ドアノッカー
背骨の手術は流石に移動中には出来ない。
そして破棄する街とは言え、手術の為の設備は大きく動かせないし、善良な、尊敬すべき医師と言うのはこんな世界にも確かに存在しており、彼等は逃げ遅れた人々、そしてそんな彼等の為に戦うショウリの部隊の為に残ってくれている。
つまり設備と人はいる。
まぁ、何よりも戦力が足りない。
そんな訳でアイリの手術を行うことになった。
「手術自体はそこまで時間は掛からないそうよ」
だから心配しないで。
薄い手術着を纏ったアイリは呑気な調子でそんなことを言う。
僕はそれどころではない。
ボディラインが非常にはっきり出ている。手術着の薄い紺色と、短い丈から覗く白い太股のコントラストが目を引く。
「……」
果たして僕はどうしたら良いのだろう。
マナーとして目を逸らした方が良いのだろうか?
それとも本能に従って目に焼き付けた方が良いのだろうか?
初恋をつい最近済ませた僕には中々にハードな問題の様な気がする。
「……調子が良くないの?」
ねぇ、と袖が引かれる。
仔猫の様な少し吊り上がり気味の円らな瞳にこちらを心配する色が見てとれた。「……」。心配をしなければいけないのは僕で、心配をされなければならないのはアイリのはずだ。
いけないな。
そう思う。
こ、と軽く額を拳で打って思考を切り替える。そのまま被っていた帽子を手に取り、彼女の頭に。
退職金代わりのダブCの帽子。僕のお気に入りのソレはアイリには少し大きすぎる様だ。軽く被り直し、なぁに? と小首を傾げる。
「プレゼントです。お守りにでもなればと」
「……良く身に付けているからあなたのお気に入りだと思ったのだけれど?」
「お気に入りですよ」
「それなら借りておくだけにするわ」
「いえ」
と僕。何故なら――
「その帽子は戦場で被ってこそ良く映える」
そしてソレは悲しいことに重装歩兵である僕には出来ないことだった。
僕とPを始めとして重装歩兵を中心に組まれた部隊はショウリにより“ドアノッカー”と名付けられた。
生殖種の周りの護衛を叩いて剥がす役割かららしい。
仕事内容的には“ドアクラッシャー”とか“家の二番目の姉”とかの方がしっくり来ていると思う。
「二番目の姉? 貴様のか? 確か名前はツキノだったか?」
とノート程の大きさの端末を弄りながらショウリ。
「……」
僕の名前を呼んだ時点で分かってはいたが、姉の名前も当然の様に知っているらしい。通信網が寸断されたこのご時世、よくもまぁ集めるものだと素直に尊敬してみたり。
「それで、何で二番目の姉なんだ?」
「僕の部屋のドア壊して僕を家から追い出したのがアレなんですよ」
酷い女なんですよ。
そんなことを僕が言うとショウリが無言で手のひらサイズの別端末を手に取り、何かを打ち込んだ。あっちの端末にはそう言う種類の情報が詰まっているらしい。隙を見て壊したり出来ないだ――あぁ、無理だな。正確には無理ではないが意味が無いな。
サッカーボール大の小型モノズよりも更に小さい拳大の超小型モノズ。
鮮度が落ちやすい情報と言うモノを扱うショウリはそんな無数の超小型モノズを大量に使っている。
その中で例外的な二機の大型モノズ。
ショウリの護衛も兼ねているだろうソレの目が、ショウリが端末を弄り終わるのに合わせて光っていた。モノズの方で保管していると言うのならば、モノズのネットワークを使って何機あるのかも分からない無数の小型にまで広がってる。
総数すら知らない僕には全ての破壊は無理だし、次姉の狂暴性の拡散はそこまでして止めることでもない。
「わざわざ来たのは部隊名変更の申請の為か?」
「いえ、姉の名前の付いた部隊名とか御免ですので、部隊名はそのままで」
結構です。
なら? と端末から目を放さないまま、ショウリの片眉が持ち上がる。
「君から貰ったその懲罰部隊のことだ」
「――」
あまり興味を引く内容では無かったのだろう。今度は何の反応も帰ってこなかった。ショウリは端末の中に自分を置いて、次々と戦場に散った彼の目、一つ目どもに指示を出していた。
だから構わずに続ける。
「完全に僕のモノと言う認識で良いのだろうか?」
「どういう?」
「一部は使えない」
腐っている。懲罰部隊に送られるだけの理由がある様な連中だ。能力はあるかもしれないが、使い難い。或いは、能力も無いし、使えない。そんな奴等が居る。
やることが下種過ぎてモノズとの契約が出来ない人間とか本当に要らない。
「だからそう言うのは潰そうと思ってます」
だがその一方で――
「一部使えそうなのがいる」
Pを始めとした職業盗賊の様な連中だ。
職業に貴賎は無い。特に今の世の中なら猶更だ。褒められた職業でなくとも、プロ意識を持ってやっていた彼等はそれなり程度には使えそうだった。
「……貴様のモノかどうかで何か変わるのか?」
「貰えるのであれば、使えそうな部分を頑張って残す様にしようと思います」
「……最後にはちゃんと返せと言ったら」
は、と鼻で笑う様にして僕は椅子に浅く腰掛け、足を組む。
そうしてから態度で、口調で、雰囲気で、ショウリに分かる様に問いかける。
「それ、答えた方が良いですか?」
――答えは分かって居るのに?
この科学の発展した令和の時代に怪奇現象に見舞われてしまったポチ吉です。
なんかね。深夜の三時から四時にインターフォンがなって、出ると当たり前の様に誰も居ないんですよ。
リアル「ん? こんな時間に誰か来たようだぞ?」ですよ。窓は確認した。大丈夫だった。
え? ここ住んで三年近く立つけど今更そういうの? その場合って事故物件ってことになるの? 家賃安くなるの? みたいなことを考えましたが、ポチ吉はスピリチュアルにも理解がある系男子なので、変に攻め立てず、おはらいとかも勘弁してやろうと思います。
でもな。
平日はヤメロ。
明日何もないお前とは違うんじゃぃ! 仕事があんねんぞ!
そんな訳でAmazonで宅配BOXを購入して、インターフォンの電源を切りました。
悪霊退散(物理)。




