第1話「第17特別軍刑務所にて」
第2部第1話 初稿
……………………
統一歴1903年5月3日。ルーメリア王国北東部の軍刑務所に一人の陸軍中将が訪れた。
「影の国防研究所。か……」
第17特別軍刑務所。それがこの軍刑務所の正式名称だ。だが、ここに収監される戦争犯罪人が多数の国防研究論文をかきあげていることから国防研究所と呼ぶ人間も多い。そもそも、この刑務所を運営する憲兵達がその戦争犯罪人に敬礼をする。という異常事態からしてこの刑務所の存在意義がわかる。
「アーペント予備役中将と面会の約束をしているのだが…」
「はい。伺っております。こちらにどうぞ」
===
===
「閣下、お久しぶりです。お変わりないようで」
「やめてくれ。俺は予備役だし戦争犯罪人だぞ? それも100万人の民間人を殺した。現役中将が頭を下げるな」
シロウ・アーペント予備役中将。それがこの刑務所に収監されている唯一の囚人だ。まもなく完了する陸軍第4次編制を考案したのもこの人であり、多数の新兵器や新戦術の立案も行っている。言わば王国陸軍の軍神のような存在だ。
「それで? 陸軍参謀本部副議長殿はこの予備役にどのようなご要件できたのかな?」
「イジワルしないでください。わかっているでしょう?」
全くこの人は… と思いながら両手を上げ本題に入る。王国は再び危機に陥ろうとしているのだ。じゃれ合いはこの程度にしなければならない。
「騎士王国に再軍備の兆しがあります」
頑固者に協力を要請するときは、まずインパクトを。そうレクチャーしてくれたのは目の前の男だったな。と思いつつ切り出す。幸いにして興味を持ってくれたようだ。
「思ったより遅かったな…」
「それはどういう意味ですか」
だが、予想外な方向に興味を持ったようだ。思わずその意味を聞いてしまう。
「ランドルフ条約では『欧州正面配備の』軍備を制限した。南方大陸や極東地域では制限をかけていない。やりたければ直後に軍拡することもできた」
「しかし、条約によって兵站強化が半ば強制されて正面戦力の整備に乗り出せなかった。が、兵站という土台ができているのだから軍拡は容易である。と?」
「ああ、そうだ。10年かかるとは思わなかった。1年かからず革命が起きて前王家がした約束事は守る必要性なし! と言われると思っていたからな」
思いの外、皇帝官房第3部とやらは優秀なようだと続ける目の前の男に言い知れぬ恐怖を感じる。実際、国家保安省のレポートが正しければ革命画策罪なる罪状で250万人が拘束されているらしい。
「騎士王国の軍拡はいいだろう。それで? 何をさせたい?」
「はい。再び王国に侵略を画策した場合、我々はどのようにすればいいのか論文を書いていただけませんか?」
「まぁ、そのぐらい言われなくとも今しているところだが、本当にそれだけでいいのか?」
「……と言いますと」
「特殊部隊。…これでわからなければこの国はやばい」
軍司令部直轄と言う形で特務歩兵大隊が設置されるようになった。一見これは特殊部隊の増強に見えるがその実教育が追いついておらず、101などの精鋭部隊から基幹部隊を引き抜くことで体裁を整えている。そのため練度の低下は著しく、一部部隊では作戦行動が不可能と言う判定が下るほどだ。それを理由に特殊部隊廃止を叫ぶ高級将校が意外に多く、軍内部で特殊部隊廃止論者が急速に勢力を増している。
だが、シロウ・アーペント予備役中将がエサカ姓を名乗っていた時からの部下である彼からすれば、絶対的な兵力で劣るルーメリア王国が大規模軍事衝突で生き残るには強力な特殊部隊が必要だというのは肌で感じていたことだ。いくら装備が優れていると言えど、ルーメリア王国軍が騎士王国軍に対して18倍のキルレシオを発揮できたのは特殊部隊が有力な指揮官を暗殺したり、補給部隊を襲撃したり、ハラスメント攻撃で敵軍の士気を低下させたり、ゲリラ攻撃で部隊機動を阻害したりしていたから。と言うのが大きいことは様々な資料からわかり切っていた。
だが、地球でもそうであったように特殊部隊や狙撃手と言う存在は卑怯者と呼ばれることが多い。特殊部隊にのみマルチカム迷彩服とJPCが官給されていることから憲兵隊による特殊部隊狩りが横行していた。
そのような現状を打開するためには、強力なリーダーシップが必要だというのはこの軍刑務所に来る前から考えていたことだ。流石にわかってきた。戦いの場に返り咲きたいのだということが。
「分かりました。私の権限でシロウ・アーペント陸軍大佐を第101特務歩兵大隊隊長に補職します。加えて、SRCを陸軍参謀本部直属から第4中隊として配属させます。自由に使ってください」
第101特務歩兵大隊は現在、クラリス特殊作戦センターの陸軍統合特殊作戦訓練学校隷下の教導部隊として活動している。そこに入れれば、練度問題は何とかなるはず。
「俺が陸軍大佐? A級戦犯を現役陸軍大佐って…お前正気か?」
「私は正気です。A類戦犯なのは平民のシロウ・エサカ陸軍中将であって、男爵家当主のシロウ・アーペント予備役中将はA級戦犯ではありません。平民と貴族は別個に管理されるので、大佐がレシア嬢と結婚した時点でシロウ・エサカは死亡した扱いになっています。
…それとも。大佐では不満ですか? その上の代将ならば、時間を掛ければ手配可能ですが」
「いやいい。代将って言っても『代将たる大佐』だ。つまり基本的には大佐でしかない。俺が言いたいのは階級が高すぎるということだ」