥の部屋から話し声が聞こえてくる。


「まだ時間が掛かりそうだな」

バレントが玄関の壁に寄りかかると、玄関に飾られた家族の写真が目の前にあった。写真より一回り大きな額縁に入れられている写真は、撮られてからかなり長い年月が経っているらしく、端々が切れたり寄れたりしている。折り畳んで持ち運んでいたのか、四つ折りの線がくっきりと残っていた。写真の右下には〝レンクラー家〟と筆記体で書かれていた。

 優しそうな父親と母親。妹の袖を引っ張るいたずらっ子な兄。

 バレントは過ぎ去った過去に思いを馳せた。それと同時に父と母の偉大さに気付かされる。自身の記憶に残る父親の笑顔は、写真の中の父親と大きくかけ離れていた。家の残骸を漁った時の記憶も蘇ってくる。バレントがそこで見つけたのは、写真だけではなかった事も。


 五分ほどバレントがぼんやりと写真を眺めていると、廊下の奥の戸が開き、中からループとその背中に抱きついたアーリが出てきた。先ほどの黒いヨレヨレの大きなTシャツから、彼女の鞄に入っていた真っ白なワンピースに着替えていた。

「よし、行くぞ」

「いくじょ!」

「好かれたもんだな、ループ」


 バレントは優しく、皮肉交じりに笑った。

「流石にこれで街まで行くのはきつい。馬に乗せてやってくれると助かるんだが」


 バレントが玄関を開け放つと、外の光が家の中に飛び込んできた。家の外は鉄製のフェンスが家の周りを取り囲むように建てられている。金網の奥には、太い幹の木々が立ち並ぶ、デューランの森が広がっていた。


 厳しい冬を越すために切り倒した木々の隙間が、右往左往しながら森の奥へと続いている。フェンスの手前側、ゲートのすぐ横には屈強な脚が左右に四本生えた黒毛の馬が止められている。馬の背中には茶色い革製の鞍が載せられ、その左右に大きめの鞄がぶら下げられている。

 黒馬はブルブルと下顎を震わせ、出発の時を今か今かと待ち構えていた。


「さ、行くぞ、アーリはこっちだ」

 馬の前でバレントが手を出すと、アーリは縮こまって嫌な顔をし、ループの毛をさらに強く握った。

 バレントは後ろ髪を掻きあげた。

 ここまで馬に乗ってきたのだ、もしかしたら幼い彼女はまた置いてけぼりにされてしまうかと不安なんだろう。


「困ったな。それじゃあ、二人とも置いていかないと行けなくなる」


 ループは自分の背中にいる少女に向かって、優しく冗談交じりに話しかけた。


「アーリ、バレントが怖いのはわかるが……危ないから馬に乗ってくれないか。大丈夫だ、あいつがお前のことを食べようとしたら、私が助けるから」

 背中でしがみ付いていたアーリも、ループの気持ちを汲み取ったのか、ゆっくりとずり落ちるように背中から離れた。


 怖い怪物のように説明された本人のバレントは、なるべく優しい表情を顔に貼り付け、アーリをひょいと持ち上げて手綱を掴ませた。足が(あぶみ)に届かず、ゆらゆらとしている少女の背中に手を当てて支えた。


「しっかり掴まっててくれ」

 バレント自身も慣れた手つきで馬にまたがった。


 ループがフェンスのゲートを押し開けると、続いて馬もゆっくりと外に出た。ループは馬が出てくるのを待って、フェンスのロックを咥えて閉めた。


「雨で道が悪くなっている可能性がある。先導してくれるか」

「ああ」

巨大な狼は森の奥へと続く一本道を、体毛を風に(なび)かせながらひた走っていく。

引き離されまいと、八本脚の馬も駆け出した。丁寧に取り付けられた八脚の蹄鉄が地面を蹴り上げ、小さな地響きを立てる。


昨日の雨で湿った青臭い木々の匂いが、鼻腔いっぱいに広がってくる。東の空に浮かぶ太陽が、木々の隙間からこぼれ落ちて、彼らの行く道を明るく照らしていた。


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ここまでお読み頂きありがとうございます。


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