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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第3章
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第三十話 銃弾と牙

 アラネードの持つ武器は、総重量五十キロの巨大な狙撃銃だ。規格外の威力を持ち、二十一センチの銃弾を相手の脳天に叩き込むための装置だ。

 鉄板十枚を軽々と打ち抜く驚異的な破壊力。重量と一メートルのバレルが生み出す安定性は、五キロ先の小さな怪物を撃ち殺す事が可能だ。


 もちろん、四本の腕と四つの目を持つアラネードでなければ、その性能を存分に引き出す事が出来ない。

 四本の太い腕で重心をしっかりと抱え込まないと、発射の反動で銃が後ろへ飛んで行ってしまう。

 四本の目で標的を捉え続けなければ、そもそも確実に獲物を狙う事は出来ない。隣に測量者(スポッター)がいればいいのだろうが、彼は一人で動く主義だ、そんなものは邪魔にしかならない。


 このゴツゴツとした巨大な鉄の塊は、男のお気に入りの武器であった。

 ナイフやらリボルバーやらを持ち、敵の体を穴だらけにするのももちろん爽快だ。

 だが、これを使って外の奴ら(アウター)の脳天をぶち抜き、木っ端微塵に吹き飛ばし、自分は安全圏から悠々自適に酒を飲む。これほどの優越感は他にない。


「スティングちゃーん、いい子にしてくれよぉ」アラネードは真っ黒なスコープを左の第一腕で艶めかしく撫でる。

 揺れ動く照準器の中心には、バイクで移動する二人の少女の輪郭が写っている。がっしりと銃全体を支え、息を吐き出して止めると、揺れがぴったりと止まる。


 引き金を引けば標的が粉々になる。高揚感で男の脈が高鳴る。愉悦を感じる。


 吹きすさぶ風が段々とゆっくりになり始めた。

 男の冷たい機械の指が、引き金を引く。轟音が生まれ、窓枠に溜まった砂埃でさえも、大きく揺れる。世界が破滅せんばかりの音。

 アラネードの体が後ろへ大きく仰け反るが、反動を力の限り捩じ伏せる。


 金色に塗られた弾丸は、相手の頭を噛み砕かんとする蜘蛛の牙だ。それは風と空気と周りの全てを突き刺しながら飛んでいく。

 しかし、放たれた弾丸は標的を捉える事はなかった。

「……外した」彼の声色は感情のないものであった。「この距離で俺に気が付いたのか? いや、勘か? 射撃の瞬間に軌道を変えやがったか」

 真っ黒な煙が立ち上っている銃の横についたレバーを引き抜き、空になった薬莢を弾き出す。

 落ちた薬莢は歪んだ部屋の床を転がり、外壁と床の間に空いた穴まで転がっていき、そのままカラカラと階下へと落ちていく。


 男は二発目を込め、スコープを覗き込んだ。

 どうやら敵は東に向かいながら蛇行運転をしているが、アラネードから見れば大きくなったり小さくなったりを繰り返しているにすぎなかった。


 発射と着弾の時差を鑑み、的が一番小さくなったあとの瞬間を狙う。

 冷徹に二発目の引き金を引く。大きく銃全体が跳ね上がり、スコープも空に浮かぶ白い月を映し出しているのみだった。


 だが、残り三つの目が標的を捉えていた。依然として、だ。

「どうなってんだ、たかがガキ二人だろうが」男は露骨にイラついていた。

 流石に二発続けて当たらない事など今まで無かったのだ。

眼球(アイ・ユニット)が誤作動してんのか? それともスティングの調子が悪いのか。じゃなきゃ、説明がつかねぇ……」

 男は二発目の空薬莢を弾き出し、ハッチに弾を込める。


 そして、赤い目でスコープを覗き込もうとした瞬間、男の左上約五メートルに何かがぶつかった。風化したコンクリートの壁に、それはめり込んでばらばらと破片を階下へと落としていく。

「あんな旧式の銃で……」アラネードは焦る。「まぐれに決まってる。一キロの射撃なんてそうそう上手く行くはずもねぇんだ」


 自分の位置が相手にバレてしまったのだ。

 一方的に相手を仕留められるはずだった。しかし、巣に掛かった獲物は、捕食しようとした瞬間に最後の抵抗をしてきたのだ。雁字搦めで身動きが取れないはずなのに、そして奴らはただ死を待つばかりの餌だったはず——。


「……次で仕留めれば何も問題なっ——」

 男がそう呟いてスコープを覗き込んだ瞬間、羽虫のような音を立てる塊が、アラネードの右耳のすぐ横を通り過ぎた。


 背後の壁が崩れ、パラパラと落ちていく。

 焦りが四つ目の男を飲み込んだ。弾丸を食らっても一発や二発では、機械の体はビクともしない。

 だが、それ以上に恐ろしいのは、自分の弾が当たらないというこの状況と、ジリジリと相手の牙をこちらに向けてきているという事だ。


 震える腕を押さえつけながら、アラネードは銃を構える。照準の中央にいる敵——黒髪の女はこちらへ、確実に銃を向けていた。

 

 男の冷たい指には、恐怖とはまた別の感情が宿っていた。蹂躙する楽しみを凌駕したそれは、非常に心地よい物であった。

 死と生を天秤に乗せている感覚。機械の体になってから男が久しく感じていなかった感情であり、心の奥底で求めていた物だったのかもしれない。


 自分と対等にやり合えるかもしれない相手。それが今目の前にいる。


 男は冷たい仮面の下で、ニヤリと笑った。

 引き金を弾き、三発目を放つ。


 夜の闇を切り裂いて飛ぶ弾丸は、黒の中に吸い込まれて数百メートル進んだ所で見えなくなった。


 だが、入れ替わりでキラリと光る金属が、こちらに向かってきた。そして、男の顔面に衝突し、金属の弾ける音を響かせた。

 衝突で男は大きく仰け反る。

 弾頭が炸裂し、炎が彼の顔面を包みこむ。当たり所が悪かったのか、仮面の一部をえぐり崩した。破片が地面へと落ちていき、男の右目が露わになった。

 

 彼の目玉は黒で、いたって平均的な目元をしていた。

 だが目の周りには、幾重にもナイフで切りつけられた傷があった。人間の目元はしておらず、皮膚が再生しては傷つけられたのを繰り返したのだろう。

 その様相は痛々しいという言葉を優に通り越し、もはやそれらが彼の生まれたままの姿であるかのように思える。


 憎悪と尊敬が入り乱れる眼差しは、二人の獲物を静かに見据えていた。


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