第7話「越境(後編)」
「十分に発達した科学は魔術と見分けがつかない」
Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.
──アーサー・チャールズ・クラーク──
………………
「ぐっ……虜囚の辱しめは受けんぞ!!殺せ!!」
「っ!?」
完全に固められ、いくら暴れようとも身動き一つ出来ない事を悟ると覚悟を決め、そう叫んだ襲撃者だったが、俺はその言葉を気にしている余裕は無かった。
何故なら、押し倒した際の衝撃で捲れてしまったフードとはだけた外套の中から現れたのは、そこいらのアイドルとは比べ物にならない美女が俺の視線を強く惹き付けた。
「………盛り上がってる所悪いけど、殺すつもりはないから。というかどうせ口で説明しても耳を貸さないと思ったから先に制圧しただけだから」
…
……
………
…………
「へっ?」
長い沈黙の後、襲撃者改め、彼女がひねり出すことに成功したのはそんな短い言葉だった。
しかし、短い言葉ながら再起動に成功したようでちゃんとした文章が出てきた。
「……面目ない……家の者からこの辺りに騎士王国からの密偵がいるようだという報告を受けていたものだから、密偵だと勘違いしたようだ……」
「まぁいいさ。勘違いで襲撃された恨みはその密偵にぶつけることにするから」
「そう言ってくれると助かる、とっ自己紹介がまだだったな。私の名はレシア・アーペント。この地一帯を治めているアーペント伯爵家の長女だ」
「ッ!……俺は江坂士郎。騎士王国から逃げてきた者だ」
伯爵家の長女ッ!職業柄、イギリスの貴族と会う機会はまあまああるが面倒くさい思い出しかないんだよな。その仕事が警護任務だったり、救出任務だったりするのが原因なんだろうけど。
畏まったほうがいいのかね?
貴族と聞いて畏まった態度を取ろうか悩んだが、畏まらずむしろ不遜と取れる態度を取った俺の姿に嬉しそうな表情を浮かべたレシアを見て俺はこのままの態度で行くことにした。
「珍しい名ね、シロウと呼んでも?」
「…あぁ、いいよ」
なんか……グイグイ来るんだけどこの人。あれか? 身分がばれても気さくなな態度を崩さない相手に喜びを感じる、庶民派貴族なのか?
「ん? ちょっと待って、密偵にぶつけるってどういうこと?」
俺はその問を無視して右手を前に突き出し、右手を基準に圧縮術式とベクトル偏向術式を展開した。術式により右手を中心に直径40センチの空気の塊とその表面に強力な反発力が発生した。その直後、通常のモノより太く、短い矢が飛んできた。それは、最初の反発力により運動エネルギーが削がれ、空気の塊により運動エネルギーがさらに半減、都合して元の3分の1程度まで減衰しプレキャリで止められた。
「キャッ!?シロウ!?」
クソ痛てぇ!
プレキャリではじかれたボルトが防護されていない俺の右腕にに矢が深々と刺さっていた。
「ちょっとシロウ!?どうしたの――キャアァァ!?」
「ぐがっ!!」
顔を苦痛に歪めた俺の姿に異変を感じ取ったレシアが騒ぎだした直後、今度は俺達のすぐ近くで爆発が起こり衝撃波と爆風が襲い掛かってきた。
魔力を観測したからファイヤーボールのような投射型攻撃性魔術改変術式の一種だろう。地球の魔術では座標指定発動型の登場により非効率と一刀両断され沙汰されたが、防護型グレネードと同等の威力がある。生身の状態では脅威であることは確かだ。
爆風をモロに浴びた自分の体の惨状を見て、俺が愕然としているのをよそに俺達を襲った下手人達が続々と姿を現す。数は12でいずれも武装し臨戦態勢を取っているが生きてるとは思っておらず、死亡確認かとどめを刺しに来た。という感じだ。
「今のはちょっとばかし痛かったぞ?」
「貴様……なぜ生きている?」
草むらの中から立ち上がった俺を見て死んだものと思っていた襲撃者達は警戒度を引き上げた。
無理もない。クロスボウから魔術攻撃までの一連の流れは容赦などかけらもなく普通なら運悪く瀕死の重症というのが関の山だろう。しかし、服や装備はボロボロだが普通に立ち上がったのだから。
「ッ!?」
「……何者だ、貴様」
インナーとして着ていたナノスキンスーツが止血とテーピングを自動で行い無事だったユーティリティポーチから取り出した治療用ナノマシンアンプルを右腕にあて完全に治療をしているのも見て聞いてくるが正直に答えるつもりはない。
「ただの旅人」
「さてと……まずはお礼をしないとな。もともとぶつけるつもりだったがーーレシア、ここから俺の八つ当たりだ。下がってろ」
「いいえ、シロウ。もともとコイツラを倒しに来たのよ。だから私達の戦闘よ」
おとなしく下がるとは思ってなかったがだめだったか。
「チッ!戦闘は想定していなかったが、任務をこなすだけだ。油断せず全員で一斉にかかって確実に仕留めるぞ」
「「「応!!」」」
「行くぞ!」
リーダーの掛け声で俺達2人に向かって12人の男達が向かってくる。
俺は無事だったあるものを手に取り砲丸投げの要領で密偵たちの手前になげ、レシアを押し倒して地面に伏せる。
「こうも上手くいくとは……」
正直、何人かはこちらに辿り着くだろうと考えていたのだが、ものの見事に全員がグレネードの餌食になってくれた事に俺は軽く驚いていた。
「シロウ。貴方何をしたの?」
かろうじて生きてるやつの頭に9ミリルガー弾をプレゼントして戦闘終了。俺の一連の行動を見ていたレシアが唖然とした顔で俺に問う。
「その、なんだ?ちょっと特殊な魔法が使えるんだよ。それより早く移動しよう。音に反応して魔物が来るぞ」
「えぇ、そうね。とりあえず移動しましょう」
……………
20分後
「なぁ、レシア、あれはなんだ?」
「……」
俺は西の空に見えた赤い鳥を指で指しながらレシアに聞くが、答えが帰ってこない。
「……あれはドラゴンよ。なぜあんなところに」
ドラゴンと聞き改めてファンタジー世界に来たのだなと思う。
ドラゴンがどのような生態をしているかは知らないが、何も無いただの森を焼く習性があるとは思えない。米軍ですらベトコンがいなければ焼かないのにただの動物にあるとはなおさら思えない。つまり何かがあるということだろう。
かすかに悲鳴と兵士を鼓舞する声が同じ方向から聞こえる。恐らくはドラゴンに襲われているのだろう。良くわかないが、排除したほうが良さそうだ。ストレージから取り出したバックパックを地面に置き、その上にバレットM82を依託し、寝そべる。
「…何やってんの?」
距離1400メートル、風…右から2メートル。狙いはドラゴンの目。打ち上げになるから弾丸の落下を考慮し、少し上に……
「スー、ハーー………」
〔ズドォン!〕
「キャァァ!」
スコープの中で目に照準が重なった瞬間、重めに設定されていたトリガーを絞り、轟音と強力な衝撃波を残し、.50BMG弾は毎秒800メートル以上でまっすぐに飛翔、右目のすぐ横に着弾し、ドラゴンは悲鳴を上げて逃げていった。
「すごい………」
ドラゴンを撃退したことに唖然としたレシアが再起動したのは3分後であった。