表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——狼の墓—— 後編 第1章
116/119

第六話 カメト鴉

「ナルホド……ココガ、イリグチカ」

 低く単調な声が廃工場の中に響き渡る。洞穴そのものが命と意思を持って喋っているのかと思う程、異常で感情のない声だったのだ。

 声の主は巨大な人型の鉄くずだった。正確に言えば鋼鉄を体中に貼り付けられた二メートル近い大男が喋っていた。彼の頭部は甲冑のように金属の装甲が取り付けられて、口元がぱっくりと開き、その虚空から言葉を発していた。

 目にはいくつかの隙間が空いており、その切れ間から赤い目玉がぎょろりと周囲を覗いている。

 ごつごつとした上半身にくっついている彼の両腕は、人間の頭三つ分はあろうかと言わんばかりの太さを有していた。それだけでも恐ろしいのだが、男の拳には鋼鉄で出来た棘が、指の付け根一つずつから生え、爬虫類の背中のようにその棘は肩にまで連なっている。一発でも殴られれば串刺しにされた後に、衝撃と重量で木端微塵になるであろうことは火を見るよりも明らかだ。

 かといって蹴りを喰らわせようもなら、逆に棘がくるぶしに突き刺さるだろう。運が良ければそのまま歩けずに大量の出血を伴って死に至れるはずだ。彼に戦いを挑んだほとんどの人間は、身動きを封じられたままその巨大な拳によって文字通り粉砕されるからだ。

 巨大な上半身を支えている脚部は、第一成長期後の子供ほどの長さしかないように見える。しかし、それは大きな間違いだ、脚にも装甲が纏わりつけられて太くなりすぎた結果、短く見えるだけだというのが真実であった。鉄の装甲と武装で五百キロを優に超す巨体を支える脚部は、鋼鉄をそのまま脚の形に切り出したような形状をしており、関節部分にはエネルギーを流し出すための管が数十本取り付けられている。

 一歩進むごとに地響きを立て、大きな腕を堂々と振って歩く様は、エイプロスやギガントータスなどの巨大な怪物を髣髴とさせる。もしくは鋼鉄が歩いていると言った方が分かりやすいかもしれない。

 それもそのはず、彼は人間を兵器化する手術——手術というよりも換装や増設と呼んだ方が既に正しいのかもしれない——を計百回以上施されているのだ。しかも、多大な痛みを伴う手術を自ら進んで受けているのだ。それほどまでに彼の力への執着は強かったのだ。

「ドコダ、ドコニイル……コラヴァス、サガセ!」巨体は赤い目を周囲に向け、苛立たしさのあまりか手あたり次第に扉や機械類を殴りつけている。

 拳に当てられた機械類は拉げるという状態を通り越し、そのままバラバラの鉄くずへとなり果てた。

「この下へ煙が流れていきます、ここが敵の隠れ家で間違いありません」ビリビリとした電子音声が巨体の後ろからスッと姿を表した。

 彼は奇術師のような黒ジャケットの両袖から煙を吐き出しながら、巨大な機械へと歩み寄る。鋼鉄の脚裏がカツカツと地面を鳴らし、その音が工場全体に不気味に響き渡る。足元を覆いつくす真っ黒な煙は彼の登場を祝福している部隊演出のようだった。

 目の代わりに埋め込まれた電子義眼(アイ・ユニット)が冷たく見据える先には、壊れて放置されたままの巨大な機械が黒い煙を足元から吸い込んでいた。

 この濃い緑髪の男の名前はコラヴァスだ。

 元々、アーリ達の暮らしている街に潜入する任務を担当していたが、素性がばれてしまい、他の二名と共に破壊されてしまった。だが彼だけは回収、そして修復され、人型の機械として蘇った。

 今ここにいる彼に、人間としての意志は残されていない。あるのは敵の隠れ家をあぶり出し、苦しませながら抹殺するという端的かつ冷淡な命令に従う機能だけだ。表情を作る事も、自分の個人的な意見を発することもしないし、そもそも持つことが出来ないのだ。

「ドケ、コワス」巨大な人型の塊はどしどしとそちらに近寄って、濃い緑色の髪をした男をやさしく——もちろん大男にとっての基準であるが——小突いて横へと動かした。

「ええ、お願いします、イゲール様」コラヴァスは五メートルほど斜め後ろへ下がった。

 イゲールと呼ばれた男は、一呼吸し、機械の中に腕を思い切り突っ込んだ。子供が泥の中に手を入れるほどの感覚で、だ。単なる力任せだけでこんな芸当が出来るのは、彼が知る限り彼しかいない。

 事もあろうか、イゲールは一トンは余裕で超えているはずのそれをゆっくりと、しかし着実にコンクリートの床から引っこ抜き、更に数メートルほど上へ持ち上げたのだ。まるで世界が急に斜めに傾いたのかと見まがうほど自然に、そしてなんの抵抗もなくだ。

 『出来る訳がない、お前は嘘つきだ』とこれを聞いた人間は言うであろうが、事実なのだから仕方ない。

「カクレガ、アルカ?」そして、何より恐ろしい事に彼はそれを持ち上げたまま、まるで何もないかのように喋り出すのだ。

「ええ、正解でした」電子音が混じる声が返事を返した。

「ソウカ」イゲールはその言葉に何度か頷いた。

 そして、子供がボールを投げるように、イゲールは工業用の巨大な機械を放り投げた。数百もの雷が同時に落ちたかのような衝撃と轟音が、この周囲一帯に鳴り響いた。

「素晴らしいです」コラヴァスはなんの感情も籠らない声で言い、拍手をして見せた。

「サキニススム、ツイテコイ」表情こそ見えないが彼の声色から自信に満ち溢れているような顔をしているのが分かる。

 三十センチほどの巨大な足が階段を踏みつけていく。男の巨大な体が段々と煙の中へ入っていき、小さくなっていく。瞳が放つ赤い光が黒煙を貫き、狭い通路を一発の弾丸のように駆け抜ける。

 その後ろ、数メートルの間隔を開けて細身の男が付いていく。

 彼らは走る素振りも見せない。走れない訳ではない、走らないのだ。それは強者の余裕であり、閉じ込められた弱者への哀れみでもあった。


 暗い階段を降り切ると、真っすぐに通路が伸びており、そこを直進すると開けた場所に出た。煙に満たされているとはいえ、彼らの目にはこの場所から三つの通路に分かれているのが確認できる。

「ドッチダ……エモノハ、ドコダ」静まり返る三つの通路を前に佇み、それら全てを順番に見やる。拳を開閉し、敵を発見し次第粉砕してやる気満々なのが見て取れる。

「さぁ、そこまでは――」コラヴァスがそう言いかけた時、彼らの前方から青白い閃光が駆け抜けてきた。

 光の弾丸は黒煙を切り裂き、コラヴァスの前に立つ巨大な鋼鉄の壁にぶち当たる。衝突の瞬間に力強い光が弾け飛び、彼らの視界を眩ませた。

「ググ……」イゲールが低いうなり声を発した。

 彼は辛うじて自分の中核を守るために、両腕を交差させて防御体勢を取っていた。だが、その両腕を構成している金属の装甲がどろりと溶けだし、地面へと滴り落ちるのをコラヴァスは見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ