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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——狼の墓—— 後編 第1章
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第三話 打開策

「お前、聞いたかよ」髭面の男がいたずらにとなりの男に話しかける。「昨晩の侵入者、自立式警備機構(オートマトン)を二百体以上、蹴散らしたらしいぜ?」

「その話か、知らない訳ないだろ」もう一人の白髪混じりの男は武器を組み立てて、ベルトコンベアに乗せ、後ろへと流していく。「四つ腕が朝から苛立ってたの、見ただろが。ありゃあ、相当手を焼いたんだろうよ」

 ベルトコンベアで運ばれてくる膨大な量の機械部品を組み立てながら、男達はこそこそと噂話に興じていた。

 流されているのはライフルのパーツだ、それらの発射機構を組み上げるのが彼らの今日の仕事だ。日によっては装甲部分を組み上げたり、弾丸などの消耗品を組み上げることもあるが、今日の作業は比較的楽で、火薬を扱わされない分、楽な仕事だ。彼らは朝から晩までそこに拘束され、ひどい時は十八時間立ちっぱなしにされることもある。

 そんな彼らにとって、他愛もないおしゃべりは退屈しのぎとして十分すぎるほどだった。たとえそれが命や生活を脅かす敵の侵入についてだとしてもだ。

「でもよ、普通の外の奴ら(アウター)とは違うんだろ? なんだか南から侵入してきたらしいじゃねぇか」髭面が軽薄そうに言った。

「回り込んだんだろうさ、敵も頭を使って意表を突いたつもりなんだろうよ」白髪の男はちらりと背後を通る自立式警備機構(オートマトン)に目をやり、会話を止めた。「結局、ぶっ潰されただろうがな。その内、ウルヴスの奴らも全員捕まるだろうな」

「でもよ、最近クイーンズが何人かやられたって噂があるぜ……」髭面が声を落として言った。「今回奴がその犯人だとしたら、かなりやばいんじゃねぇか?」

「かもな。ついでにこのくそったれな工場も破壊してくれりゃあ、俺らも自由になれるのによ」

「だな……」

 彼らはそこから一言も喋らず、作業に戻った。見張りがいるわけでもなく、話題が尽きたわけでもない。むしろ話題なら無限にあるはずだ。

 言い表しようのない惨めさと、それに対して何もできないと言う明白な無力感を覚えたからだ。

 この街では自分の人生を変えることも、明日の飯を選択することもできない、もしかしたら明日の命はないかもしれない。泥水の中に沈められるような不安定で不自由でそして息苦しい状況に置かれても、彼らにできることは目の前の仕事をこなしていくことだけ。苦しい状況を堪えるだけだ。煮えたつほど高温の泥の中で溺れているはずなのだが、生まれた時からそこに浸り続けた結果、それが普通だと感じている者もいるだろう。

 そして彼らが、いやこの街にいる人間全員がこの感情を抱いたのは、これが初めてのことではない。この街で生まれた時からその絶対的な支配に対し、怯え、服従して行かなければ明日を生きれない。今日の夕飯だってなくなるかもしれないのだ。

 誰もがこの状況を喜んでいないにも関わらず、多くの者はそれを変えようとはしない。いや、自ら変化を拒んでいるのかもしれない。この街で暮らす数万の人間達は、圧倒的な暴力という力の前にただただひれ伏すばかりなのであった。


「来たな」会議室に入ったアーリをバイスのぶっきらぼうな口調が出迎えた。「先に始めていたぞ」

「医務室に寄ってきたので遅くなりました」アーリはがたつく椅子に座る。

 中央に置かれた机には、手書きの地図が広げられている。大雑把だがいくつかの重要そうな設備の場所が書き込まれ、それらを繋ぐように蜘蛛の巣状に黒い線が引かれている。かなり年季が入った紙切れで、彼らが長い間この計画を練ってきたことがそれを見るだけでわかるほどだった。

「言った通り、ヒスイの腕は確かだったろ?」アーリの隣にいるセギルが自慢げに言った。「少しの間、痛みが残るかもしれないが、二、三日すれば歩けるようになるはずだ」

「ミリナさんは頑丈だし、大丈夫だと思います」

「その二、三日なんだが……」バイスは少し申し訳なさそうに言った。「このアジトは捨てなきゃいけなくなった。昨夜の一連で敵はこの場所に目星をつけているはずだ、アーリ達が東に向かったというのは把握しているはずだからな。入り口が隠されているとは言え、ここに大量の機械兵を送り込んで攻撃、制圧してくるのは時間の問題だろうな」

「向かい打つのか? アーリもいるし、かなりの数を倒せるはずだ」とヨウゼツ。

「怪物の力を使えばそれは可能かもしれないが」バイスはアーリの顔色を見た。「その様子だと能力を使うとかなり疲れるんだろ?」

「……そんな事はないです」アーリはブンブンと首を振る。

「嘘はつかなくていい」バイスはにたりと笑った。「寝起きのお前の表情は酷いもんだった、萎びたジャガイモと見間違えるほどだった。あの疲れ具合は戦闘の疲れじゃない」

「で、でも……怪物の力を使って敵の戦力を削りながら進めば——」

「お前が能力を使って暴れれば、事は早く進むだろうが作戦の成功率は確実に下がる。分かるな?」バイスは冷淡に伝える。「前までは私達が乗り込んで、なんとか敵を倒そうと計画していた。だが、お前が来た事で私達の目的が変わった。他力本願な作戦にはなってしまうが、アーリを安全にタワーまで送り込み、お前が万全の状態で奴らと戦える事が最善手だ」

「道を開くのは俺らに任せろ、ってことだな!」セギルは自分の右腕を振り上げて見せた。「アーリはそれまでは体の調子を整えるのが仕事だぞ」

「わ、分かりました……」アーリは何もするなという言葉に俯き、膝の上で強く握りこぶしを作った。

「……そう落ち込むな、全く何もするなって事じゃない。能力を使うなと言っただけだ」バイスはヨウゼツに目配せをした。「幸い、お前は狩人だ。ライフルの扱いには慣れているんだろ?」

「よくぞ聞いてくれた! このままずーっと、聞かれないかと思ってたぞ」ヨウゼツは地面から何かを持ち上げ、テーブルに乗せた。「急ごしらえだったが、使えるようにしておいた。昨晩、武器庫から盗んできた新品だ」

 テーブルの上に置かれたのは、黒い金属で作られた長細い楕円形の物体であった。かろうじてトリガーと銃口が付いていることで、それが銃器であると判別できる。卵を半分に割ったその銃にアーリは見覚えがあった、ガジェインが使っていた青い光の弾を放つ異形の銃だ。

 長さは一メートルほどとかなりの重量がありそうだが、机の上に置かれた時の音を聞くと見た目より幾分か軽いようだ。

「これを使って……」その銃が放つ異様さと異次元的な物に触れる恐怖がアーリの表情に表れている。

「ああ、お前にこれを託す」バイスは銃をぐいとアーリの方に差し出した。「敵が一番仕留めたい標的であろうお前にな」

 アーリはそれを持ち上げ、今一度しっかりとそのライフルを見た。

 本来であればセーフティーロックがある位置に、丸いボタンが取り付けられている。押してみると、卵の割れ目から覗く長方形——バレルとも呼べる部分だ——がアーリのバイクと同じ青白い光を放つ。

「そいつは人間を木っ端微塵にするほどの威力がある。自立式警備機構(オートマトン)相手なら装甲をドロドロに溶かす、当たりどころ次第ではクイーンズの装甲や武装もぶっ壊せるはずだ」ヨウゼツは自慢げに鼻を鳴らした。「クイーンズが外の奴ら(アウター)を倒した時の戦利品でな。バイクにも使われとる光子(フォトン)というエネルギーを弾にして撃ち出すんだが、エネルギーを溜め込むカートリッジに余裕がなくてな、無駄撃ちには注意してくれ。あとは一発毎に充填時間が必要だ、最速でも一分に一発が限度だ」

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