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怪物少女と狩人  作者: 遠藤 ボレロ
——北を目指して—— 第3章
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第二十八話 アラネード

「おいおい、梟じいさんよぉ。あの双子のガキ、死んじまったらしいじゃねぇか」バネが飛び出たソファーに腰掛ける男が、軽薄さ丸出しで言った。

 彼はソファーの上で、小型のナイフを弄んでいた。

 これは彼の癖だ、暇さえあれば刃物をくるくると回す。そして、それの何が楽しいかと聞かれれば、危ない物をこれだけ上手く扱えるという自分に酔えると言い返すのだ。


 狭苦しい部屋の奥にどかんと置かれたソファーは、部屋の中でも一番古めかしく、そして一番人間味のあるものだった。なぜなら、この部屋にあるそれ以外のものが、全て銃やナイフなどの武器であったからだ。

 壁に飾られているのは過去のデータを元に復元、作成されたアサルトライフルから、前時代の名残である旧式のリボルバー。机の上に並べられているのは、金属片を研いで刃物にしたものや、古来東方に存在していた刀まで。

 この男の部屋にある家具は、全て武器を置くために存在していると言っても過言ではない。


「ああ、オルランディ付近で通信が途絶えた」白髪の老紳士が部屋の扉に寄りかかりながら言った。

「箱から来た例のガキがやったのか?」男は瓶に入ったままの酒を呷りながら、ナイフをくるくると回している。

「証拠はないが、それしか考えられない」老紳士はまっすぐに男を見つめたまま言う。「アラとクラ、そしてあのムカデ軍団を相手取れる人間なんて、あの街にはいない」

「んで、キングはなんて言ってたんだ? また殺せって?」

「『街にいれるな』だそうだ」

「なんとも短絡的かつ分かりやすいお言葉だことで」男はナイフをぽいと適当に投げた。

 投げられた小さなナイフは空中でくるくると回転し、部屋の中央の机で跳ね上がり、向かい側の壁に描かれた的の中央に突き刺さる。他に刺さる数百本の多種多様のナイフが、まるでモザイクアートのように壁を彩っていた。


 白髪の老紳士はそんな事に見向きもせず、会話を続けた。

「オルランディからだったらもう近くまで来ていてもおかしくはない。早速迎撃準備に取り掛かってくれ」

「ったく、オカマ野郎かデカブツにやらせりゃあいいだろ」男はサイドテーブルからもう一本別のナイフを手にとりながら、酒を呷る。「俺は製造工場の管理で忙しいんだ。逃げ出した数人のせいでノルマに届かなそうになってるって言うのに」

「部下に任せておけ、二、三日なら別に平気だ」老紳士はテーブルに手を伸ばし、ナイフを手に取る。「街が奴らに破壊されたら、ノルマもへったくれもない。外の奴ら(アウター)にこの事が知れないように、単独で動け」


 老紳士はそう言うと、ナイフを男に向けて思い切り投げた。

 空気を切り裂いて飛ぶ刃物を、ソファーに座る男が手にしたナイフで弾き飛ばすと、それは部屋の壁を跳ねて的へと刺さった。

「イゲールとラゼルタは外の奴ら(アウター)の対処に追われてる。動けるのはお前だけだ、アラネード」

「あの鴉小僧はどうしたんだよ、回収したんだろ?」

「今日やっと自立ユニットを埋め込んだところだ。まだ試運転も済んでいないから、部屋の隅に置いておく事しかできん」

「……わかったよ」アラネードと呼ばれた男は気だるそうに返事をした。「んで、何人いる?」

「情報が入ってるのは一人だ。それ以外にいるかもしれんが、狙うのは金髪の女だ。目の色が違うから直ぐに分かる」

「殺していいんだな?」アラネードはナイフをジャケットの内側に押し込んだ。

「ああ、任せる。死体は回収しろ、右腕を調べたいからな。最悪右腕だけでいいが、全身が一番好ましい」

 老紳士はそう言うと、部屋から出て行った。


「……めんどくせぇな」一人残されたアラネードはぽつりとそう呟いた。

 顔面は蜘蛛を模った黒い鋼鉄のマスクで覆われていて、表情は全くと言っていいほど読み取れない。ただ赤い四つの光が、目の代わりにギョロリと動いている。

 蜘蛛の脚のような細い指が付いた機械の両手が、壁から銃を手当たり次第に掴み取る。そして、脇腹から生え出すもう一対の腕が、机からナイフを適当に拾い上げ、ジャケットの内側に仕舞い込む。

 鴉の羽のようなジャケットと、月夜のような光沢のある黒のパンツ、そして風化した血溜まりのようなブーツ。

 それらを身に纏う男は、あんぐりとあけた口の中に、瓶の酒を全て押し込んだ。



 食事を終えて、アーリとミリナは少し休息を取る。

 ミリナはアーリの隣でスースーと寝息を立てていた。

 アーリはこれから戦うはずのクイーンズ・ナインズの事を考えていて、休むことができなかった。

 倒してしまったアラとクラ、ガジェイン。彼らともどうにかすれば和解出来たのかもしれない。自分は人間を何人も殺めてしまったのだろうか。それならば、自分は大変な事をしてしまったのではないか。


 アーリは自分が泥沼の中に沈んでいくような感覚を覚えた。

 その沼は極端に熱い。肌身を焦がすようなほどの煮え滾っている。ただでさえ熱いのに、泥は服や爪の間にまで入り込み、彼女の皮膚や肉、そして骨の髄までを溶かし尽くそうとしている。そして、ゆっくりじんわりと彼女の体は沈んでいく。

 その泥の名前は、復讐と闘争という名前だと言う事を、アーリは知らなかった。


 ふと戦いの光景を思い出し、自分の頭に泥のようにこびり付く思考を振り払う。先に攻撃を仕掛けてきたのは相手だ、自分達は生き残る為に戦わなければいけないのだ。

 剣を握り、降り注ぐ敵意を弾いていることには変わりない。


 アーリは気がつけば、眠りに落ちていた。

 壁に寄りかかりながらの睡眠は、決して快適ではなかった。 

 

「……アーリちゃん」

「ん、んー」

 ミリナの声で目を覚ます。

 周囲は真っ暗な夜の帳に包まれていた。火は消えかけていて、灰色の煙を一筋、天へと立ち上らせている。焦げ臭い匂いがするが、それ以上に風が運んでくる土の匂いが鼻につく。

「そろそろ出発だよ」ミリナは鞄をバイクに取り付けながら言う。

「う、うん」アーリはゆっくりと立ち上がる。


 荷物を纏めて、ライフルを背負う。準備は万端だ。

 バイクの電源を入れると、黒いボディが青白い光を放つ。アーリは計器類が表示される黒い怪物の頭部を触り、バングに習った通りに青い光を消した。敵に極力見つからないようにだ。


 アーリは軽やかに跨った。

「まずは東側にある亡命者グループの隠れ場所だね」ミリナは同じく後ろに乗りながら言う。「きっとそこにいけば、色々情報が得られるかもしれないね。もしかしたら美味しいご飯があるかも?」

「……ミリナさん」アーリは振り返らずに後ろへ話す。

「どうしたの?」ミリナは真面目なトーンで話すアーリを心配するような表情を向けた。

「あのね、昨日話した事だけどね」アーリはグッとハンドルを握った。「よく考えたんだけど、私も……協力できるのが一番だと思ったの」

「うん、そうできるのが一番、安全だよね」

「極力そうやって解決したいけど……相手が攻撃してきたら、やっぱり倒さなきゃいけないかなって」アーリが続ける。「レイゴさん達みたいに仲良くできるなら、そうするけど、無理そうだったら——」

「うん、大丈夫だよ! 生き残れるのが一番大事だからね!」

「……うん。じゃあ、出発しよ!」


 アーリ達はバイクを発車させ、メトラシティを目指す。

 悪路でガタガタと揺れる機体の制御も、これまでの道のりでだいぶ慣れてきて、アーリにとってはお手の物だ。

 

 肌寒い風が欠けた月の下、茶色い砂を巻き上げながら吹いていた。

 真っ黒な闇を切り開くナイフのように、バイクのフロントライトが道の先を照らし出している。

 その先に見えるのは、白い月明かりの中に影を浮かび上がらせる黒い街であった。それはバイクが近づいていくのにつれ、ぐんぐんと大きくなっていく。それはやがて、巨大な四角錐へと姿を変えた。四角錐は途中で折れていて、ギザギザとしたその先端を空へと伸ばしているのであった。

 同じような四角錐がそこかしこに転がっていて、それらは欠けたまま他の四角錐に寄りかかっている。半分以上崩れているものもあれば、植物が絡みついたものもある。

 どれだけ高い建物だったのかも、今となっては分からない。だが、空を劈かんと伸びている今のそれを見れば、かなり大規模な高等建築であったには違いないだろう。

 前時代の人間はあれら建物の中で暮らしていたのだろうか。一つの建物に押し込まれて、どんな暮らしを営んでいたのだろうか。

 

 アーリはそんなことを考えながら、バイクを走らせていた。


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