帽子を貰う
トゥースの生体兵器は文字通りに生きている。
僕の大楯もそうだ。
僕を含めて六人の子供を産んだお母さんだが、流石に今の僕の身体を隠せる程の大楯を産み落とすことは無理だ。
大楯は小さい状態で産み落とされ、そこから甲殻で覆われたインセクトゥムの死骸などを食べて今の大きさへと育ったのだ。
工場で造られる兵器と比べると性能のバラつきが大きくなるが、性能が良いものは極めて良い。そしてそう言った性能が良いものを造る、いや、産み易くするのが血の濃さだ。
僕のお母さんのランクはB。
更には取り込んだ遺伝子を強化して孵す傾向の強いEgg型。
そんな彼女に造られた僕の大楯は極めて性能が高い。
そして、今、そんな僕の大楯が――アイリの射撃の的にされていた。
「何をしているのでしょうか?」
立てかけた僕の大楯に自動拳銃の弾丸を叩き込み続ける彼女に低い声で僕。
惚れた相手とは言え、何をされても平気と言う訳では無い。
僕の最も信頼する武器であり、遺伝子的には僕の弟とも言える大楯に対するこの扱いは流石に――面白くない。
「……もしかして、おこってる?」
「少しな」
「ごめんなさい。でも大事なことだと思って」
「何がだ?」
「貴方の盾に当たった弾がどう言う風に跳ね返るのかを覚えておくのが」
貴方の盾は壊れても治るし、形が変わらないと聞いたから、と彼女。
「……」
言い訳にしても奇妙なので、本気でそう言っているのだろう。少しズレた彼女の答えは一般人である僕の感覚では上手く処理できない。
しゅん、とうつむき気味に。
叱られた仔犬の様な雰囲気を醸されると、どうにも怒りを持続するのが難しくなってしまう。
「……背骨の入れ替えをするんだろ?」
「? えぇ、そうね」
「そうなってしまえば君は傭兵だ。傭兵は自分の装備を大切にすると言うことを覚えておいて欲しい」
「わかった。……貴方の大切な物に酷いことをしてしまってごめんなさい」
ぺこ、と両手を揃えて深々としたお辞儀。
アホ毛がぴょこんと揺れていた。
ダブCを首になった。
と言うか成るしかなかった。
甘い、甘い、ショウリの毒。誘惑に逆らえるはずもなく、飲み干した結果だ。
いや。
そもそも僕はアイリから離れる気が無い。
僕がこの仕事に引き摺り込んだと言うのも理由の一つだが、彼女は言ってくれたのだ。僕に夢を見せてくれると。それだけで僕が彼女の横にいる理由は十分だ。
だから首になったことに文句は無い。傭兵業界において僕の名前に傷がついたと言う人もいるが、元々ニートになろうとしていた身だ。正直に言わせて貰えるのならば、傷がつく名前が有ったことに本人が一番驚いている。そんな訳で――
「お世話になりました」
ぺこり、と上官殿に頭を下げる。
暫くの沈黙の後、返って来たのは盛大な溜息だ。
「一応、言っておく。貴様の一族が本社のブラックリストに乗った」
「……そこまで僕の勤務態度は悪かったのでしょうか?」
「いや? 優秀だったよ。お前も、お前の親父さんもな」
「……」
あー、と成る。
そういうことか。
「優秀な癖に抜けて、それもタタラ重工系列の別会社どころか別系列の会社に移るからな」
「それは……親子二代に渡って申し訳ない」
「……親父さんのこと、知ってたんだな?」
「ここの帽子が欲しくて入社しましたので」
CCのロゴが入った帽子。お父さんが愛用していたそれに憧れたのがカンパニー×カンパニーを選んだ理由だ。
「ふん? そういうことなら退職金代わりにその帽子はくれてやる」
「……やすい」
思わずそんな言葉が零れる。流石にそれは……。
「本来ならゼロだ」
「大切にします」
そう言うことならば、と僕。
そんなやり取りが有った次の日、上官殿とミツヒデを含むダブCの社員の皆様は最後の護衛対象と一緒にスクルート・セカンドを旅立って行った。
ダブC社員としての最後の仕事として彼等のトラックに荷物を積み込む僕の横で、アイリが弟と妹、レンとレイを抱きしめていた。
ショウリの計らいで双子はVIP待遇で安全圏へ行くことになっている。
戦場に残った姉。アイリ。彼女を生かして再会させるのがフリーランスとなった僕の初めての仕事と言う訳だ。
「傾注せよ!」
凛とした女性の声がブリーフィングルームに響く。
短く、強い語気で発せられたソレに室内の人間は反射的に背筋を伸ばして声の出所に視線を向ける。
そうしてから出てくるのが子豚の様な犬だと言うのだから中々にクソッタレだと思う。
ムカデを纏って尚、戦闘がこなせるようには見えない探査犬はスクルート・セカンドの地図の前に立つと一度、こちらを見渡す。僕と、僕の横でアルをクッキー生地の様に捏ね回して骨抜きにしているアイリを見ると満足そうに頷いた。
僕だって馬鹿では無い。
情報は集める。まして僕を手の平で転がしてくれた相手のことならば猶更だ。
仕事の合間の片手間。更には人が逃げていく街と言う状況では中々に困難だった。
更に対象が情報を武器にする犬と言うこともあり、ダミー情報を噛まされない様に徹底して疑う必要もあったので、得られた情報は多くない。
ショウリがクローン人間であると言う都市伝説をアレンジした様な情報が『それなりに信頼できる情報』として挙がって来たと言えば僕の苦労を分かってもらえるかもしれない。
完全にあの子豚の様な男に遊ばれている。
それでも一つ。
彼に関する情報で、確実なモノが一つ、拾えた。
隠す気も無かった――むしろ知らせる気だったのだろう。
――弱者を救う為なら手段を選ばない男。
救われる対象、ショウリに感謝するはずの当の弱者に分類される者達にすら、その言葉で恐れられる男。
それこそがショウリ・スクルートと言う男の本質だ。
「……」
狙撃手に憧れた様に、僕はドギー・ハウスの犬にも憧れたことがある。
アイリ然り、ショウリ然り、どうやら僕の憧れたモノに手が届く人達は何処かがおかしいらしい。
あぁ、だが、思い返してみればその憧れの原因になった男自体、壊れた機械の様な男だった。
僕の様に真っ当な感覚を持って居る男は相応の夢を持った方が良いと言うことなのだろう。
そんなことを考えながら、アイリの膝の上でひっくり返るアルに手を伸ばして僕も捏ねてみた。
おまえんち、ブラックリスト入りー!!




