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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第3章
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第三十三話 ほころび

「ぐっ……穴が、これ以上は……」

 巨大な円錐状の盾が弾丸を受けて、硬化した皮膚が剥がれ落ち、覗き込めるほどの大穴が開く。衣服に開いた小さな虫食いが広がっていくように、盾はその機能を失っていく。

 放たれる星の数ほどの弾丸は黒い皮膚に弾かれていく。硬化した皮膚に守られているが、確実にそして少しずつアーリの体力と防御力、精神をこそぎ落としていく。

 アーリはそれらを塞ごうと自分の腕に力と集中力を注ぎ込むが、穴が広がるのを食い止めるので手一杯だ。


「その能力、俺も使えるようになりてぇぜ!」男の声と高笑いが銃声に混じって響く。「さぞかし、色んな殺し方ができるんだろうなぁ」

 彼はこの状況——弾丸の雨を振らせていることを心の奥底から楽しんでいるようだ。八番街で遊んでいる子供のような弾んだ声色と両手の銃を好き放題に撃ちまくっている様子から、簡単に見て取れる。


「このままじゃ……」アーリはぐっと歯を食いしばり、痛みに耐える。

「アーリちゃん、私がアクセルを捻るから一気に駆けぬけよう! 何発か弾丸を受けても、このままよりは確実に楽なはずだよ」

「防御してるから、お願い!」アーリは一秒、悩んでから言う。

 確かに言う通りだ、数百の敵がどれ程の弾丸を所持しているか分からない。持久戦を選択するのは負けを意味する。


 ミリナは横から手を伸ばし、アクセルを握る。


 その瞬間であった。ガラスが割れるような音がアーリの耳に届いた。

 タイヤが回転を始めるまえに、鼓膜を突き破らんとする程の轟音と衝撃、硝煙が生まれた。それも一つではなく、十近くだ。それらは銃を構える敵兵達の間で生まれ、四メートル程の火柱を立てた。炎に巻かれて自由を奪われ、視界を遮られて射撃の手を止めた。

 ライフルが暴発したにしては大きすぎる爆発だ。

「なにが起きてるの」アーリが呟いた。

「あんたら!」倒れ込んだ巨大な四角錐から女性の力強い声が響く。「道は切り開く、倉庫までまで走り抜けな! 私達が援護する!」

 彼女の声を合図にしたかのように、無数の矢が空気を震わせながら広場の敵を取り囲んで四方から飛ぶ。自立式警備機構(オートマトン)の装甲を貫き、内側から小さな爆発を起こす。敵を全て破壊するには至らないが、それでも敵の陣形を乱すのには十分であった。


「やっぱりお前が首謀者か、バイス」黒いジャケットを身に纏う男は、左上の四角錐を見た。

 長い白髪の女の影が、薄暗い闇の中にはっきりと見えていた。かと思えば、この広場を取り囲むように二十人ほどの人影がこちらを覗き込んでいた。

 反逆者達が敵がビルの中に潜み、クロスボウをこちらに向け、鏃に火薬を仕込んだ矢を放ってきた。

 どこでそんなものを手に入れたのだろうか、アラネードは歯向かってくる反逆者達に怒りを覚えた。燃え上がるような憤怒ではなく、静かに燃え上がる青白い炎だ。

 彼の背後では自立式警備機構(オートマトン)の軍団が、それらが作っていた壁がぼろぼろと崩れていく。

 相手を絡め取るはずの蜘蛛の巣は、一度に敵を絡め取ろうとするが、これほどの軍勢を一度に捕らえられるほどの強度はない。複雑に絡み合っていた糸は、炎に焼かれ、衝撃で破れていく。

「ざっけんじゃねぇよ」男は怒りに任せて、乱雑に拳銃を撃ちまくる。


 敵の軍団とアーリ達の間に入ったのは、誰か分からない。だが、今はそんなことを気にしている暇ではない。前に進まなければいけない。敵の敵は味方だ、今は彼らを

「アーリちゃん、行くよ!」ミリナはアクセルを捻りあげる。

「大丈夫! ルートは私が決めるから、思いっきり飛ばして!」

 タイヤが空転を始め、地面の割れたレンガの道を巻き上げる。二人を乗せた黒い怪物が真価を発揮させろと青白い光を放ち、敵に向かって加速していく。青い目の怪物が黒い人影の中を掻き分けながら進んでいく。

 アーリが左を支えながら盾を維持し、敵の攻撃を跳ね返す。ミリナがバイクを前に進ませ空いている左手で拳銃を撃ち、敵を退ける。

 彼女達じゃなければ——拳銃の腕前と野生の勘、怪物の力と感覚がどちらかが欠けても成り立たない作戦だ。何より二人で息を合わせなければ、バイクはすぐに横転してしまうか敵に突っ込んで終わりだろう。


 敵の軍勢の崩れた陣形を縫うように黒の怪物は進む。彼女達の進む道は、先ほどの爆発と弓矢の援護射撃で切り開かれていく。断続的に射撃が続くが、確実に数は減っていた。

「右へ!」アーリが叫ぶ。

「次は?」ミリナが呼応する。

「そのまま真っ直ぐ!」アーリは歯を食いしばりながら言う。「ミリナさん、左!」

「うん!」アーリの指示で、ミリナが左舷にいる敵の頭部を撃ち抜く。


 機体が進むほど、アーリは自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。視界が銃弾の閃光と自分の盾で塞がれているからだろうか、目隠しをして戦闘訓練をした時間が、これほどまでに有益だったと実感できる時はない。

 空を飛ぶ弾丸の一つを、周りで倒れていく自立式警備機構(オートマトン)達の一体一体の動きを目を瞑っていても感じ取れる。

 その中の一体が、腕が四本ある敵が——。

「ミリナさん、後ろ——」アーリがふと振り返り叫ぶ。

「止まりやがれ!」

 仮面の男が彼女達に向けて二丁の銃を向けている。そして、脇腹から生えるもう一対の腕で機械兵士の取り落としたであろうライフルを手にしていた。

 ミリナはアクセルから手を離し、そのまま両手で拳銃を掴み取る。流れるような銃さばきで振り向かずに肩越し一発ずつ、そして腰をひねりながら一発ずつ、完全に相手を視認して三発。計十発の弾丸を仮面の男に放ち、男の腕を不恰好ながらに射抜く。


 眩い炎が相手の視界を遮る。十のうち一発が相手の持っていた拳銃を叩き壊し、男が引き金を引こうとしても弾は放たれず、ぽとりと弾丸が落ちるだけだ。


「いくよ!」ミリナは拳銃をホルダーに押し込み、アクセルを再び握る。

 バイクが最大限に加速し、最後の壁を踏み倒そうと唸る。

 アーリとミリナが敵の軍勢を飛び出した時、彼女達を守っていた黒い盾は、秋の木の葉のようにぼろぼろに崩れていた。


 しかし、彼女達は切り抜けたのだ。銃弾の雨を、自分達に群がってきた機械人間を。そして、この街に張り巡らされていた蜘蛛の巣を。

 振り返れば後ろに見えていた敵の軍勢は、どんどん小さくなっていく。薄暗い街の中を青い稲光が走り抜ける。

「ここまで来れば平気だね」アーリは能力を解除し、アクセルを掴む。「ミリナさんありが——」

 しかしアクセルがぬるりとしていて生暖かかった。ふと自分の手元を見ると、絵の具かと見紛うほど赤い液体がハンドルから滴り落ちている。

「ふ、二人で、乗り越えられて、よかった」ミリナは少し吐息混じりに言う。

「ミリナさん、もしかして」アーリは血の匂いを嗅ぎ付けていた。「どこか撃たれたの?」「……ちょっと、ね」ミリナは言い淀んでから、申し訳なさそうに言う。

 アーリがちらりと目をやると、彼女の右腕が鮮血で滴っている。そればかりではなく彼女の左脚、膝の少し下のパンツには穴が空き、それを中心に血が滲んでいた。顔色は悪く額には脂汗をかいている。

「い、急ぐから! 出血箇所を自分で抑えてて!」

「うん……」ミリナは意識をどうにか保っているようだ。



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