第1話「戦場の女神降臨」
第8章第1話「戦場の女神降臨」
………
王国危機管理会議の後、関係諸機関はシャングリラ作戦の準備に追われた。建国以来最大のそして最も価値のある作戦であるからだ、戦争とはいかにして相手よりも成功するかではなく失敗を少なくするか。そこに注力するものだ。何故なら、ミスが少ない方に勝利の女神がほほ笑むからである。だからこそ、だからこそどんなに細かいミスであっても許さない。そして、それを隠ぺいすることを絶対に許さない空気が形成された。戦争は準備で9割が決まる。そのような言葉に代表されるように、敵より多くの人員を装備を物資を情報をエトセトラエトセトラ……集めることで戦う前から価値を確定していくものである。
そして、それはほぼ完遂できた。さすれば、後は実行するのみである。そうして1891年は暮れ、翌年1892年6月10日。ついに作戦開始日を迎えた。
参加兵力は陸軍31個師団とその他支援部隊合わせて120万名を超える大兵力が動員され、海軍からはカテガット海峡警備の任を帯びた第3艦隊を除くほぼすべてが投入された。
砲兵隊の規模も膨大だ。連隊砲兵として75㎜野砲が1116門。大隊砲兵として75㎜が山砲2232門。中隊砲兵として83㎜迫撃砲が3348門が動員され、師団砲兵として10榴が1674門と15榴が1116門。が師団行動に密接にかかわる直接支援火力として動員された。さらに全般的な支援を担当する軍砲兵も12迫36門を装備する独立重迫撃砲連隊が計9個324門。24榴24門を装備する野戦重砲連隊が計47個1128門。15加24門を装備する野戦重砲兵連隊が計18個432門。33臼12門を装備する独立臼砲連隊が計11個132門。その他損耗予備や員数外などを含め、約2万5000門が動員された。
航空機の数も膨大で、戦闘機200機、攻撃機1200機、軽爆撃機300機、輸送機160機、司令部偵察機20機(戦略偵察を主任務とする)、直接協同偵察機130機(近接航空支援及び近距離偵察を主任務とする) 指揮連絡機240機(空中指揮、連絡、弾着観測、緊急軽輸送、戦術偵察を主任務とする)その他を合わせ、約2500機が動員された。
==========
==========
<<おはよう諸君。この場に集まる。……そしてこの通信を聞くすべての将兵に伝えたいことがある。これより、諸君らは史上最大の、そして最も重要な作戦に参加することになる。王国を真の独立へと導く。憎き騎士王国を打ち倒す作戦となる。
我々は、出身地も、身分も、言語も異なるが、共に戦い、苦しみ、そして死んでいった。
今日この日、我々は最後の戦いに集結した。我々の美しき国土を安寧をもたらし、人々に、友人に、そして家族に自由を取り戻すために。
勝利は我らのモノである!
取り戻そう、人々に平穏を。勝ち取ろう、我らの自由と未来を。
再び、輝かしい王国を作るのだ!>>
『『『『うおおおおおおおおおおおおお!!!!!』』』』
<<作戦開始まで、10秒。7、6、5、4、3、………ゼロ。作戦開始。作戦開始>>
「砲兵隊、撃ち方始め!」
王国陸軍はシャングリラ作戦を発動した。中隊ごとに配備されている無線機越しに国王陛下より激励を受けた兵士たちの士気は最高潮だった。それがなくとも家族を、友を、隣人を、奪い、殺し、犯した騎士王国を恨む者が多い王国軍の兵士たちの士気は最高潮であったが、それがより高くなった。まさに天を破らんばかりの……という奴だろう。この時兵士たちのパフォーマンスは最大まで増強されていた。
==========
==========
「マm」
最後まで言えずに、まだ16歳の青年兵がモノ言わぬ屍となった。ベテランの軍曹は、ただ塹壕の中でうずくまって耐えることしかできない。
「クソッ! …クソクソクソ」
隣からぶつぶつとつぶやく声が横から聞こえてくる。大声で笑ったり、奇声を発したり、拳銃を咥えたり、その反応はさまざまであったが、とりあえず共通していることはまともな状態の兵士はいないということである。
ここは地獄だ__
始まりは朝だった。夜警だったものはそろそろ就寝し、そうでなかったものは起床し、朝食を食べる。そう言った時間帯であった。ある意味で最も気が抜けた時間に突如として爆発音がした。ルーメリア王国陸軍が誇る大口径攻城重砲である24㎝榴弾砲の砲撃が給食部隊の頭上で炸裂したのである。これにより2週間分の食料と兵員2000名を失った。
運悪く生き残ってしまった者たちは急いで塹壕に駆け込んだ。それから36時間以上にわたり猛吹雪の様な砲撃が続いている。その勢いは100以上の火山がまとめて噴火しているのではないかと思わせるほどだった。
この時王国は、先陣を切る作戦機動集団が突破するにあたって、王国陸軍砲兵隊が騎士王国に対して鋼鉄の暴風雨を浴びさせた。約2万5000門の火砲が全力射撃は圧倒的だ。戦力差だの、補給だの、という言葉がばからしくなるほどだった。
王国の砲撃は塹壕に立てこもる前線部隊にだけ降り注ぐものではない。この1年、王国による大規模作戦の兆候をとらえ、何とか整えた砲兵部隊や戦線後方に配置された予備部隊、前線近くの物資集積地や集中整備拠点、前線指揮所などなど、戦闘行動を行う、或いはそれを支援する人員を、設備を、資材を、そのすべてをひねりつぶした。
そして、1892年6月11日。前日より始まった猛烈な準備砲撃にさらされた騎士王国軍は後方拘置されていた予備兵力を前線に急行させ、急速に蒸発する前線部隊を増強した。これに呼応するかのように、高度2万2000ftの高空を8機の輸送機が飛行していた。
『まもなく降下予定地点。降下20分前…機内減圧開始』 ルーメリア王国軍が誇る精鋭部隊は機上の人となっていた。
『装備チェック…』
『ヘルメットを着用せよ』
『シートベルトを外せ』
『雲底高度・視程無限!』
『酸素マスク装着せよ』
『酸素供給状況をチェックせよ』
『機内の減圧完了!』
『風速は4ノット』
『ARRをチェックせよ』
『降下6分前、後部ドア開放』
『降下2分前 スタンドアップ』
少なくともここ2週間の気象情報をもとに考えれば、降下には最適ともいえる状況であった。だからこそ、隊員たちは訓練と同じように過度な緊張をせずに立ち上がった。
『降下1分前 後部に移動せよ』
後部に移動した隊員たちは、前方の隊員のパラシュートのチェックを行い、それが終わったら肩を軽くたたき、問題がないことを伝える。
『降下10秒前 スタンバイ』
ちょうどそれが終わった時、降下10秒前だった。彼らは、腰に回したセーフティランヤードに挟み込み、固定した自動小銃の位置を微調整し、隣の隊員とこぶしをぶつけ合い、お互いの効果成功を祈る儀式をする。
『すべて正常 オールグリーン』
隊員たちが後部ハッチに向かい、まるで徒競走の『用意!』尿な姿勢を取り、効果の準備をする。
『カウント 5…4…3…2…1…降下!』
ハッチのすぐ横の赤ランプが消灯し、青ランプが点灯した瞬間、全員が走り出し、空中に身を乗り出し、鳥となった。
…
……
………
「全ユニット降下完了。IRビーコン設置。全ユニット集結しろ」
森の中にフリーフォール降下した空挺兵は全部200名。この地域以外にも複数の空挺部隊が降下していた。彼らの特徴はルーメリア王国軍の軍服ではなく騎士王国軍の軍服を着ていることだろう。お互いを明らかに本名ではないコードネームで呼び合う姿や階級章やドッグタグ等を持たない姿勢からはどこの所属であるかはわからない。が、全員が配備数の少ない自動小銃を持っていることや難易度の高いフリーフォール降下をしていることから相当機密性の高い重要部隊であると考える事が出来る。
彼らは数分の打ち合わせの後に散り、身を潜めた。彼らが動いていることを知るものは騎士王国軍の中にはいなかった。