第1話「第4次陸軍軍備充実計画策定」
第7章第1話「第4次陸軍軍備充実計画策定」
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__第4次陸軍軍備充実計画。陸軍57個師団体制であっても戦力が足りないと言う事で戦力の拡充を図りたい。と言うモノから始まった。だがしかし、既に国家予算850万ディナールに対して、年間軍事費は280万ディナールに達しており、これ以上の増額は不可能だと考えられていた。だがしかし、戦力不足を放置するわけにもいかない。そんなことをしたら、東部総軍が関東軍になってしまう可能性がある。
そこで、厳しい予算状況と動員状況に配慮しつつ、戦力の充実を達成するため『数的削減、質的向上』による予算運用の効率化を重視した軍備計画が策定された。まず手始めに後方警備師団3個と損害を受け再編成であった軽師団2個を解散し、1個の重師団と4個の独立野戦重砲兵連隊を編制する事となった。また、後方警備師団3個に代わる存在として独立警備大隊8つを新編する。
装備面でも充実を図る計画だ。大隊隷下の機関銃中隊を廃止し、中隊隷下に重機関銃隊を編制する。これは重機関銃1丁と歩兵3名からなる機関銃班4つからなり、主にフォークランド紛争の様に機関狙撃銃部隊として運用される。中隊砲として83㎜迫撃砲を、大隊砲として120㎜迫撃砲を。と言う体制から、中隊砲はそのままで、大隊砲を山砲に更新、野砲装備の連隊砲中隊を新編。と言う形で連隊火力の向上を図る。完全に第二次世界大戦編制に逆行しているが、ミサイルを一般配備する事が出来ないのだから仕方がない。代りにパンツァーファウスト150を大量配備することになっている。余計に第二次世界大戦装備&編制な気がするが(戦後の山岳部隊用火砲なんぞ迫撃砲以外だとイタリアの105㎜榴弾砲ぐらいしかないしな)あんま気にしないことにすることとした。
それと忘れてはならないのが、車両だ。現在国内生産力は年間4500両程度。それに対して民間需要が8万台。軍需用は物資輸送用途40万台と作戦用途7万台だったが、そこに作戦用途27万台が追加されることとなる。また軍馬の育成も思うように進んでいないため、普通二輪80万台が要求されている。一体全体何年掛かるんだよ…
そのほか、通信・情報・補給・展開・衛生・教育の改革も行うとしているが、毎度毎度失敗しているからいまいち信用できない。
通信・情報に関しては、軍司令部内に管区通信情報管理本部を設置し、それを東方・南方・西方・中央の各総軍司令部内に設置される方面通信情報管理本部で統括する。と言う計画になっているものの、通信・情報の両兵科はともに定員割れ状態で、軍レベル以上での運用に耐えうる要員が全然足りない。計画期間中に達成される見込みは甚だしい。
補給・展開は交通インフラ投資による交通網の整備と軍用トラックの増強、国鉄の陸軍活用枠増強で対応すると言っているが、公共投資をする上で重要な労働者への賃金支払いが通貨発行量の圧倒的不足により予算を確保できていない状況で必要十分な社会資本投資が出来るのか疑問である。
衛生改革は比較的達成の見込みがあるが、兵士一人ひとりに対してファーストエイドキットの支給とその取扱い教育、小隊付衛生兵配備率60%達成、連隊前方支援中隊野戦病院隊の野外手術バッグ配備数増強、軍レベル衛生支援組織である戦闘支援病院の新設、陸軍衛生学校の機能強化、国防医科大学の新設エトセトラエトセトラ……まあ、通信・情報・補給・展開よりはよほど実現可能性がある。ただ、衛生兵や軍医の数を考えると教育能力は限定的であり、人員充足が間に合わないだろうし、計画を完遂したところで普通に足りない。
教育に関しては唯一完遂できるだろうと希望を持つ事が出来る。各地に乱雑に編成された60以上のレンジャー訓練部隊を統廃合し、5個大隊に再編制することでレンジャー課程訓練を効率化し、第一戦級歩兵連隊に対して各一つのレンジャー小隊を必要に応じて編成できる程度のレンジャー隊員を確保することで戦術的柔軟性を確保。中央教導師団内に教育支援隊を編制し、これを各師団に派遣することで共通特技教育能力の拡充を図る。各種兵科学校の新設など完遂できるかどうかは分からないが、多分一番うまくいく。そんな気がしてきた。…悲しいことに。
「認められるわけないだろう!!!???」
なるほど紛糾とは何か?と聞かれたらこの会議の様子を見せれば、語らずとも質問者はその疑問を取り下げるであろう。そんな会議であった。第4次陸軍軍備充実計画とは『数的削減、質的向上』を掲げるモノだ。当然だが将官ポストは大幅に削減される。さらに、それまで人員・資材・予算等の面からみて恵まれているとは言えなかった兵站畑、教育畑、医療畑が大幅に増強され、中央兵站総監部、陸軍教育総監部、中央医療司令部の新設など権限も大幅に強化される。これはつまり、軍内部の組織力学的大変革にとどまらず、貴族社会での権力構造や産業界での利権関係にも大きくかかわる。それでいて野戦師団の数的削減など、花形部門であるはずの実戦部門(特に伝統と格式ある…というよりもそれしかないがそれ故多数の貴族子弟が在籍する騎兵科)の相対的地位低下と相対的予算削減は陸軍主流派が許容できるものではない。
この計画を承認できないのは何も軍人だけではない。国防は貴族が率先して行うべきことであり、祖国の剣となり、盾とならんと欲する臣民に背中を見せること(これは逃げるという意味ではなく、攻勢時には先陣を切るという意味だ)が貴族の義務である。と考える貴族が少なくないこの国では(と言うよりも、ステレオタイプなクズ貴族が独立戦争のどさくさで根こそぎ粛清されたのだが)貴族は軍の動向に敏感だ。そしてこの国の大臣や高級官僚の8割以上は貴族の子弟だ。
つまるところ、『義憤』にかられる官僚が多いということだ。例えば外務官僚や外交官。彼らは、祖国の国力的戦力的劣勢は熟知している。そのうえで、自らの領分である外交的努力によってこの国を守っている自負がある。だが、その外交的努力も軍事的プレゼンスによって下支えられている事を知っている。陸軍における師団の数、海軍における最新鋭戦艦の数は21世紀の地球で言うところの戦略核弾頭保有数や国内総生産に相当する指数となりえる。そこに重装備であったり、精鋭であったりと言うモノは後付けのモノであり、インパクトに欠ける。ゆえに、『見た目』を重視するのだ。
外務官僚以外で代表的なものを挙げるとすれば財務官僚だろう。彼は仕様書を満たした範囲内での財政支出削減を何よりも重視するが、『ハード』よりも『ソフト』の質的向上を重視する本計画はどの程度戦力的に向上が見られるのか分かりにくい。さらに、彼らは金と数字のプロだ。予算的に完遂は不可能に等しいことがよくわかっている。さらに言えば、現状、通貨発行量が全く足りておらず、それでいてニューディール政策やドイツの艦隊法に代表される大規模な公共投資による経済政策を取っている王国は半ばMMT理論じみた状況にある。
ほかにも挙げるのであれば社会資本整備省の官僚たち。彼らは自分たちが所管する社会資本整備……つまり、公共投資の現状が上手くいっていないことを承知していた。つまりは通貨発行量不足により労働者たちの給与支払いにも苦労するほどだった。という単なる予算不足よりも質の悪い問題によりインフラ整備が遅れている以上、補給・展開の各要素を達成できる見込みは乏しい。彼らが言いたいのはそういう事だ。
次に反論したのは内務官僚だった。内務省が所管する業務は政府の総務的業務、重要政策、領域横断業務の指揮監督などだが、その重要政策には郵便・放送・電波関連許認可・基礎研究等があり、最も重要なのは国内の治安維持である。つまり警察行政である。中央統制機関である警察庁と首都警察の王都警察庁、都市警察である国家警察庁が存在する。
……ここまで聞いて、何か引っかかる点がないだろうか? そう、地方警察が抜けていることだ。軍内部の軍紀維持等を担当する軍憲兵隊が地方警察の任を受けている。この時点で(いくらの平時の地方警察としての指揮権が内務省にあると言っても)セクショナリズム的には非常にまずい。そこに通信・情報関連分野の強化に伴い、軍憲兵隊が軍内部での郵便物と通信の監査を行うこととなっている。電波監査は内務省の専権事項であったし、軍内部の郵便防諜の為、軍内部に郵便部隊を新設することとなった。当然だが内務省の専権事項を思いっきり殴りつけている。
そんな風に各種派閥に喧嘩を売るこの計画が承認される見込みは乏しい。もともとハイボール戦法のための見札であるから当然だが、ここから悠長に策定していく時間がないのも事実。そこで大量の代替案を用意し、それをマシンガンのごとく大量にたたきつけることで物量をもって反論をねじ伏せた。当然だが、このままでは各所にしこりを残すことになる。だからこの軍政改革は東部ではなく西部を優先することとなった。本来ならば全資産を東部に回したいところだが、ままならないものだ。これだから政治は嫌いなのだ。と言う決心を改めて固めたが、またかかわることになるのであろうなと言う諦めがあるからいつまでたっても政治に関わり続けることになっているのかもしれない。