第2話「名誉ある蛮行」
第8章第2話「名誉ある蛮行」
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統一歴1892年6月12日。この日は軍事史の転換点と呼ばれている。だが、こう呼ばれるようになったのはルーメリア王国軍中央作戦本部総務部文書課が保管していた作戦資料が公開日時を迎えたことで機密指定を解除した1912年になってからのことである。それまでは各国情報機関はおろか、観戦武官やその大本である参謀部局ですら謎としていた。
要するに、ルーメリア王国は重要機密の隠匿に成功したということである。連合王国秘密情報部すら欺くほどの徹底的な隠匿が行われた理由はこの作戦が『未知であることによって最大の効果を発揮する』のと同時に、明らかな国際条約違反であるためだった。
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「どうなっている。丸3日間猛烈な砲撃をくわえられているぞ」
王国陸空軍の攻勢は、彼らの予想をはるかに超えたものであり、とてもではないが支え切れるものではなかった。
6月10日から始まったが、その構成の最初は王国空軍による大規模空襲だった。軽爆撃機(騎士王国からしたら日本人にとってのB-29と同等以上の衝撃であったが)による空襲が戦線後方の物資集積場や集中整備拠点を襲った。数度の反復攻撃の度に標的は拡大していった。鉄道駅、鉄道橋、給炭給水施設、操車場、即応部隊駐屯地、補給部隊、重砲類、前線部隊、野戦病院支援用の給水・給食・補給部隊、エトセトラエトセトラ。前線から後方に至るまでまんべんなく攻撃を実施し、軍事使用が可能なすべての部隊や施設を破壊。さらには移動中の地上部隊への襲撃も行われ騎士王国軍前線部隊は瞬く間に消滅……蒸発とも形容すべき圧倒的速度で損耗していった。
それだけならば、騎士王国軍は洒落にならないレベルの損耗こそあったものの前線に展開していた部隊は額面上の戦闘能力をかろうじて維持していた。何故なら、如何に野戦重砲が戦場の女神であると言っても、塹壕にこもられれば思うような戦果でないためだ。
初撃で失った戦力は大きい。だが、まだまだ挽回は可能だ。
これが騎士王国軍上層部の考えであった。だが、現実は非情だった。前線将兵の実に3人に1人が心的外傷後ストレス障害を発症している。というどうしようもない事実が上層部に届いていなかったのである。さらに、重砲類の損失は大きい。ルーメリア王国軍は重砲の価値を高く評価していたため、重砲の殲滅に注力していた。それによって有効な反撃能力を喪失しつつあった。
猛烈な砲撃が開始されてから約48時間後の6月11日。事態は大きく動き出す。この時までに、野戦重砲兵によって頭を押さえられた隙に独立重迫撃砲連隊と独立臼砲連隊の計20個が敵塹壕陣地を有効射程に収めるまで前進し、砲撃を開始した。
最初、前線部隊はやけに大きな砲撃音が加わったと思った。それは間違いではない。120㎜迫撃砲は師団砲兵直接支援砲兵大隊所属の10榴よりも口径が大きく、33臼は他のあらゆる火砲よりも大口径であった。それはつまり炸薬の量も多いというわけだ。だが、他の火砲類との違いはそれだけではない。砲弾を大きく打ち上げる軌道を取るということだ。それはどういう効果を出すのか? それはつまり、時限信管や対地レーザー高度計と連動した対地高度信管などと組み合わせることで塹壕陣地の真上から鉄片の雨を降らせることが可能ということになる。それはつまり、塹壕を何ら効果のないただの集団墓地と変貌させたのだった。
これにより、前線部隊の蒸発速度はより早くなった。これを受け、後方に拘置されていた予備兵力を前線に送り出した。この時点で既に少なからぬ被害を受けていたが、王国軍の砲爆撃は前線部隊を狙ったもの以外は兵站部隊とインフラ施設の攻撃に注力していたためまだまだ組織的戦闘能力は残っていると考えられたためだ。
だが、一つミスを起こした。昼間に行動したことである。堂々と街道上を進軍していた増援部隊はすぐさま攻撃機部隊に捕捉され猛烈な爆撃を食らい全滅判定を受けた。この手痛い教訓をもとに移動は夜間のみに限定したため、増援部隊の到着は遅れに遅れる見込みだ。
そして事態は大きく動き出す。頭上よりの砲撃が開始されたおおよそ20時間後、ついに各地より全滅報告が殺到する。
「第739歩兵連隊壊滅! 同部隊担当当地区は突破された模様!」
「第81歩兵連隊全滅! 現在壊走中!」
「第228歩兵連隊通信途絶! 全滅した模様」
「第18騎兵師団全滅!」
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ついに、王国陸軍は進軍を開始したのである。協力無比な砲兵隊が頭を押さえているうちに、友軍砲兵の同士討ちを受けないぎりぎりのところまで前進し、砲撃が前線から後方にシフトした瞬間に機関銃の援護の元、突撃を行い、最前線の塹壕陣地を混乱の極致に追い込み、制圧を後続部隊に任せ、第2戦をも攻撃、1時間にも満たぬわずかな時間で制圧に成功した。
オペレーターたちが告げる情報はどれも前線部隊が大損害を受け、戦線を突破されたと言うモノばかり。当初の計画では複数個所に強固な防衛陣地を設けることで迂回機動を誘導し、キルゾーンに誘い込んだうえで機動打撃部隊を投入し返り討ちにすると言うモノだった。所謂アクティブディフェンスである。地球において、『クソォォォ! この程度の火力では埒が明かん!!??』となり、エアランドバトルに進化するのだが、航空戦力と言うモノが非常に疑問視されている世界である。
特に騎士王国では上から一方的にたたくなど騎士道に反する。等と言い航空戦力の導入に否定的だった。もはや地上戦は機関銃と塹壕の根競べの時代に突入しているし、宿敵である帝国の宰相はあの有名な『勝敗は血と鉄によって決する』という鉄血演説までしているというのにだ。一体どこまで旧態歴然としたシステムを組めばいいのだろうか?
だからこそ、エアランドバトルという大規模正規戦においては大正義ともいえるドクトリンは開発されていなかった。だからこそなのか、全縦深同時打撃には耐え切れなかったようだ。強固な防衛陣地も、貧弱な防衛陣地も何もかも王国軍は蹂躙した。王国軍は敵の弱いところ攻撃するというドクトリンを捨て、圧倒的な火力にものを言わせて、前線のすべてを破壊することを選んだのだから。
電撃戦という頭を使うドクトリンから、『足りぬなら撃ち続けよう弾薬を』とでも言いたそうな、その火力大正義主義は『頭が悪くなった』と形容することもできよう。だが、その単純さ故に対処法は王国軍よりも多くの重砲を、航空機を、砲弾を用意する以外にないという質の悪さを発揮した。
「どうなっているのだ? 全ての前線で突破されたと報告がされている。我々の防衛戦は完全に崩壊したのか?」
騎士王国軍の防衛計画は完全に破綻し、王国陸軍は今も前進を続け、突破口を抉っている。本来であればここで投入すべき機動部隊は72時間も続いた準備砲撃で生じた穴を埋めるべくそのほとんどを投入していまい、わずかに残った予備部隊だけでは穴を完全に埋めるは不可能であった。さらに、ようやく投入先を決めたときには執拗な爆撃により半数以上を消失し、前線に到着する前に砲爆撃によりその戦力のほとんどをすりつぶしていた。
「正体不明の傘を展開した兵士たちが後方地域に降下を始めたという情報が入りました! もはやどこに敵がいて、どこが安全なのかが分かりません! 敵はこの正体不明の部隊によって進撃路を確保するつもりです!!」
司令部が自由に動かせる高練度部隊であり最も信頼できるはずの予備部隊をすべて失っていた司令部にまたもや激震が走る。それは『戦争は前線で起こるもの』という常識をずたずたに破壊しそれに沿ったシステムでしかない既存の指揮統制システムが意味をなさないということを伝えていた。
「クソォォォ! もう何をしてもどうにもならん! これ以上損害を出す前に撤退を開始しろ! 全軍、撤退! 可能な限り装備を回収しろ! 重砲は最優先だ! 我々はこれからも戦い続けなければならないのだ!」
騎士王国軍の前線部隊は撤退の道を選んだ。本来ならば5カ月以上かけて王国軍におびただしい出血を強いながら撤退するはずだった国境より後方200㎞地点の第2防衛ラインまでに。
だが、
「通信がつながりません! 電信も魔導通信もです!」
「なに!?」
__司令部からの命令は前線部隊に届くことは無かった。
「皆さんこんにちは」
そんな一言とともに司令部の天幕に複数の男たちが押し入ってきた。その一団は騎士王国軍の軍服をまとっているが手にはルーメリア王国で採用されていると聞く新型自動小銃を握っていた。
「何者だ!?__」
「あいにくと味方ではありません。我々はルーメリア王国からきた団体旅行客です。誠に残念でありますが、我々はパスポートもビザも持ってきていないのです。旅券法違反でとらえられる前に目撃者には消えてもらわなければなりません。本当に申し訳ない」
押し入ってきた一団が銃を構え、司令官や参謀などの司令部スタッフに銃弾を浴びせかけた。銃声はサプレッサーによって抑えられ、.300BLKの亜音速弾は空気を切り裂く音すら発さずにガスが抜ける音とボルトの作動音だけがわずかに響く。
「おのれ王国の連中め…… このような卑怯な手段を使うなど貴様らには騎士の名誉はないのかッ!? 所詮は下賤な生まれということかぁ!!?」
腹部に2発の銃弾を浴びた司令官はそう言うと事切れ、地面に転がる粗大ごみの一つとなった。
「名誉は持ち合わせていますとも。敵中奥深くに浸透し、友軍の支援もなく目標に達するには名誉という甘い言葉が必要だ。私は101に所属できていることを名誉に思うし、我々は名誉なくして戦えない。まぁ、貴様らの様な弩畜生の名誉など鼻くそ以下だろうが」
そう告げるのは第101特務歩兵大隊第3中隊のアインス・ベッケル大尉だ。彼の妹は独立前に駐留騎士王国軍治安維持部隊に目を付けられ過剰摂取でなくなっている。詳細はここに記さないが、もし記したら間違いなくR-18認定を下されるだろう。そんなクソッタレな連中の言う名誉など糞の役に立たない。
さて、アインス・ベッケル大尉の身の上話はもういいだろう。第1段階は、V100系統の特務歩兵大隊がベッケル大尉が担当した西方総軍総司令部以外にも複数の軍司令部や師団司令部、兵站基地を破壊し、通信部隊や伝令の撃滅に動いている。
まもなく、騎士王国軍は機能不全に陥る。当初計画からだいぶ遅れていたがそれは、作戦発動前に十分な部隊や資材、情報を集めたルーメリア王国軍の約束された勝利であった。ルーメリア王国軍中央作戦本部は6月13日午前3時20分をもって第1段階作戦を完遂したと断定。同時に第2段階作戦への移行を決定した。
作戦第2段階は、前線の突破と敵野戦軍の撃滅である。すでに一部において始まっていたが、ついに本格始動となる。斬首作戦によりまともな抵抗など期待できない以上、もはや勝負は決まったも同然であった。