第三十一話 直進
「静かになった?」ミリナはライフルを下ろす。
「狙撃じゃなくて別の手段を打ってくるかもしれない」アーリはちらりと街を見る。「そろそろ街に入るよ、レイゴさんが言ってた自立式警備機構が何体かいるはず」
「おっけー、リロードしとくよ」
巨大な影を月明かりに浮かび上がらせる巨大な都市を前に、ハンドルを握るアーリの右腕に力がさらに込められる。ジワリと手のひらが湿り、心臓が刻々と早いリズムで鼓動を刻んでいる。
「街の南東から入る事になりそうだね」ミリナが言う。
「うん、東側まで回り込んでたら、また狙撃されるかもしれないね」アーリが続けた。
「安全に行くなら静かに入りたかったけど」ミリナがアーリの頭の横から顔を出し、前方を見ながら言う。「潜入……ってわけには、いかないかな」
「だね、もうバレちゃってるみたいだし、少し強引に入るしかないよ」アーリは街へと至る道を真っ直ぐに見つめていた。「ちょっと、手荒になるかもしれない」
彼女達は蛇行をやめ、まっすぐに南西の入り口付近へと接近する。
「……あれが」アーリが眼前の暗闇——街の入り口と思わしき壁の切れ間に目を向けた。
暗闇にぼんやりとその輪郭を表したのは、二メートルほどの人型の輪郭であった。それらは人間の形を成していながら、ごつごつとした輪郭を持っていた。服の代わりに機械の装甲が全身を覆っているのだと気付くのに、それほど時間は掛からなかった。
そして、人間の目があるはずの箇所には、爛々と輝く赤い二つの光が埋め込まれている。それらは暗闇の中にはっきりと浮かび上がり、アーリとミリナの方を見ていた。
入り口を守っていた三体の自立式警備機構、それらは敵を視認するなり、手にしていた中型のライフル銃を構えた。
「アーリちゃん!」ミリナが叫ぶ。
「大丈夫、このまま突っ込む! しっかり掴まってて!」
「うん」ミリナはがっしりとアーリの右肩を掴んだ。
肩に重みを感じた瞬間、アーリはアクセルを目一杯引き切る。
今まで静かに駆動していたバイクが、地響きのような轟音を唸り声をあげた。獲物に突進する真っ黒な怪物へ変貌を遂げ、背に乗る二人を振り落とさんばかりの加速を見せる。
距離にして数百メートル。
バイクの速度なら数十秒後には衝突するだろう。しかし、その前に銃弾の雨を凌がなければいけない。
「……シールドボア!」
相手が引き金を引こうとした瞬間、アーリは右手をアクセルから離し、前に突き出しながら黒大盾へと変化させた。
上半身を、そして後ろのミリナをも守れるほどに大きな盾だ。こちらの視界も遮られるが、怪物の感覚を持つアーリには、そんなことは関係なかった。
他の能力を使い、攻撃に転じてもよかった。だが敵陣に乗り込んでいる彼女達には、治療する手立てがないため、怪我を負わないという選択肢しか選べない。
かと言って悠長にしていれば、他の敵が集結してきてしまう。
「射撃……」自立式警備機構達が、電子音声でそう言った。
次の瞬間には、アーリの右腕に銃弾の嵐が吹き荒れた。それは荒野に吹きすさぶ砂嵐よりも激しく、アーリの硬化した右腕を削りとろうとする。
眩い光と発砲音の連続が、暗い荒野に響き渡る。
車体が激しく揺れ、アーリの右腕から剥離した硬化層と、それに弾かれた数百発もの弾丸が茶色の砂へと沈んでいく。
銃弾の風が止んだ瞬間、アーリは能力を解き、再びアクセルを握り込む。
「行くよ!」
アーリがそう言った瞬間、バイクがそれに呼応するかのように前脚をあげた。獲物に追いついた怪物が飛びかかるのだ。
機体全体が大きく跳ね上がり、三体の機械人間に向かって飛びつく。前輪という名の牙が、相手の体を引き裂かんと呻く。
衝突の瞬間、彼らは一歩も引くことなく、その攻撃を受け止めようとしていた。
機械の体になった彼らに、自分を守ろうとする理性は、すでに残されていないのだろうか。アーリは一抹の嫌悪を感じたが、それは彼らのせいではなく、むしろこんな悲しい事をしているクイーンズ・ナインズに向けてのものだ。
闇夜を駆ける巨大な怪物は、無残にも真ん中にいた機械人間にのしかかる。タイヤがそれの上で数回空転するが、すぐにグリップを取り戻して八つ裂きにせんと噛み付いた。
両脇にいた二体も弾き飛ばされはしたが、すぐに体勢を立て直して銃を構えた。
「ミリナさん!」
「オーケー!」
ミリナは左手で銃をホルダーから抜き取り、まずは右の敵の顔面を、そして間髪入れずに左の敵の脚部関節を撃つ。
一体は銃を取り落としそうになり、もう片方はがくりと膝を付きそうになった。
彼らの体は鉄で覆われているため、破壊するほど十分なダメージは与えられなかったが、走り去るための一瞬の隙が作れればそれでよかった。
事実、彼女達は自立式警備機構の一体を引き壊し、そのまま瓦礫と金属片と巨大な四角錐であふれる街の中へと消えていく事に成功したのだ。
「やったね、アーリちゃん! 侵入せいこー!」ミリナは後ろを振り返って、唖然とする敵をみながら言う。
彼らはすでに真っ暗な闇と同化し、赤い小さな六つの点になっていた。
「侵入っていうか、突入だけどね」アーリは少し茶化すように言う。「ここから東の倉庫まで、そんなに掛からないと思うけど」
「警戒しながら、いこっか」
彼女達の進む道は、道とは呼べぬほどのものであった。崩れ落ちた建物が脇に寄せられ、通れるようにしただけのものだ。舗装など一切されておらず、そこかしこに瓦礫が置きっ放しにされており、雑草が生えている。
何より食べ終わった生き物の死骸が回収もされずに、そのまま道の端で腐り落ちているのだ。街の下を流れているであろう汚水も、骨髄や残った肉片も耐え難い悪臭を周囲に撒き散らしている。
これならまだ、森の中の獣道を進む方が幾分かマシだろう。
森には彼女達の行く手を阻む数十体の自立式警備機構などいないのだから。