第3話「艦隊出動!」
第8章第3話「艦隊出動!」
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ルーメリア王国は世界中から注目されていた。何故なら、世界に先駆けて『長距離砲撃戦だけを行う戦艦』を完成させた国であるためだ。だが、その海軍事情はお寒い限りであった。
現在主力部隊として第1から第3までの3個艦隊が編制されているがその艦艇充足率はひどいものであった。唯一定数が配備されているの旧式艦主体の第3艦隊であった。
1892年6月時点で就役した艦艇は戦艦3隻、重巡洋艦5隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦11隻、特殊揚陸艦1隻だけであった。
ルーメリア王国海軍は中央作戦本部より海軍作戦要綱第7号を受領。これに合わせて戦時臨時編成を実施した。
東部方面艦隊
打撃艦隊
第1艦隊
第1戦隊 弩級戦艦3隻
第1水雷戦隊 軽巡洋艦1隻 偵察巡洋艦1隻
第1駆逐隊 駆逐艦4隻
第2駆逐隊 駆逐艦4隻
臨時配備 第3戦隊 前弩級戦艦4隻(第3艦隊より派遣)
第2艦隊
第5戦隊 装甲巡洋艦4隻
第2水雷戦隊 偵察巡洋艦1隻
第3駆逐隊 駆逐艦3隻
第4駆逐隊第1小隊 水雷艇駆逐艦2隻
臨時配備 第4戦隊 重巡洋艦5隻(第1艦隊より派遣 第5戦隊より重巡1隻を派遣)
臨時配備 第9戦隊 偵察巡洋艦3隻
第15戦隊
特設補助空母1隻(艦載機は戦闘機6機+偵察機4機)
第9駆逐隊 水雷艇駆逐艦2隻
沿岸艦隊(第1軍集団の支援)
第2戦隊 前弩級戦艦2隻 装甲巡洋艦2隻(第2艦隊より派遣)
第6戦隊第2小隊 装甲巡洋艦4隻(第3艦隊より派遣)
第1強襲揚陸隊
揚陸艇隊群
第2輸送隊 汎用揚陸艇8隻
臨時配備 第3輸送隊 汎用揚陸艇4隻(戦時急造)
第4輸送隊 中型揚陸艇8隻
臨時配備 第16野戦重砲連隊
第4駆逐隊第2小隊 水雷艇駆逐艦2隻
第7駆逐隊 艦隊水雷艇5隻(モスボールより復帰)
臨時配備 第11戦隊 装甲巡洋艦3隻(モスボールより復帰)
第12戦隊 防護巡洋艦6隻(モスボールより復帰)
第13戦隊 防護巡洋艦3隻 装甲帯巡洋艦2隻(モスボールより復帰)
第14戦隊 沿岸水雷艇8隻(モスボールより復帰)
民間予備輸送隊第一輸送区分 特設巡洋艦4隻
特設水上機母艦4隻
特設砲艦8隻
警戒艦隊
第3艦隊
第6戦隊第1小隊 装甲巡洋艦4隻
第3水雷戦隊 偵察巡洋艦2隻
第5駆逐隊 艦隊水雷艇4隻
第6駆逐隊 沿岸水雷艇8隻
臨時配備 第8駆逐隊 沿岸水雷艇6隻(モスボールより復帰)
第23戦隊 特設巡洋艦8隻
第1水陸両用連隊第1大隊
第2水陸両用連隊第3大隊
第3水陸両用連隊第1大隊
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その、なんだ……。臨時配備が多すぎて練度がちゃんと保てているのか非常不安であるが、……何とかやっていけるだろう。なお、対するバルチック艦隊の戦力であるが前弩級戦艦27隻、装甲巡洋艦25隻、防護巡洋艦11隻、偵察巡洋艦3隻、水雷艇駆逐艦15隻、艦隊水雷艇11隻、その他特設船舶8隻である。このうち、前弩級戦艦2隻と装甲巡洋艦6隻、水雷艇駆逐艦2隻、艦隊水雷艇3隻がコブ半島の付けに分遣されていた。これらの警戒は同時に帝国海軍と国際合同演習を実施する予定の警戒艦隊が受け持つこととなっている。
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戦艦ランドルフは第1艦隊の旗艦であると同時に、打撃艦隊司令長官が座乗するため打撃艦隊旗艦を兼任することとなる。なお、第1艦隊司令部は第1戦隊司令部をも兼務するため、戦艦ランドルフは打撃艦隊、第1艦隊、第1戦隊の3個部隊の旗艦を兼務することとなる。
「__内火艇3号よりランドルフ航海艦橋へ。乗艦の許可を求む」
<<__ランドルフ航海艦橋より内火艇3号へ。乗艦を許可する>>
そんな通信が交わされた直後、ポンポン船とも呼ばれる古き良き時代の機関音を響かせながら長官艇が左舷のタラップへと取り付いた。
甲板には第一種礼装をまとう高級士官と戦闘服装をまとう下士官兵に分かれる。第一種礼装大日本帝国海軍の冬季礼装に近く、下士官兵たちが着る戦闘服装は通気性と難燃性に優れる生地を用いた戦闘服装2型をまとい、灰色の救命胴衣と陸軍において中帽Ⅱ型として採用される軽作業帽をその上にまとう。さらにその上からタクティカルベスト__というよりも釣り用のベストだろうか__に似た艦上作業治具保持被服を着込む。
そのような服装の戦艦ランドルフ乗組員達が甲板に整列し、艦艇固有の小銃であるKM-1891Nカービンライフルを持つ。こいつは、陸軍に十分な量が配備されたことにより、初期ロットのモノに防さび加工をするなどの海軍独自の改修を行ったものであり、優雅さと性能の良さを兼ね備える優秀なライフルであると評価されていた。
「ミッターマイヤー打撃艦隊司令長官、乗艦されます!」
「ささーげー銃ッ!!」
サイドパイプの音色に迎えられながら甲板に上がったミッターマイヤー中将は艦首方向へ歩きながら捧げ銃に返礼としてピッシとした挙手の礼でもって返礼をした。艦首方向のテーブルの前に直立し待機する戦艦ランドルフ艦長であるケスラー大佐と向き合った。
お互いに軍帽を取り、小脇に抱え敬礼をする。その後、着任に関わる儀式を進める。
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「第1・第2艦隊・第9・第15戦隊、全艦出港せよ!!」
「ランドルフ、出港用意!!」
ミッターマイヤー中将の号令を受けてケスラー大佐が出向を命じると、勇ましいラッパの演奏がなされ、発光信号用の30㎝探照灯により艦隊各艦へ命令が伝達される。同時に信号旗もかけ変わる。同時に、戦闘部署などの航行に直接影響しない部署の手すき乗員が甲板上に集合し、登舷礼を行う。
4日前より進めていた出港準備の最終段階に入る。蒸気タービン船の出港準備には半日は軽くかかる。簡単に言うと、ボイラーに点火して湯を沸かし、蒸気を発生させる気醸におよそ2時間から3時間。続いて蒸気タービンやシリンダー、缶や弁を温める暖気暖管に4時間……旧式艦ならもっとかかる。それをこなして初めて試運転、試運転で問題がなければ本格的に動かすわけだが…。いくら新型艦とは言え、他に類を見ない高圧高温缶であるため時間がかかる。さらに48年前に就役した蒸気レシプロ式の老朽艦まである。
よって、実際に出港したのは開戦より大幅に遅れた6月17日であった。これはバルチック艦隊艦隊の活動が極めて低調だったことが原因である。それは騎士王国海軍が陸軍国の海軍であったことが大きく影響している。度重なる陸軍の大損害を補填するために海軍の予算は削減され続け、ついには燃料弾薬に加え、下級兵士用の食材や嗜好品の調達にすら困るようになってきた。それでいて、精神注入棒に代表されるような私刑は減らないどころかむしろ激化したため、兵士たちの士気は低く、反乱寸前であった。(それでも反乱とならないのは不凍港に行く事が出来るためであった)そのため、何とか鎮圧するために時間がかかったのである。そうしてついに4日前にやっと現地諜報員によってバルチック艦隊の一部が出動しつつあり。との情報が入り、出動となったのである。
「軍楽長! 中央作戦本部及び海軍参謀本部へ打電! 『敵艦隊見ユノ報ニ接シ、打撃艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス』以上だ。直ちに送信せよ」
打撃艦隊司令長官が打撃艦隊軍楽隊隊長を通して命令した電文は、打撃艦隊司令部先任将校、打撃艦隊司令部通信参謀を経由し中央作戦本部と海軍参謀本部に発信された。
港外に出た打撃艦隊は陣形を組みなおし、第9戦隊、第1艦隊、第2艦隊という順番でバルチック艦隊と接敵するため、一路ノーザンブリアへ向け航海をした。なお、第15戦隊は第2艦隊に同行している。同時に国境付近の漁港より、30隻の特設監視艇が出港した。さらに近辺の空軍基地より司令部偵察4機が直ちに進発、バルト海東部全域に対して濃密な網を張った。
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「ミッターマイヤー中将! 前衛の第9戦隊より緊急電! 『我、地点512ニ敵艦隊ラシキ煤煙見ユ! 敵艦隊規模ハ極メテ大! 戦艦20以上、巡洋艦30以上、駆逐艦ソノ他多数!』」
「バルチック艦隊は全力出撃のようだな。よし、第9戦隊単独では不利だ。接敵を維持しつつ、敵戦艦の射程外に退避せよと伝えよ。それから、再度中央に対して発見報告をせよ」
打撃艦隊司令長官ミッターマイヤー中将は所謂青年学派に所属する考えの持ち主だが戦艦の有用性もわかっていた。というよりも青年学派に精通しているがゆえに、青年学派は限界に来ているのではないか? と考えていた。理由はランドルフ級戦艦に代表される新世代の戦艦が登場したことだった。これでは射程に入る前に悉く撃破されてしまう。こういった危機感が中将の中にはあった。だが同時に、戦艦の数では完全に負けているが、遠距離砲撃戦の能力と速力では完全に勝っている。もしや、一度も打たせずに打ち破る事が出来るのではないか? という疑問が、甘い誘惑を生み出した。すなわち、現代のトラファルガー海戦が出来るのではないか? そう言った甘い蜜だ。陸軍軍人にとってのカンナエの戦い、海軍軍人にとってのトラファルガー海戦や日本海海戦。とにかくこのような完璧に近い勝利は多くのものが憧れ、再現しようと試み、そして大けがをするものであった。ミッターマイヤー中将もその甘い毒に侵されていた。
「ミッターマイヤー中将。ここは水雷戦隊を前に出しますか?」
この発言をしたのはミッターマイヤー中将を慕う作戦参謀補であり、主に水雷戦隊が行う作戦の調整を担当する。例にもれず、青年学派の思想の持主であった。だから、青年学派の出世頭であるミッターマイヤー中将を慕っているのであって、ミッターマイヤー中将個人を慕っているわけではない。この大尉が『ミッターマイヤー中将が打撃艦隊の司令長官職に就いたのは新世代の大型水雷艇を指揮するためである』とまじめに思い込んでいるのはある意味で当然と言え、水雷戦隊の前進を進言するのも当然と言えた。
当然、その進言を積極的に受け入れるものと思っていたが__
「いや、水雷戦隊を下げ、第1戦隊を前進させよ。第1水雷戦隊は第1戦隊の直掩を、第3戦隊は第2艦隊と合流し左方より回り込み、圧力をかけ続けよ。第15戦隊に弾着観測要請を出せ」
__むしろ、積極的に却下された。まさか、水雷戦隊の参戦を拒否されるとは……。大尉は何があったのかと疑問に思った。海軍は陸軍と違い、無謀な昇進の乱発をしていないため、比較的優秀な将校が多い。また、参謀補とは言え、作戦畑の人間であり、また参謀であるため、新技術の情報収集には手を抜いていない。たしかに、最近の戦艦はすごいと聞く。実際この船は一目でこれまでのものと違うとわかる。だがそこまで違うモノか? まさか、中将にしか伝えられていない情報があるのだろうか? そんな考えが頭をよぎった。水雷突撃を否定したミッターマイヤー中将に対して思うところがあったが、彼とて優秀な参謀将校である。司令官の作戦命令を現実のものへと昇華させるために存在する彼は、自らの役割を果たした。
実際それは正解である。ランドルフ級戦艦を建造した際、『このような素晴らしい戦艦を作るのは結構なことだがそれだけの予算があったのであれば新型の水雷艇を作ってほしかった』と陸軍の第1軍集団司令部に殴り込みをかけたのはミッターマイヤー中将その人であった。その時、陸軍中将に告げられたのは、将来的に水雷艇は無駄な代物になり、戦艦が一時代を築く。と言われ、その証拠として日本海海戦の戦闘詳報(教本という形で購入できた)等の各種資料を見せられたのである。結果、これからは戦艦の時代だ! と考えを改めることとなった。
とまれ、艦隊を再度再構築し、短い時間の中で各級指揮官たちと作戦会議を行い作戦を徹底するにはちと時間が足りない。色々とギリギリになってしまうがそれでもミッターマイヤー中将はやれることをやるつもりでいた。




