第二十六話 安息
「飯、出来たぞ」料理をしていた一人が、仲間全員に、そしてアーリとミリナに向かって呼びかける。
「あんまり美味いもんじゃないかもしれんが……」レイゴが彼女達の前に料理を置いた。「なにも食わないよりは良いはずだ、口に合わなければ残してくれ」
運ばれてきたのは、怪物の殻を半分に割って、そのまま火にかけた料理であった。とはいえ、しっかりと香草や塩などで味付けされていて、食べれそうではあった。
あの巨体を動かす肉は、火が通っていて白っぽくなっており、筋張っていて固そうだ。
海老に見える、といえば聞こえはいいだろうが、そこまで綺麗な見た目ではない。しかし、生きて動いている時よりは、食べるほどのサイズに切り分けられた今のほうが幾分かマシに見える。
きっと独特の匂いが本当はあるのだろうが、強い香草の匂いでそれをかき消すのが彼ら流の食べ方らしい。
アーリはゆっくりと起き上がる。
「……いただきます」
目の前に置かれたギガントミリピードの料理に手を伸ばす。焦げ目のついた白い身は、カニのようでもあり、海老のようでもあった。
アーリは小さい欠けらをつまみ取って、恐る恐る口の中に放り込む。
舌触りはそれほど悪くはなく、身もそれほど臭くはなかった。
だが、パッとする味付けがされている訳でもなく、お世辞にももう一度食べたいという感想は持てそうにない。
身の食感は魚介類のそれに近いような気がしたが、怪物の姿を思い出すと、少し身震いがするのでアーリは無心でそれを放り込む事に決めた。。
「うーん、これは……」アーリは少し首を傾げた。
「臭みは無いけどー、あんまり味もないね!」ミリナはしっかりと味わっている。「きっと、トマトとかで煮込んで、臭みを取りながら味を染み込ませれば……」
「みりなおねえちゃん、とまと、ってなーに?」セシリーは食べながらミリナの顔を見ていた。
少女の純粋な表情を見ると、本当に知らないようだった。
それもそうだろう、メトラシティの周囲は草木も生えない荒野だと言っていた。自然を知らないのであれば、野菜を知らないのも頷ける。
「えっとねー、ちょっと酸っぱくて甘い野菜だよー」ミリナはわかるように説明した。「私達の街では夏とかに取れるの!」
「おいしそう!」少女は父親を見上げている。「まちについたら、たべれる?」
「ああ、街に着いたら好きなだけ美味しい物が食えるぞ」レイゴは娘の頭を撫でた。
食事を終えると、アーリの体はいくらか動かせるようになった。どんな見た目と味であれど、十分な栄養のある食べ物であることには違いなかったのだ。
アーリは今夜の内に出発したかったのだが、ミリナとレイゴと話し合った結果、疲弊した状態で進んでも危険だろうということになり、今日はここで一晩を明かすことになった。
アーリは火の近くで座り、ゆっくりと体を休める。
暗闇をオレンジ色に照らす炎は、その周りに座る人達を、そして疲れた体を暖かく包み込んでくれる。ミリナは亡命者達とおしゃべりに興じていた。きっと疲れているアーリの事を気遣ってくれたのだろうか。
アーリはそのおかげで、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごす事ができた。揺れる炎と弾ける薪の音を聞きながら、鞄を枕にして微睡んだ。
きっと、バレントやループに話したら、きっと苦い顔をするか、最悪信じてもらえないだろうなと、アーリは少し微笑みながら考えた。カルネだったら、きっと「これを美味しく料理するためには……」とか言うだろうか。
親しい人達の表情を浮かべながら、アーリはゆっくりと眠りに落ちていく。