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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第3章
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第二十九話 拒む

 アーリとミリナを乗せたバイクが街へと近づいていく。

 街全体を乱雑に囲うのは、瓦礫やガラクタを積み上げて形を整えただけの防御壁であった。十メートルにも満たない、風が吹けば壊れるような壁であった。

 それらは風砂(ふうさ)で削られ、雨でサビ落ち、全くと言っていいほど怪物から街を守る役には立っていない。きっと自立式警備機構(オートマトン)なるものがあるからか、壁にはあまり力を入れていないのかもしれない。


 街まであと一キロほどの所に差し掛かった時、アーリは何かの気配を感じ取る。

 何かが街の方から見ている。ナイフで目を抉られるような、腕を吹き飛ばされるような。これが殺気ではなければ、一体何が殺気か分からないほどだ。


 それは一瞬、ほんの一瞬だけ感じ取れた。

 蜘蛛が糸にかかった獲物に喰らい付く、その前の一瞬の冷徹な溜め。嬲り殺そうか、それとも一気に仕留めようか。強者としての贅沢を存分に満喫し、身動きの取れない相手を見下している驕りと愉悦感。


「ミリナさん、掴まってて!」アーリがミリナに向かって叫ぶ。

「オッケー!」ミリナはアーリの肩をぐっと掴む。

 体を横に倒し、横転線ばかりの勢いでバイクの進行方向を変える。横倒しになったタイヤが砂を巻き上げ、左に砂煙が沸き起こる。ギュルギュルと唸り声をあげたかと思うと、一気に車体は加速して飛び出した。


 空気を切り裂き、バイクの車体側面を撫でながら、二十センチほどの塊が砂塵を引き裂いた。放たれた二十センチほどの鉛の塊は、アーリ達の顔面すれすれを通り過ぎ、茶色い地面に着弾した。

 それは確実に、的確に、バイクとアーリを狙っていた。もし、気付かずに直進していたら、無防備な状態で頭蓋骨を撃ち抜かれていただろう。

 即座に自分の手のひら大の弾を放てるであろう、巨大な銃を想像した。アーリが持つライフルの銃弾は、大きく見積もっても十センチほどだ。少なくとも重量も大きさも二倍近くはある巨大な重火器だろう。

 

「うわ、死んだかと思った……」ミリナは銃弾の突き刺さった地面を一瞥し、ほっと胸を撫で下ろす。

「きっと街から撃ってきてるんだ」アーリはちらりと街に目をやる。「あんなに大きな銃弾をこの風の中で、しかも千メートル離れてる私達を撃てるのは、かなりの腕前だと思う」




「……大きな銃弾を使うってことは」ミリナはぐっと唇を結ぶ。「絶対に殺すってこと、だね」

「かもしれない」アーリは前を向きながら、車体を左右に揺らして走る。「撃たれないように蛇行するよ! 振り落とされないでね!」

「大丈夫!」ミリナは脚で車体を挟む。

「ライト、消すよ!」

 暗闇の中でライトは目立つ。アーリはバイクのライトを消し、怪物の力で上昇した感覚だけで道を選びながら進む。

 長い間風に均された地面だが、大きく左右に動くタイヤは砂に巻きつかれる。車体が大きく上下左右し、アーリ達を振り落とさんと暴れまわった。

「敵がどこにいるか見える?」

「ううん、確認できない。隠れる場所も多くて暗いから確認はできない」アーリは呟き、バイクの速度をあげる。「とりあえず東の方まで飛ばすよ、迎撃、お願い!」

「りょーかい!」ミリナはアーリの背中からライフルを抜く。


 かと思えばもう一発の弾丸が、ミリナの眼前を通り抜ける。

「ひっ……」ミリナは思わず少し仰け反った。「危なっ!」

 その銃弾は斜めに地面へと突き刺さった。着弾の衝撃で、砂埃が爆発したかと思うほど巻き上げられる。

「ミリナさん、平気⁈」

「だ、大丈夫!」ミリナは苦い顔をしていた。「でも、今ので大体の位置が分かった! アーリちゃん、私の事、支えられる?」

 アーリは右腕を変化させ、肘の関節からもう一本の腕——緑色の蛇のような腕を生やしてミリナの体に巻きつける。


 人間の腕を維持しながら、もう一本の腕を生やす。そんな奇怪な姿になるという芸当はほとんど戦いでは役に立たないため、練習はしてこなかった。二本の腕を操ろうとすると、神経が混乱するのか、うまく動かせないのだ。

 ご飯を食べながらグラスを取るとか、バレントにいたずらをするとか、その程度の単純で意味のない事にしか使えないのだ。

 だがバイクのハンドルを握りながら、ミリナの体を支えるくらいならば造作もなくできる。アーリ自身もこの能力が役に立つとは思っていなかった。


「……これでどう?」

「ありがとう、これで……」ミリナはライフルを両手で構える。「こっちからも威嚇射撃できる!」


 砂を巻き上げながら轟々と走るバイクを、しっかりと脚で挟み込み、体に巻きつくアーリの右腕で上半身を安定させる。

 千キロ以上も離れた場所、しかも敵の大体の位置しか分かっていない。

 怪物を撃つ時は遠くても四百メートルほどだ。大体が二百メートルほどの距離で、引き金を引く。一発目で仕留めるもしくは動きを制限しなければ、逃げられるか最悪の場合は襲われてしまう。

 十年近く狩人として、銃を扱ってきたミリナは自分の腕前にも自信を持っていた。風の流れと距離、弾丸の落下。持ち前の勘でそれらをある程度調整する。今はなき師に教わったあらゆる事が、彼女の脳裏を駆け抜ける。



 巨大なビルの一室。地上から数百メートル離れた高層階。

 部屋はこの建物の崩壊に合わせて歪な形を成していた。外の世界を仕切る窓ガラスや扉も、どこかへ吹き飛んでしまった部屋とも呼べぬ空間。

 そこにアラネードはいた。彼は金属製マスクに覆われた表情のない顔で、窓外の虚空を睨みつけた。

 目の代わりに光る赤い四つの点が、ぎょろぎょろと外の暗闇を探る。彼にとっては暗闇は暗闇ではない。とても心地良い揺り籠であり、自分の生きる世界であり、そして自分そのものだ。少なくともアラネード自身はそう思っていた。

 胸ポケットに入れていた酒の瓶を開け、牙の生えたマスクの口部分を大きく開けて、酒を口に含んだ。あんぐりと開けた口のなかは、ピンク色の舌と白い歯が見え、彼が辛うじて人間であるとわかる。

「ったく、めんどくせえな……」誰もいない空間で彼は呟いた。

 

 しばらくの後、男は薄暗いの中に一筋の光を見つけた。小さな、真っ白な、弱々しい光であった。

 薄暗い月夜の荒野を進む光。アラネードの目には、二人の少女達の姿がはっきりと見えていた。小さくか弱い金髪と黒髪の二人は、壁に向かって近づいてきている。


「じじいの言ってたのはあれか……」男は傍に置いてあった銃を持ち上げる。「意外と不用心に近づいてくるんだな」

 全長三メートルほどの特注狙撃銃を、窓枠だけの外の空間へ向けた。

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