第3話「3週間」
第6章第3話「3週間」
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「諸君、これをもって、第1段階訓練を終了とする。……なお、現時点までに候補生は4507名までに絞られている。つまり、1500名以上が脱落している。脱落した1500名よりも優れていると評価されたことを誇りに持つとよいだろう。……本日の訓練は終了だ。第2段階までの2日間は存分に休め。解散」
初日の体力/筆記両試験や2日目の戦域機動演習の後、体力錬成と長距離浸透訓練を約3週間行った。その間、演習場のどこかで砲兵隊が大規模な演習をしていたようで2日目以降、直撃することこそなかったが、昼夜を問わず、砲声が鳴り響いていた。当たることは無いと言っても、戦争とは全く関係ない騒音だけで、精神的な被害は甚大であるのに、明らか戦闘音が断続的に聞こえるというのは精神的に消耗し続けた。そんな状況で、2日目よりはましとは言え、高難度の長距離浸透訓練を続ければ、致命的なミスを犯すものが増えるのは考えるまでもない事。
結果的に2日目までの188名に加えて、1週間で500名が脱落した。だが、初週はまだ楽な方だったのだ。それに気づいたのは2週間目から。2週間目の訓練メニューは『ヘルウィーク』というものだった。7日間で合計睡眠時間がたったの5時間しかなく、泥土に浸かりながら、行動班ごとに丸太を担いでランニングを10キロや丸太を担いだ状態でのスクワットなど、とにかく肉体と精神の両面から極限まで追い詰められた。
後から聞いた話だが、このヘルウィークと言う訓練は候補生たちをとにかく苛め抜くことで、任務や仲間よりも自分を優先する蛆虫を発見・排除することを目的としたものであったようだ。なるほど、基本的に這うだけの新兵基本共通戦闘訓練第1訓練課程や予備役兵月次集合訓練も自分を優先する軍人にあるまじきモノをいぶりだし、「間引く」と言う意味がある。その選別が終了してから始めて射撃訓練などの本格的な訓練が始まるのだ。それを考えれば妥当ではある。問題はきつすぎることだ。
基本的に、1度の選抜訓練で定数を埋めきるつもりはなかったようで、「脱落者の再志願は大いに歓迎する」と言う話は訓練前から聞かされていた。それはつまり、少なくない数の脱落者が発生すると言う事だ。だが、ヘルウィークの目的が不適合者のいぶりだしであるためヘルウィークでの脱落者は再志願のチャンスを与えられることは無く、2戦級部隊である地区警備大隊へと左遷させられたらしい。
ヘルウィーク開始前は終了後に2日間の休養が置かれるという話だったが、終了後聞かされたのは『スケジュールがひっ迫したため予定されていた休養は取りやめとする』という無慈悲な死刑宣告だった。そうして間を置かず戦域機動訓練を行った。完全に疲労困憊状態であり、栄養失調のためにドクターストップを受け、脱落するものもいた。しかし、相変わらず装備は欠乏状態であり、訓練はヘルウィーク実施前の1週間よりもさらに厳しい訓練が予想された。以前は十分に迂回できた障害が突破不可能な壁となって立ちはだかるであろう。という警戒をあざ笑うかのごとく、なんの障害も無かった。まぁ、疲労困憊状態では時間内に到着できるか不安しかなかったが……
48時間後、集結地点で待っていた中将殿は満面の笑みで、『諸君、私は予想に反し、脱落者をほとんど出さなかった事に喜びを感じている。…さあ、対尋問・サバイバル訓練を始めよう』といった時には全員がよくわからない恐怖に襲われた。
2日間に渡り罵声を浴びせられ、訓練であることを忘れ、本当になぶり殺しにされるのでは無いかという恐怖に囚われた。3日目に開放され第3集結地点に移動せよと言われた。なんとか脱獄に成功したという想定らしい。だが、装備は400mlしか入っていない水筒と4人で1本のサバイバルナイフだけ。そのほかの物資は空軍による支援物資の空中投下を受けることになった。友軍防衛陣地という設定の集結地点に向け、道なき道を移動した。集結地点は設定では友軍砲兵陣地であることから、ある程度近づけば砲煙や爆発閃光である程度の位置が分かる。さらに、友軍哨戒パトロールに発見・保護される可能性もある。ただ、敵戦闘パトロールに捕捉されたり、友軍パトロールと誤認する可能性があった。
更に、空中投下される物資は数が足りておらず、候補生同士で奪い合いに発展した。空軍が思った以上に働き者で24時間、20分ごと毎日72回休むことなく1回あたり、10個ずつの物資が投下されたのは更に過酷となり、休憩時間の局限化と補給物資争奪戦の激化を招き、脱落者を増やすだけであった。少なくとも、潤沢な補給の実施による脱走成功率の向上などと言う効果はなかった。
「__と言いたいところだが、走って帰るぞ」
「……え?」
なぜ、なぜ教官たちはこんなにも元気なのだろう……?
いやいやいや走って帰るぞ。って車じゃなくて、足を動かす方?……本当に?