槌と金床と火花
兵士と言うものは自分の上官が勇敢であることを望むモノらしい。
そう言う意味では僕は合格だとツムジマルは言う。
僕が名前を覚えている五人の内の一人、唯一の人間である彼には小隊を一つ任せている。今回の槌と金床の戦術における槌側を担当するのは僕の小隊と彼の小隊だった。
「現場の兵にはモテるタイプですよ」
背後を取る為、インセクトゥムの群れを雪をかぶってやり過ごした時に、苦笑いと共にそんなことを言われた。
数センチ先に虫の足跡が刻まれても心と体を動かさなかった僕に部下は幻想を見てくれたらしい。
僕の【潜伏】は2。それなりの練度だ。偽装して動かなければそうそうは見つからない。だから動かなかった。それだけなのだが、ソレを鼻先数センチを踏まれた状況でやれると言うのが評価されたようだ。……実の所、勇敢と言うよりは不感症から来た結果である。
見つかるかもしれない、それで動揺できる程、僕が繊細では無かったと言うのがオチなのである。
それでも良い方に勘違いしてくれる分には有り難い。
僕は特に否定するでも、得意になるでもなく、無言で頭部装甲を被り直し、ハンドサインで先行した虫共を追う様に指示を出した。
アイリから借り受けた六機のモノズと、ツムジマルとそのモノズ、それと名前を知らないトゥースが三人それに従い、十分な距離を取ったまま進む。
虫共を先行させて三分。
歩きやすい道を歩いている奴等は予定では五分ほどで金床に搗ち合う。
槌である僕等の役割は止まった彼等を砕くことだ。
故に、この状況で警戒すべきは後追いの部隊、或いは先の部隊からの脱落者だ。足元に転がって来たサッカーボール大の水無月をコン、と叩く。それだけで僕の意志を察してくれた彼からのメッセージが視界に踊る。曰く。
“報告:後方に敵影無し。ビビり過ぎであるm9(^Д^)プギャー”
そう言うことらしい。
「……」
一言、多いのではないだろうか?
特に意味もなく僕の心が傷つけられた様な気がするが、生憎とそれを考える様な贅沢は許されない。目立たない様、ばらけながら、道では無くツリークリスタルの生えた林の中を素早く、音もなく進む。
冷気がブーツの裏からじわりと浸みこんで来る。
冬の夜気は酷く冷たい。
これまでモノズをカイロの代わりにすることでどうにか誤魔化してきたが、金床部隊は光を出すことが出来ないので今はその手も使えずにこの夜の黒と雪の白の世界に溶けているのだろう。
それに比べればまだ動いて熱を得られる僕等は恵まれているとみるべきか、踏み固められていない林を歩く苦痛を嘆くべきか……戦場と言う場所は理不尽と選択肢の連続だ。
音が、始まりの合図だった。
不思議なモノで、銃声が鳴った後に音よりも速いはずの光、暗闇に咲くマズルフラッシュを認識して、更に遅れてやって来た夜気に混ざる硝煙の匂いが血を滾らせる。
金床に搗ち合った敵部隊が道から外れてツリークリスタルの林に逃げ込み、戦闘態勢に移る。
予めカバーを用意していた金床部隊は反撃で倒れることは無く、それでも初撃の混乱の中、『死ぬ役目』を与えられた数匹を使い捨てることにより真性社会生物の群れであるインセクトゥムは我ら人類とは比べ物にならない速度と犠牲の少なさで持ち直して見せた。
シューターが反撃しようと大胆に身体を見せた所でアイリが仕事をした。
金床部隊の銃声を使って狙撃手を隠し、数を稼ぐ。
それで暫くは時間を稼げるはずだったのだが、暗闇が仇となった。
マズルフラッシュ。
夜闇を裂く光。
音であればまだ誤魔化しが効いたかもしれないが、目に映るモノはそうは行かない。
僕等と同じ様に視覚をメインとするインセクトゥムを誤魔化せるはずもなく、金床部隊の掲げる銃火とは違う場所に咲いたアイリの銃火が狙撃手の存在を早々に明らかにしてしまった。
「……」
予定よりも稼げなかった時間。完成していない包囲。どうする? どうしたら良い? どうしたい? 思考は三秒。それで僕は攻めることを選んだ。もう少し近づきたかったが……仕方がない。仕事の時間だ。ハンドサイン。掲げた手を開いて、パーに。そのまま人差し指と中指を揃え、ソレをゆっくりと下ろす。カウント。五、四、三――
「P」
心の中でゼロを数え上げると同時に金床部隊へ『攻撃止め』の指示を出し、槌を叩きつける。
予想外の背後と側面からの敵襲にインセクトゥムに混乱が広がる中、白い雪を踏みつけ、暗闇の中を駆け、強引に包囲を造る。
引き金を引いて圧力をかけて、逃げ道を塞ぐ。
金床部隊に攻撃を止めさせ、逃げ道を造る。
そうして敵を誘導する。死ぬ役目ではない部分、例えば通信機であるコクーンを背負ったウォーカーを撃ち抜き、真性社会生物の群れを群れとして使えない様にする。
選択肢を押し付ける。
こっちの都合のいい様に動かす。
アイリの、金床部隊の射線に敵を追い込む様に動く。当てなくてもいい。圧力をかけ続ければ良い。無理はしなくてもいい。
首を振る。
アイリの傍、少し高い所にいる睦月が拾い、水無月経由で反映されたマップを見る。
首を振る。
マップと、実情を把握。
圧力のかかり具合を見る。こちら側、問題無く追い出し完了。だが反対側が少し拙い。僕程の速度で走れるモノが居なかったせいだろう。穴が開いている。「……」。バレていない。未だ。今は、未だ。だがいずれはバレる。穴から抜けられる。それは拙い。
「……」
金床部隊から人員を出しても良いが――
「葉月」
言いながら駆け寄る。
暗闇の中、緑色の瞳が『なんぞ?』と言いたげに振り返る。それに答えるのは、言葉では無く、手。掬いあげる様に右手で中型の葉月を持ち上げ――テイクバック。
と、と軽く跳ねるようにして走った勢いを止め足に乗せる。
手放したARが背後で、さく、と雪に落ちる音と同時に、腕が風を切る。
――ボールは疲れない。
そんな言葉を残した人が居るらしい。実に良い言葉だと思う。この世の真理と言っても過言ではないだろう。ブラボー。
そんな訳で――葉月・イン・ザ・スカイ。
「着地と同時に火炎放射を」
“訴訟:法廷で会おう!”
送られて来た苦情は見なかったことに。
僕の人外の膂力で以って文字通りに穴埋め要員として葉月が対岸へとぶっ飛んで行く。
道を渡る流星をインセクトゥムが追う。視線が集まる。だから僕はあの指示をだした。
ソレを守り、着地と同時に葉月が火を噴く。オーダー通りの火炎放射。高い難燃性と高い延燃性、そんな二つの矛盾を孕んだ燃料が白の上にぶちまけられ、白の上に赤が広がる。
実情を言ってしまえば、未だにそこは穴だ。
葉月一機なので一番抜けやすい。
だから火が持つ原初の恐怖で穴を塞ぐ。
煌々と揺らめく赤はイキモノを退かせるには十分だ。
「……」
これにて仕込みは完了。
逃がされた獲物は舌の上。それならば――
「それでは行ってみようか、諸君」
――一息。
「やっちまえ」
中隊総員に向けてのゴーサイン。
僕が下したそれに無数の銃火が応えて見せた。




