第4話「王国危機管理会議」
第7章第4話「王国危機管理会議」
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『第5次補正予算が通過する見込みだ。国防関連予算は830万ディナールとなる。……問題は、この830万ディナールをどう使うかだ』
――――830万ディナール。国の年間予算とほぼ同額のこの予算は大規模な内国起債と財政ファイナンス、外貨準備高と海外資産の現金化によって調達する。とされている。そして、年間国防予算は約280万ディナールであることから約3年分の予算を捻出するということである。
人類史に残るレベルの大ばくちであり、建国以来最大の大勝負である。それだけ、『真なる独立』と『幸福』への追及がすさまじいということであるが、従前の基本ドクトリンである、『国境付近での高密度火力投射による国土保全』という考え方を捨て、機動力の高い部隊で、一気に進撃し、騎士王国を屈服させる。という考え方に変更した。
使い道の一つはすでに決まっている。当然と言えば当然だが、第4次陸軍軍備充実計画である。だが、残りの予算の使い道が決まっていない。否、大枠では決まっている。大反攻作戦の準備である。その作戦内容が決まっていないのだ。
作戦案は堅実なA案と19世紀の発想では到底出てこない奇想天外なB案の2つがある。A案は確実な実行が可能であるが、成功したところで騎士王国を屈服させられるか疑問であった。対するB案は成功率は低いとされたが、成功すれば確実に屈服させられると考えられた。
かくして、ルーメリア王国は大博打に打って出た。B案が採用されたのだ。
作戦名はシャングリラ。『Operation Shangri-la』だ。シャングリラはイギリスの作家ジェームズ・ヒルトンが1933年に出版した小説『失われた地平線』に登場する理想郷の名称だ。ここから転じて、一般的に理想郷と同義にとして扱われている。おおよそ40年後に出版されるであろう小説を原点としている以上、どのような意味が込められているかは騎士王国の連中にはわからないであろうという防諜上の理由からつけられたモノでもある。だが、この作戦が成功裏に終了すれば王国の未来は明るいであろうという願い掛けもある。
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「それでは、定刻となりましたので王国危機管理会議を始めたいと思います。……と言ってもほとんど報告会に近いものではありますが」
作戦会議の出だしはそんなものだった。案外和やかな雰囲気がそこにはあった。だが、放す内容はいたってまじめだ。国家の命運がかかっている作戦の報告をするのだからな。
「シャングリラ作戦ではこれまでとは全く異なる戦略を採用します。全縦深同時打撃攻撃です。我々は敵の指揮統制能力を麻痺させ包囲殲滅する。という従来の戦略構想から脱皮し、機動戦を新たなステップへと進めます」
全縦深同時打撃。地球において1920年代のロシア内戦を経験したソ連では陸海軍人民委員のレフ・トロッキーらによって推進された軍事改革の一つとして提唱された理論だ。電撃戦が数個師団規模が通過できる間隙を針を通すように通過するものに対して、この全縦深同時打撃は軍集団規模の部隊が通過できる間隙を強引にこじ開けるものだ。その突破正面は最大で100㎞以上になる。突破距離も300-500㎞以上ともはやこれを1回成功させるだけでほぼすべての国家が国土の大半を失うことになる。流石ソ連ですとでもいうべきかそれとも呆れるべきか。
「その全縦深同時打撃攻撃とは、電撃戦とは異なるのかね? 戦術レベルでならまだしも、戦略レベルでは一度も成功例がないドクトリンを国家存亡がかかっている大事な作戦に使うのはどうかと思うが……」
「だから使うのです。電撃戦と全縦深同時打撃出は全く異なります。我々が実施してきた電撃戦は敵の指揮統制能力を麻痺させ、予備兵力を叩き、混乱する敵部隊を包囲殲滅するのがセオリーでした。ですが、全縦深同時打撃は、それとは全く異なります」
規模からして違う。まさか戦間期に提唱された理論が形を変え、冷戦期の西側諸国を恐怖のどん底に叩き落した。とは提唱者すら思ってもなかっただろうな。いや、電撃戦もアクティブディフェンスやエアランドバトルに進化していることを考えれば当然なのかもしれないが……
「まず電撃戦が敵の間隙に針を通すように通過するのに対して、全縦深同時打撃攻撃は軍集団規模の部隊が通過できる間隙を強引にこじ開けるという違いがあります。機動によって敵の火力を有効的に発揮させないという点では共通しますが、全縦深同時打撃攻撃ではそれに加えて、圧倒的兵力によって叩き潰す。という要素が追加されます」
「また、電撃戦では敵の司令官が指示を飛ばしたときにはすでに作戦は次の段階に行っている。そのためその指示は無意味なものである。という状況を作り出すためにとにかく速度だが重視されました。しかし、全縦深同時打撃攻撃では大規模部隊によるロードローラーのごとく整地をしていく事が作戦前提であるため、敢えて速度は重視しません。しかし、対応能力の飽和を狙います」
電撃戦の突破口は小さい。これまでルーメリア王国軍が成功させた電撃戦では平均して、捜索連隊や騎兵連隊など数個連隊によって前線を迂回し側背に回り込んでいた。これは戦車を装備することなく、装甲車や大型二輪のみを装備する部隊であるという点が大きい。すなわち衝撃力に乏しいのだ。だからこそ、戦略レベルでの迂回機動は危なっかしくて実行できなかった。
だが、全縦深同時打撃攻撃ではそれが異なる。
なぜなら、多少の速度低下は許容されるためだ。これにより、師団規模の部隊を複数投入できる。また、基幹となる歩兵連隊に各種支援部隊を追加した旅団戦闘団をも使用することで衝撃力の大幅な強化に成功した。その膨大な兵力によって敵前線部隊をねじ伏せ、後方の予備部隊を引き殺し、後方からの即応部隊をなぎ倒すのである。
電撃戦と全縦深同時打撃攻撃の最もわかりやすい違いは側面を危険にさらすか、否かである。電撃戦が戦術レベルでしか成功例がない理由は、電撃戦ではその両翼が無防備となり、側面から攻撃される恐れが常にあった。そのため、前進を続ける部隊が敵中に孤立し、逆に包囲殲滅されないために突破距離は大きく制限されていた。だが、全縦深同時打撃はもはや穴をふさぐという次元に収まらないため、防衛側は側面攻撃など不可能になってしまう。
「作戦は3段階に分かれます。まず、第1段階として斬首作戦を実施__」
斬首作戦とは、指揮統制破壊作戦に含まれるゲリラ戦である。中央参謀本部偵察局偵察情報処理班が把握している、騎士王国軍の司令部や補給拠点を一斉に襲撃することで、前線の騎士王国軍を烏合の衆団へと変化させる。これによって組織的抵抗能力を確実にそぎ落とすのが第1段階作戦の概要だ。
「この作戦にはV100系統の特務歩兵大隊を複数投入します。また、この作戦を実行するにあたり敵の目を引き付けるために全ての前線に対して3日間に亘る攻勢準備砲撃を行います。これによって前線部隊は次々と摩耗し、敵は予備兵力を前線に投入せざる得なくなるでしょう」
近年においては、もっぱら騎士王国軍の特攻に対して延々と突撃破砕射撃を行うだけとなっていたため対射撃すら行わなくなって久しい。そう言った面では砲兵隊にとって久しぶりの攻勢作戦となるであろう。
第2段階として第1軍集団がアーペント侯爵領から海沿いに進撃し、王都ノーザンブリアへ無停止進軍。東部総軍が第1軍集団を支援するために第8軍担当地区以外で前進を行う。第7軍は一定の前進をしたのちに、じりじりと後退しながら騎士王国軍を引き寄せ、オディッサまで後退。その後、戦略予備である第8軍が第6・第7軍とともに一気に南下することで第7軍正面の騎士王国軍推定10個師団相当を包囲殲滅する。
「無停止攻撃とは?」
「1か月分の補給をあらかじめ分け与え、後方からの補給を受けずに突破を続ける部隊です。作戦機動集団がその任を担います。作戦機動集団は優良装備の重師団数個とレンジャー連隊からなり、敵の指揮系統と兵站計画を破壊しつくし、ただただひたすらに敵の前線を食い破ります。そして、その背後の第1梯団が作戦機動集団の喰い残しを平らげ、第2梯団が占領地域の安定化を図るのです」
作戦機動集団に必要な物資を持てるだけ持たせ、後方からの補給や再編を受けることなく、敵地に向けて前進を続ける。さながら死の行軍の様に。敵に対応する暇を与えず、砲兵隊の圧倒的火力と、高度な作戦裁量権をもって敵の最も脆弱な一点に攻撃を行い、敵の防衛網をずたずたに破壊する。とにかく早さが要求されるOMGはさながらフードファイターのごとくその悪食ぶりを披露するであろう。
第3段階として騎士王国王都ノーザンブリアを攻略する。
「戦争は短期決戦を目指す。長期戦になれば王国の貧弱な経済力は総動員に耐えきれず圧壊してしまうだろう。そしてなにより冬将軍の到来までに戦争を終わらせなければ、我々はボルナルドの二の前となるだろう」
王国にとって長期戦は得策ではない。そもそもの戦費調達すら内国起債と財政ファイナンスによって生み出されているのだ。これはまだいい。問題は外貨準備高と海外資産の持ち出しまでしていることだ。今すぐにでもやめなければ戦後における王国の外交プレゼンスに大きな影を落とすだろう。
「ともあれ、勝利なくして王国の輝かしい未来はない。我らが親愛なる陛下と全ての臣民に栄光あれ。そして輝かしい勝利を」
「「「「「「「我らが親愛なる陛下とすべての臣民に栄光あれ。我らに輝かしい勝利を」」」」」」」
王国危機管理会議はこれにて終了した。中央作戦本部など諸機関はシャングリラ作戦に向け準備が進められ、各地で新装備の配備や訓練が続けられた。