第4話「情報戦の勝利」
第8章第4話「情報戦の勝利」
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「提督! 前衛警戒部隊より入電! ルーメリア王国軍ノモノト思ワレル2等巡洋艦ヲ発見セリ! 同巡洋艦ハ直チニ反転、射程外ニ退避ス! 以上であります」
「戦務参謀、ルーメリア王国軍の戦艦は何隻だったか?」
「9隻であります」
「対する此方は25隻だ。なぜ、ルーメリア王国海軍は決戦を挑んできた? 負けるのが決まっているではないか?」
ランチェスターの法則によればその戦力比は81対625である。もはや絶望的とかそんな次元ではない。どんなアクシデントがあろうとルーメリア王国側が全滅することは変わりないだろう。だからこそ、無邪気に喜べるような海軍軍人はいない。明らかにおかしいからだ。この時代にはまだランチェスターの法則は提唱されていないが、兵力差3倍で実際の戦力差は10倍にも及ぶ。ということが経験則的にわかっているため、9対25は慢心でも何でもなく、負けることの方が難しいと考えられた。
まぁ、(有名な方の)ランチェスターの法則を適応するためには『同じ軍に属する戦闘員個々人の資質・能力はすべて等しい』『戦闘には軍の全体がかかわる』『戦闘の激しさはどの時刻でも一定である』『両軍の人数は非常に大きく、両軍の人数は時間微分できると近似しても問題ない』という仮定が必要になるわけだが、そうすると主力艦同士の艦隊決戦においてはほぼそのまま適応できるのが面白いところだろう。
地球においてドレッドノートの就役以来、各国海軍が大艦巨砲主義にそして、日本海軍や漸減邀撃作戦や大和型戦艦の建造に走ったのはランチェスターの法則の2つ目の仮定『戦闘には軍の全体がかかわる』が大きくかかわる。これはつまり『両軍の人員は全員がその射程内に入っていること』と言い換える事が出来る。では、射程外から一方的に砲弾を叩き込んだらどうなるのか? ルーメリア王国海軍のランドルフ級戦艦がその主砲を適切な交戦距離で叩き込んだら兵力比は3対1であり、戦力比においては9対1であった。
つまるところ、戦力比81対625(実際には前弩級戦艦2隻は沿岸艦隊配備の為49対625である)というのは射程の長さを無視した従来通りの近接砲撃戦に終始するであろうという騎士王国海軍の戦局予測そのものが間違っていたのだ。(というよりのその交戦距離の長さを維持するために戦艦の建艦競争が起こったのであり、主砲口径が異なる戦艦同士を単純比較することは不可能となっていた)バルト海は内海であり、荒れ狂う北海や大西洋に比べればまだ波が穏やかな海であるため、長距離砲撃戦の命中精度は多少マシになるであろうことが予測された。ただ、それでも基本的な遠距離砲撃戦命中率が数%に過ぎないことは変わりない。
つまり、勝負は騎士王国バルチック艦隊唯一の弩級戦艦を戦闘不能に追い込む前に騎士王国軍がルーメリア王国軍を射程内に収められるかにかかっている。のだが__
「もしや……、王国海軍は水雷突撃にかけているのかもしれない」
この一言が、騎士王国海軍を間違った方向に進ませた。騎士王国軍治安情報総局はルーメリア王国海軍の主力艦部隊の指揮官がミッターマイヤー中将という青年学派の出世頭である。という事実を突き止めていた。反乱以来、陸海空ともに急速な軍拡が進む『ルーメリア王国を名乗る反徒ども』は深刻な将校不足に陥り(この点において、度重なる大損害で将校以前に人員や装備の面で深刻な問題が生じている騎士王国陸軍も人のことを言える状況にないが)経験が足りない若年将校が多数いることを考慮しても弱冠33歳にして中将に任命されている(なお、西暦3599年には弱冠33歳の元帥が生まれるようだ)のは王国海軍内で青年学派が一定の評価を受けていると考えるほかない。
ならばこそ、水雷艇を『戦場で専門的に撃破』するに事足りず、『艦隊編制そのものから完全に抹殺する』程の能力を持つ駆逐艦を生み出したのだ。さらに、戦艦に準ずる砲撃戦能力と装甲防護能力を持ちながら、駆逐艦と同等かそれ以上の雷撃戦能力と艦隊司令部要員を収容可能なほどの指揮能力を併せ持つ、重装甲巡洋艦を完成させ、嘗ての嚮導水雷艇に匹敵する運用がなされていると思われる軽装甲巡洋艦を完成されているのだ。さらに、軽装甲巡洋艦の配備により旧式化するであろう偵察巡洋艦の砲熕兵装を減じて、水雷戦兵装の拡充に努めた重雷装巡洋艦なる計画があるという。これはもはや、国力差が妙実に現れる戦艦の数比べを脱却し、水雷突撃に希望をかけたのではないか? つまるところババ抜きで不利だったから勝手にポーカーに挿げ替えたのではないか? そう言った治安情報総局の軍事情報部門の分析にもうなずけるものもある。
だからこそ、偵察巡洋艦3隻を前衛に水雷艇駆逐艦、艦隊水雷艇、防護巡洋艦という順番で5重の『へ』或いは90度回転させた『く』のような陣形を敷き、その後方に戦艦と装甲巡洋艦による複縦陣を引いた。これはいわば、海軍版パンツァーカイルというべき陣形であり、ある程度の周辺警戒能力とある程度の側方攻撃力を備えつつ、前方空間に対する絶大な火力集中を期待できるというすさまじい陣形であった。ただ、その半面で複雑な陣形であるためよほどの練度がなければ統制を取れず、陣形として機能できないことがある。それはヘルマン・ホト上級大将指揮の第4装甲軍がソ連の強固な防衛戦を突破した一方で、ヴァルター・モーデル元帥式の第9軍が突破に失敗した事からもうかがえる。
まぁ、騎士王国軍にそんな意図はなく、とにかく、何が何でも水雷突撃を阻止して見せるという決意の表れであった。前方から突撃してきた場合は可及的速やかに単横陣に移行し、ブロック。側方からであれば、いったん中央で分割することにより梯形陣に移行し、そこから単縦陣に移行することでブロック。ということを考えていた。
……あれ? あまり変わらないような。いや、そんなことは無い。そのはずだ。…多分…恐らく……きっと。 いや! パンツァーカイルの最前列はティーガーⅠだったはずだ。つまり、これを海戦に置き換えるのであれば、最前衛に来るのは戦艦のはずだ。よかった、少し違う例をを上げといてそこから否定する段取りが崩れたかと思ったぞ。と言う一幕があったのは秘密である。