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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——狼の墓—— 後編 第1章
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第七話 緊迫

ブックマーク、評価、そして何よりいつも愛読いただいている皆様、いつも応援ありがとうございます。

時折書けないなぁという気分の時もありますが、皆様が楽しみにしているのだから、自分も頑張らねばという思いで作品を書き続けています。


どれぐらい続く作品になるかわかりませんが、自分が納得するまで書き続けていきますので、これからも応援、よろしくお願いします。

「この通路を進めば出口に辿り着くはずだよ」アーリはミリナに肩を貸しながら、真っ黒な煙の中を歩いていく。

 怪物の力を有するアーリにとってもこの通路は視界が通らないのだ、ミリナからしてみればただ闇雲に途方もない通路を進んでいると感じられる事だろう。

 途方もない暗闇が眼前に広がっている。怪物に捕食された小さな生き物が感じる圧倒的なまでの絶望感の片鱗が見えていた。

「ミリナさん、大丈夫? 辛かったら背負うよ」アーリは自分の不安を噛み潰し、ミリナの顔を覗き込む。

「…………うん、大丈夫」ミリナは消え入るような声で返した。彼女の額には冷たい汗がだらだらと流れ落ちる。

「無理はしないでね……私だけで家に帰りたくなんてないんだから」

「分かってるよ」苦しみを紛らわせるようにミリナは質問を投げかける。「ここは、どこなの?」

「メトラ・シティの地下だよ。廃工場の中に入口があってね。で、さっきの人は、ミリナさんを直してくれたお医者さんもだけど、クイーンズに敵対しているグループなんだって。バイスさんはそのリーダーで、あの広場を突破するときにも助けてくれたのがあの人だよ」

「そっか……助けてくれたんだねー」ミリナはフーフーと息を吐き出している。

「ここだったら食べ物もあるし、シャワーも浴びれるんだよ。だから、もう一つの隠れ家に着いたら、ごはん食べよ」

「お腹空いたね……」ミリナは不自然に腹を撫でた。辛いのを隠そうとしているのだろうが、

「うん、もうすぐ出れるはずだから」

 ミリナはコクリと頷くばかりで、返事は返さなかった。二人はそこから何も言わずに、ただひたすら前へ着実に歩んでいくのみだ。

 煙の勢いが強まっていくのをアーリは感じていた。奥に向かえば向かう程、煙幕は薄くなっていくはずなのだが、むしろ濃くなっているのだ。視界を遮られること以上に、敵が接近してきているのだという焦りと不安が、アーリとミリナの足元をぐらつかせる。

 しかし、アーリは着実に出入口へと近づいている感覚があった。微弱に流れる風の温度が少しずつ下がっていっているのだ。数百メートル先、セギルと思わしき足音と他数十名の息遣いが微かに聞こえる。

「アーリ、そこにいるのか?」アーリが先を目指して進んでいると、アーリ達の背後から声が投げかけられる。

 アーリがふと振り返ると、ランタンの白く強い光が黒の切れ間から見え隠れしていて、こちらに近づいてきているようだった。

「バイスさん! ここにいます!」アーリは声を張り上げると、通路一杯に声が反響していく。

 その声が消え入るよりも早くアーリ達の目の前に、バイスと彼女に連れられて気だるそうな顔をしたヒスイが黒煙の間から現れる。

「すまんな、お前たちの荷物とバイクを取りに行っていたら遅くなってしまった」バイスはバイクを押し、ヒスイはアーリとミリナの荷物をひぃひぃ言いながら背負っている。

「……私は早く逃げたかったんですけどねぇ」ヒスイはぼそりと呟いた。

「お前が呑気に眠っているからだろう? それにここまで連れてきてやったんだから文句は言うな。捕まえられてまたあの毒蛇女の下で働くよりマシだろう?」

「……ま、まぁ」ヒスイはこの状況でも、あまり焦っていないようだ。

 毒蛇女、クイーンズの一人ラグリスの事だろう。彼女の下で働かされていて何らかの事情があって、この狼の墓(ウルブス・トゥーム)に加入したのだろうか。そうであれば彼のこの態度も彼の技術も納得がいく。

「ありがとうございます」アーリはライフルと鞄を受け取り、自分で背負った。

「さ、もう少しで出口だ。先に進めばセギルと他のメンバーが待っているはず。直ぐにヨウゼツも合流してくれるだろう」

 バイスがそう言ったのを合図かのように、後方から鼓膜を突き破らんばかりの轟音が押し寄せてきた。音の衝撃波は彼女達の髪を巻き上げ、大気を振るわせて肌を切り裂かんばかりだった。

 しかし、それは明らかに火薬の爆ぜる音ではなかった。爆弾の音とは明白に違うのだ。金属の塊が弾ける甲高く鈍い、それでいて自然化に確実に存在しない音。怪物の慟哭とも明確に違う、もっと別の異常を知らせる警告音だ。これまで聞いてきたどんな絶望の音色とも違う、内臓を含めた全身の機能が停止してしまい動けなくなるほどの旋律であった。

 全員はその場に釘付けになり、動かない、いや動けない。視線は後方に広がる虚空に縛り付けられ、唯一動かせる口はぽっかりと空いたまま閉じるという動作を忘れていた。

「……今のは、爆発じゃないな」バイスが声を漏らす。全員が気付いている事だったが、その言葉は事態が本当に起きている出来後であるという確信とその先の未知への恐怖をもたらした。

 アーリは瞬時に反射的に感覚の範囲を後方に伸ばして、その音の正体を探ろうとする。出口まで三百メートル余りだが、アーリの感覚が辿り着いた瞬間、その範囲の中に二つの人型が踏み込んできた。

「廃工場の入口に二人います……一人は身体の大きな、通路がぎりぎり通れるほど大柄で」

「……イゲールですね」ヒスイは静かに答えを出した。

「もう一人は細い身体で……たぶん、袖から煙を出してる」

「そっちはコラヴァスだ」バイスが呟く。「マズいな……よりによって最悪の組み合わせだ。」

「コラヴァス……倒したはずなのに、なんで」ミリナはその言葉に目を丸くしていた。「目を撃ち抜いて、完全に停止させたはずなのに……」

「考えるのは後で! 早く逃げないと」アーリは驚いているミリナの袖を引っ張る。「この状態で戦っても勝ち目はない!」

 アーリを含めた全員が、ここに留まっていればあの轟音の主と対面しなければ行けなくなる未来を知っていた。

 そして、こちらでこの煙幕の中で戦えるのはアーリのみだ。相手の作り出したこの煙幕は、相手が自分に取って有利な状況を作り出すためのものであり、相手にとっては白日の草原と何ら変わらない環境であることは容易に想像できる。

 唯一のアドバンテージであるはずの見知った地形も、敵の姿が視認できないことで相殺されている。狭い通路で純粋な力を相手にするのは死にに行くことと同義だろう。

「すまない……先に行ってくれ」バイスは振り返ったまま言った。「このままではヨウゼツ達が孤立してしまう。私はここに残って——」

「じゃあ、私が残ります」アーリは突っぱねるように言った。「統率の取れるバイスさんが死んじゃったら計画は水の泡になります。それだったら私が数分でも時間を稼いだ方が確実です」

「しかし、それでは……」バイスはそこまで言うと唇を噛み締めた。

 どうやら彼女も分かっているのだろう、この状況を、最悪の状況を打開できるのはアーリを除いて他にはいないのだと。東側で孤立しかけているヨウゼツら工作部隊を脱出まで導き、あわよくば敵を退けられる能力を持ち合わせているのは彼女だけだと。

 ヒスイも分かっていた。一番近いところで、イゲールや他のクイーンズの異常さを目の当たりにした彼だからこそ、この状況で一番可能性の高い行動の答えがアーリに頼ることであると。

 アーリはミリナと視線を合わせる。お互いに覚悟の決まった表情を向け合う。

 ミリナは自分が今は足手まといにしかならないと理解していた。いや、今一度理解せざるを得なかったのかもしれない。自分は常人であり、アーリには戦闘という面において一生勝てる訳がないのだと。


 だからミリナはこう言うしかなかった。

「は、早く行きましょう……アーリちゃんがあいつらに負けるはずありません。話し合っているこの時間ですら、惜しいんです」

「…………」ヒスイは黙って頷き、ミリナに肩を貸し、鞄を受け取った。

「……分かった」バイスは口にしたかったことすべてを、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。「最悪の場合、地下の通路を爆破し、西側のタワーに一番近いところからヨウゼツ達を逃す。これを持っておけ、あいつらと繋がる無線機だ」

「はい」アーリはそれを受け取って、先ほどとは反対に走り出す。

「……戻ってこいよ」バイスは誰に言うでもなく、空虚に向かって呟いた。


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