第1話「アップデートとスタンピードと」
アーペント伯爵の娘、レシア・アーペントと出会って、お詫びとお礼をしたいからと屋敷に連れられて、パーティーに参加させられたと思ったらだ。
「なぜそうなる」
これが正直な感想だった。
『私、レシア・アーペントはシロウ・エサカとの婚約を発表する!』
パーティーの会場でいきなり言われたときはいろいろと驚いた。驚いたのは俺だけじゃない。
当たり前といえばそうだが、はじめて聞く名前の平民と伯爵家の娘が婚約など前代未聞すぎるだろう。全員驚いていた。
今日一日、いろいろありすぎたと思いながらベッドに腰掛け、兵士の能力を確認していた。
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リザルト
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戦闘相手:騎士王国軍第4歩兵軍団、ゴブリン、レシア・アーペント、騎士王国暗殺部隊、ドラゴン
戦闘結果:勝利
成績
殺害:300×1 684×100 4×30 12×200 小計92820
制圧:1×2000
撃退:1×50000
合計:144820
所持クレジット:144820
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総合ログ
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0620時 ダークエルフと交戦……勝利
0735時 騎士王国軍第4歩兵軍団と交戦……勝利
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0700時 ゴブリンと交戦……勝利
0815時 レシア・アーペントと交戦……制圧
0824時 騎士王国暗殺部隊と交戦……勝利
0846時 ドラゴンと交戦……撃退
1730時 パーティーでの舌戦……勝利
1734時 システムアップデート開始
1758時 フォーマット完了
1815時 システムアップデート完了
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ん?
どういうこと?
フォーマットって何?
…
……
………
…………まさか
ない!
急いでストレージを確認したら召喚された時に着ていた制服一式となんとか持ち出すことに成功していたメッセンジャーバッグ以外のすべてのアイテムが消えていた。
「パッチノート?」
………………
パッチノート
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GMコールの追加
アイテム類の初期化
レベルシステムの導入
ステータスシステムの変更
サバイバルピュアーの削除
ストアの一新
課金アイテムの購入方法変更
銃器類のロック及びツリー化
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「ふざけるな」
感想など求められてもこの一言に凝縮される。
レベルは当然1で、購入可能なアイテムはけして強いとは言えないモノばかり。さらにアンロックシステムの実装……ほとんど大戦中の物か猟銃しか購入できない。
とりあえずサイドアームは召喚時に携行していたシグマをホルスターに入れ、ズボンの内側に取りつける。
メインアームはステアー・スカウトを購入。弾薬を.223rem.に設定、バイポットをキャンセル、|可倒式のゴーストリング《バックアップ》サイトに蛍光塗装を行い、ストックをワンピースタイプから独立型ピストルグリップに変更……これで2万8000クレジットだ。
その他マガジンやベルトキット、ポーチ類、被服類を購入して合計で5万3000クレジット。残金は9万クレジットだ。
…………
翌日、朝
ルーメルア王国
アーペント伯爵領
領都クライル
アーペント伯爵家本邸
2階食堂
「ごめんなさい。今日の予定だけど急用が入って延期になってしまったわ」
一夜明け、朝食の席でレシアの口から出たのはそんな言葉だった。
昨日のパーティーの後、伯爵家の使用人や家臣たちに紹介する。という予定があったのだが、急用とやらで中止になってしまったようだ。いったいどんな用事なのだろうか。
どうやら伯爵家が管理する迷宮で暴走の兆候が見られ、発生規模の抑制のために間引きをすることになったのだと言う。
なぜそんな危険なことをするのかと言うと、先頭に立ち、領民たちの手本となるのが義務であるからと言う。所謂、高貴なる者の義務と言うわけだ。
昨日のゴブリンとの戦闘でクレジットが取得できていたので、金策の為に俺も参加することにした。
朝食の後、すぐに出発することになった。よほど緊迫しているのだろう。空軍のアラートほどではないが、産業革命前後であることを考えれば十分に早い。
食べ終わったあと、すぐにトイレに行き、膀胱の中身を絞り出してから部屋に戻った。部屋に入り鍵を締め、ストレージから必要なものを取り出し、ベットの上に並べる。
服を脱ぎ、赤外線放射抑制加工や難燃加工が施された戦闘迷彩服5型上衣と戦闘迷彩服5型下衣に着替え、シャツのスソをパンツの中に入れベルトを締める。
次いで戦闘半長靴を履き、紐を締め余った紐をねじ込んでおく。
ベルトキットの前方部分にステアースカウト用の弾倉嚢を4つ装着し、バランスを整える。ベルトの左後方に空弾倉入れを取り付け、右側にユーティリティポーチを取り付ける。
右腰外側にインサイドホルスターを取付け、ヒップホルスターの代用とする。ホルスターの中にはシグマを入れ、左太腿部にシグマ用のマガジンポーチを2つ取りつける。
さらに、ベルトキットにベルトリテンショナーを付け、マガジンを抜いた時にベルトが上にずれないようにする。
ベルトキットのサスペンダーにガーバーMk2を取り付け、左胸辺りに固定する。
最後にベルトキットに取り付けたユーティリティポーチの右側に水筒を取り付け、人差し指と中指を切りオープンフィンガー仕様に改造した軍手をダンプバッグに入れ準備完了だ。
…………
「こっちよ。乗って」
「おう」
装備を整え、駐車場に出ると目の前に駐車されていたオープントップのピックアップトラックのような車に乗ったレシアに促されて後ろの荷台に乗る。
「車なんてあったんだな」
騎士王国では馬車しか見なかったから車などないものだと思っていたが、顔に出ていたのかどうしたのかと聞かれたからこう返した。
結果はどんな片田舎ら来たのか?と聞き返されただけだが。
…………
舗装道路のはずなのにまるで不整地の様にポンポン跳ねまくりながら時速約30キロメートルで猛進するピックアップに揺られること1時間……ほぼ全員がぐったりとしたときようやく到着した。
俺は、全員に三半規管の信号を一時的にリセットする魔術を掛けながらトラックから降り、上を見上げる。
多数の黒煙が上がり、焼け落ちた旗が掲げられているボロボロの砦を見上げた。いまだ、金属を打ち付ける音が聞こえることから完全に陥落したわけではないだろう。しかし、陥落寸前であることは確かだ。
………………
直接付与型状態異常回復術式『|空間識失調回復《VertigoRecovery》』
前庭神経の信号伝達を一時的に遮断し、その間に三半規管内部のリンパ液に対し、慣性力無力化術式をかけることで異常信号を是正する術式。
現在の名称は空間識失調の回復用に開発された術式であるためVertigoRecoveryとされているが、航空機だけでなく車酔いや船酔いなどにも使用可能である。また、メニエール病の回転性めまいへの一時的処置としても使用されている。
また、全身を発動領域とした加重系術式を併用することで対G能力の向上が確認されているが、高G実戦環境下でそのような高度な術式行使が可能であるかは言うまでもない。しかしながら、高コストではあるがチャフ投射ボタンの横に増設したボタンを押すことで作動する「刻印式の条件発動型術式」を仕込むことで1回だけ使用可能とする試みがされているがコストが高く、飛行領域拡張試験時にスピン回復シュートと併用する。という運用がとられている。(一般向け説明では科学によって実現したとしている)
魔道技術の発達により高G旋回中でも発動可能な発動補助装置が開発されたが、西暦2030年代から西側諸国も旧ソ連式のプレシャースーツ兼用の耐Gスーツが標準化されたため11Gでも40秒程度意識を保つことが可能となり瞬間的に17Gの荷重に耐えられるパイロットも増えてきている。
今後、この術式は乗り物酔いの回復が主用途となっていくと予想されている。
◯用語解説コーナー
高貴なる者の義務
貴族は後方でふんぞり返るのではなく、イスカンダル大王のように『我に続け』と言うよな奴でないと駄目だろう。という考え方。
○武器紹介コーナー
・ステアー・スカウト
ステアー・マンリッヒャー社が1998年に発表したボルトアクションライフルであり、昔から存在したスカウトライフル(小型軽量で高視野角型オプティカルサイトを備え標準口径.308Winなどを特徴とした汎用ライフル)をAUGでの合成樹脂技術を生かし、工業製品として生産したものである。
本作では現時点で召喚可能な銃器(1945年8月15日以前に採用された。もしくは試作がされるも正式配備に至らなかったものor猟銃)という制限内で、小型軽量安価と三拍子そろっている上、十分な性能を持つ中距離火器として使用される。近距離戦では私物のS&Wシグマを使用し、長距離戦闘は最初から捨てるという潔い節約志向により召喚ポイントを節約している。