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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第3章
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第三十五話 邂逅

 アーリが案内されるままに部屋に入ると、そこは少し広めな会議室のような場所であった。

「やっと来たね」一番最初に声をあげたのは、白く長い髪を携えた女だった。

 彼女は破れた革のソファーにふんぞり返って座っていた。傍には銃と弓を合体させた武器が置いてある。

 ハキハキとしていて少ししわがれたこの女の声に、アーリは聞き覚えがあった。

 その表情を察したのか、女が続ける。

「ああ、そうだ。私が広場であんたらを助けた」女は足を組み替える。「バイス、ってんだ。よろしくな」

「……よ、よろしくお願いします」アーリはすこし頭を下げるが、女の方を見たままだ。「あ、私はアーリって言います。もう一人はミリナさんで……私達は南から——」

「大体理解(わかっ)てるさ、私達狼の墓場(ウルブス・トゥーム)の情報網を舐めないでもらいたい。クイーンズの馬鹿供が隠し通せてると思ってる情報も手に入るんだ」バイスと名乗った女は、態とらしく自分の目尻を指で小突き、目を見開いて見せた。「食品生産所からネズミが一匹逃げ出したっていう耳くそみたいな情報まで入ってくる、お前達のことはここのほぼ全員が知ってるさ」

「は、はい……」アーリは少し驚き、無意識のうちに一歩後ずさった。

 彼女の言葉には、野生怪物が放つ威圧感が含まれていた。

「あまり警戒するな、私達がお前らを殺すつもりだったら、さっきの広場でやってる」アーリの隣に立つ男が言う。

「まぁ、私が言いたいのは、お前らの動きと自立式警備機構(オートマトン)、あとはアラネードの動きが手に取るように分かっていた」銀髪の女は続けた。「んで、あんたらが広場を通るのも予測して、助けに入ったって訳さ」

「ありがとうございます」アーリは少し怯えながらも礼を言った。

「おっと、自己紹介が忘れてたな」アーリを案内した義眼の男が胸をどんと叩く。「俺が戦闘員達をまとめ上げるセギルだ。殴り合いと戦いには自信がある」

 彼は金属むき出しの右手を差し出してくる。

 アーリがその手を握ると、冷たい金属のゴツゴツとした質感があり、力強く握られる。

 セギルはにっこりとした屈託の無い笑顔を浮かべていた。

「聞く話じゃあ、そっちのお嬢ちゃんの方が強いらしいがな」この部屋にいた最後の一人、初老の男性が話始めた。「俺がヨウゼツだ、その汚らしい武器やら防具やらを作ってる(もん)だ。あとは……その青いガキの腕と目も作ったのが俺だな。まぁ……なんかあったら言ってくれ」

 背は低く、線の細い体にシワだらけの皮膚。真っ白な髪の毛と高い鼻。

 全く正反対であるはずだが、彼の風貌は二番街の武器屋ロッドを彷彿とさせる。きっと気高い職人が放つ特有のオーラと鋭い目つき、そして汚れたツナギがそう思わせるのだろう。


「宜しくお願いします」アーリは頭を下げた。

「到着してそうそう手荒い歓迎を受けた後で悪いんだが、ここに来た経緯と知っていることを話してもらう。休息はそれまでお預けだ」

 アーリは自分達の街に過去数年間で起きた事、母親が殺された時の事、そしてクイーンズ・ナインズがした事を包み隠さず話した。

 その話をバイス達は頷きながら聞く。どうやら彼らは自分達の持ち合わせる情報の歯車と、アーリの歯車を噛み合わせているようであった。

「……光子二輪(フォトン・バイク)とあんたの顔つきを見て、まさかとは思ったがメルラの娘とはな」バイスは眉を釣り上げて言った。「なんだか運命っぽいものを感じちまうな」

「……お母さんとは親しかったんですか?」アーリは恐る恐る尋ねる。

「もちろん、メルラさんは俺達に物資や情報をくれた恩人だ」横からヨウゼツが喋る。「お前らが乗ってきたバイクを直したのも俺だ。持ち込まれた時はかなりオンボロでな、ただの鉄くず同然だったな。今朝のことのように覚えている」

「まぁ、爺さんが本気で何かを直したり、作ったりするのは夏場に降る雪ぐらい珍しいからな」セギルは自分の腕を見て言った。

 彼の腕は何枚かの金属のプレートで覆われている。だが素人のアーリの目から見てもプレートのつなぎが甘い——隙間が空いていて中の配線やチューブなどが見えているのだ。お世辞にも丁寧な仕事とは言えない。

「動けばいい、使えればいい、が俺の信念だ。一日で二十本を一人で用意させられる俺の身にもなってみろ」ヨウゼツはオンボロの椅子で腕を組み、踏ん反り返った。

「まぁそれもこれも、奴らをぶっ飛ばせば終わる」バイスは立ち上がる。「今日はこれまでにしよう。明日からは計画を練り始めるぞ、ゆっくりできるとまでは言わないが寝床は用意しよう」

「ミリナさんは……大丈夫なんでしょうか?」部屋を出て行こうとするバイスに問いかける。

「あいつは銃弾ごときで死ぬ女じゃ無いだろ」彼女は叱りつけるように言う。「それはお前が一番分かってるはずだ」

「……はい」アーリは少し名残惜しそうに言う。

「ヒスイに任せておけば二日後には歩けるようになる」彼女は部屋を出ていく。


「ここだ」白髪の女性は廊下の先にあった部屋を指差した。

 部屋のノブに手をかけ、押しあけると、薄暗く若干埃臭い部屋が広がっていた。

 鉄を組み上げたフレームの上に、毛布と薄いマットレスが敷かれているベッドに、机と椅子が置かれているだけの部屋だ。地下にある施設のため、もちろん窓もない。

 壁と床は冷たい石材で出来ていて、やはりこの部屋は薄暗い。ランタンを持ってきていなければ、部屋の中を見通すこともできないだろう。

「こんな部屋で悪いが……」彼女は部屋を見渡す。「敵に追いかけられながら寝るよりはましだろ?」

「ありがとうございます」アーリは正直、安堵の表情を見せた。

 外での生活は慣れているが、やはり常時敵に対して気を張っていなければいけない。牢獄のような部屋だが、安全がある程度保証されている。

「感謝するのはこちらだ」バイスは扉の横で腕を組んでいた。「腹が減ったら言ってくれ。上手くはないが食料もあるし、水だがシャワーも浴びれる。近くの川から引いた綺麗な水だ」

「分かりました」アーリはベッドの脇に荷物を降ろす。「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」バイスは静かに部屋を出て行った。


 一人残されたアーリはやっと休息が取れる安心からふぅと息を吐き出し、ベッドに座り込む。

 正直、この街に来てベッドで眠れるとは思っていなかった。下水道で敵から隠れて眠る覚悟をしていたのだ。ミリナも怪我を負ったが、適切な処置を施せる医師がいる。

 第二の家——とはお世辞にも言えないが、一時の安寧がこの場所にはあった。


 机の上に置かれた水晶(クリスタル)ランタンが、柔らかな黄色(おうしょく)の光を放ち、黒い壁と床にアーリの影を浮かび上がらせる。

 アーリはふと部屋の様子を見渡すが、時間なども分からない。地下にいるのだから当然かと納得した。


 潰れた丸パンのように薄いマットレスにどさりと倒れこむと、ここまでの旅路で蓄積した疲労が下へと落ちていく。

 風の中で身を丸めていないだけでこれだけ快適だったのかと、アーリが再確認した瞬間には、彼女の意識はゆっくりと眠りの世界へと落ちていった。 

 壮絶な戦いと狼の墓(ウルヴス・トゥーム)との邂逅を経て、アーリが眠りに付いたのは明け方頃であった。


 彼女の寝顔は安心に満ち足りたものであった。

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