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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第3章
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第三十四話 束の間

 血の匂いを運ぶ黒い怪物はメトラ・シティの東へと進む。

「きっとあれがレイゴさんの言ってた旧工場だ」アーリの目の前に一つの建物が見えてきた。「ミリナさん、もう少しだけ……」

「平気だよ、これぐらい」言葉とは裏腹に、彼女は息をするのが辛そうだ。

 車体が発するネオンブルーの光に照らされ、ミリナの体を伝う鮮血は鮮やかに青黒く輝く。野生怪物が足跡を残すように、ヘンゼルとグレーテルがパンくずを残したように、血液が地面に落ちていく。出血が酷く、処置をしなければ一時間も経たずに死んでしまうだろう。

 アーリでも応急処置を施すことが出来るが、確実に十分ではない。弾丸は怪物の牙や爪よりも速くそして鋭い、なにより殺傷能力に長けている。待ち受けているはずの反逆者グループの誰かが、医術に長けていることを祈ることしかできない。


 アーリが見つけたそれは塗装が剥がれ落ちている古臭い建物であったが、他に比べても原型を保っている。旧工場とは名ばかりか、どちらかといえば倉庫のようにも見える。何を作っていたのだろうか。

 横に広い倉庫の外壁は雨風を受け赤く錆びていて、所々に空いた穴から隙間風が確実に入ってくるだろう。

 三角の屋根はアーリが生まれる前の街を思わせる、吹けば飛びそうな薄いトタンを貼り合わせたものだった。事実、何枚かは剥がれていて、今も風にゆっくりと靡いていた。

 暗闇の中、静かに佇むその場所が本当に安息の地なのか分からない。すでに敵に発見されているのだ、そしてどの方向へ進んだかも知られてしまっている。だが、先程助けてくれた反逆者、バイスと呼ばれた女性は『東に行け』と言っていた。今はただ信じるしかない。


 エンジンを蒸し、夜の街を駆け抜ける。

 目的地まで数百メートル、銃声が再び聞こえた。旧工場からのほうだ。

 そして数人の——おそらく反逆者グループであろう人影が発砲炎で浮かび上がる。

 しかし、倒されたのは自立式警備機構(オートマトン)の方だったらしい、青く発光する液体が飛び散ったのがその証拠だ。


 彼らの一人が走り寄る青白い光を見つけ、声を張り上げた。

「早く入れ! 追手が来るぞ」銃を持った若々しい男だった。

 その男が手を大きく動かし、アーリ達を手招いている。他の二人が建物の扉を押し開けはじめた。鋼鉄の二枚扉につけられた錆びついた滑車がキィーと耳障りな音を立てる。


「ミリナさん、もう着くからね」アーリは叫んだ

「……うん」ミリナは掠れた声で返事を返す。

 崩れ落ちそうになるミリナの体を、アーリの肘から伸びる蛇の腕がきつく絡め取る。

 アーリは藁にもすがる思いでバイクを走らせ、ハンドルを切る。

 タイヤが滑り、横へ、まるで無重量であるかのようにスライドし、大きく口を広げた鋼鉄の塊の中にすっぽりと入った。

 工場の中は酷く錆びついた匂いで充満していた。内部には古めかしく、人の手を離れたまま捨てられた重機械があった。天井を突き破らんとばかりの大きさで、その工場の中央に聳え立っている。入ってきたアーリとミリナを見下すような、冷たい感覚を放っていた。


 彼女達の後ろで重たく分厚い鉄の扉が閉められる。

「酷い怪我をしてるな」先程の男が顔色の悪いミリナを見て言った。「早く下へ、ドクターのところへ連れていく」

 アーリは人付き合いが得意な方ではなかったが、この男の表情を見れば敵意を持っていないことは分かった。そして、医者がいるという言葉に安堵した。

 ボロ布のような衣服を着込んで無骨なライフル——機械のガラクタを組み合わせただけの武器を持っているこの男は、反逆者グループの幹部クラスのようだ。

 ミリナよりも年上に見え、顔つきはどちらかといえば男らしく、獣のような鋭い眼光を放っている。短く切りそろえた髪の毛は焦げ茶。体つきはがっしりとしていて外での労働が多いのが見て取れる。

 そして彼の右目と右腕には、鈍い銀色の輝きを放つ機械の義肢と義眼が埋め込まれていた。


「下へ行くって……」アーリは周りを見渡して言う。「そんなのがどこに——」

「開けろ」男の若々しい声が響く。

 扉を閉めた二人が今度は巨大な機械の下部に隠されていたハッチを開き、内部のスイッチを弄った。 

 次の瞬間に、その重機械はゆっくりと後ろへ動き出す。

 その下から現れたのは、地面を四角く切り抜いた空間であった。薄暗い闇へと続く階段が静かにアーリ達を待ち受けていた。


「入れ」義眼の男はぐったりとするミリナを抱えあげた。「積もる話はあとだ。光子二輪(フォトン・バイク)も押していけ、それで足が付いたら困る」

 アーリはコクリと頷くと、他の二人の後ろを付いて階段をゆっくりと降りていく。背後から微かに入り込んでいた月明かりが、機械の駆動音と共に無くなっていく。

 冷たい湿り気を含むその階段は、三十段近くで途切れ、狭苦しい通路へと続いていた。地下に向かっているはずなのだが不思議と空気は薄くない、きっと外と繋がっているのだろう。


 目の前に広がる深い闇の先に、ランタンのやんわりとした明かりが見えた。どうやらその先は広い空間、幾つかの部屋が連なる空間であることが、アーリには風の流れで分かった。

 次いでその明かりを持つ一人の男の姿も目に入る。

 中性的な顔立ちをした男であった。レイゴや義眼の男と違って、小綺麗な白衣を身に纏っていた。メトラ・シティでの身分の違いがそれだけでも見て取れる。だがそれ以上に彼の翡翠色の髪と、不健康そうな青白い肌、そして気怠そうな瞳が印象的だ。

 この場所には天井に照明が付いているが、夜の星ほどの弱い光を放っているのみで、気をつけて歩かなければ転んでしまうだろう。

 男はかなり慎重な性格なのか、自分専用にランタンを持っているのだ。

「その二人が侵入者ですか」白衣の男が静かにそう言った。

 言葉とは裏腹にそこまで気にかけている様子ではなく、むしろアーリの押しているバイクをジロジロと見ている。

「ドクター、こいつを見てやってくれ」ミリナを担いだ義眼の男が言う。「出血が酷いんだ」

「お、お願いします!」アーリは懇願するように伝えた。

「早くこちらへ」そう言うと医者風の男は踵を返して、右奥の部屋へ向かう。

「ああ」義眼の男はミリナを抱えてその後ろを付いていく。「バイクはその辺に止めておけ、後で誰かが移動する」

「はい」アーリは通路をでてすぐ右の空間にバイクを停め、付いて行く。


 緑髪の医者の後ろを付いて歩いていくと、そこは薄汚い部屋であった。部屋の中央には何台かの手術ベッドが置かれ、その周りにある台には手術で使う道具が並んでいる。

「その人をこの上へ寝かせてください、早く」彼はこういう事態に慣れているのだろうか、淡々とした口調で言った。

 義眼の男がミリナをおろし、ベッドの上へと寝転がせた。むき出しの機械の右腕にミリナの血がべっとりとこびり付いていたが、彼はあまり気にしていないようであった。


「なるほど」奇抜な医師はミリナの体を一瞥してそう言った。「出血は酷いですが、手の施しようはありますね」

「治りそうですか?」アーリは医師の背中に訪ねた。

「早く出て行ってください、気が散ります」医師はぴしゃりとその言葉をはねのけるように返した。「終わったら呼びますから」


「……でも」アーリはその場で立ち尽くす。

 知らない場所で、知らない人間——しかも軽薄そうな怪しい男に大切な家族を託すのは簡単なことではない。メトラ・シティ、アーリがその言葉を聞いて一番最初に連想するのが機械改造手術だ。

「行くぞ」義眼の男は部屋を出て行きながら言う。

「……はい」アーリは少し戸惑ってから、その男に付いて行った。


 冷たく薄暗い廊下を歩く。やはりこちらも弱い光を放つ薄汚い電灯が一定間隔で取り付けられているが、ランタンが無いと歩きづらい。

 革靴の底がコツコツと鳴らす音が、ひんやりとした鉄の壁に反響して遠くの方まで響いていく。

「大丈夫ですか……」アーリは心に浮かんだ言葉をそのまま、隣を歩く男に投げかけた。

 ミリナの怪我に対する物でもあったが、軽薄そうな見た目の医師に対する心配でもあった。

 そして、その声色は男にも伝わったようだ。

「安心しろ、ヒスイさんはメトラで一番のドクターだ。見た目は……少しあれだし無愛想な感じだが、医療の腕は確かだ」男はそういうと自分の右腕をぱんぱんと叩いた。

「腕……改造されたりしませんか」アーリは男の腕を眺めながら言った。

「撃たれて改造されるんだったら、俺ら全員は機械の体になってるさ」男は廊下の突き当たりにある部屋を開け、中に入る。



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