第3話「警備は何をしているのか……」
第4章第3話「警備は何をしているのか……」
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1891年3月28日 0157時
騎士王国 王都ノーザンブリア 第3城壁西門
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「そろそろね……陽動班、状況報告」
『こちら、陽動班。現時点で特別警備が増強されていない、向こうはこちらに気づいていない様子だ。既に準備万端、いつでも行ける』
自らが警備する。そして墓標となる第3城壁西門から北西600メートルの茂みで無線交信がされているなど知るよしのない騎士王国軍近衛師団の兵士は、なぜこの絵の俺がこんなことをしなければならないのか?と憤りながらウォッカを飲みながらポーカーをしていた。
「ほれ見て見ろ!フラッシュだ。金は頂いた!」
ジョージと呼ばれた兵士が見せたカードはフラッシュだ。まだ一人カードを見せていないと言うのにポットのチップを両手でかき集めようとする。フラッシュの成立する確率は約3.03%だ。通常なら決まりだ。ストレートが2人とフラッシュが1人と言う風に、偶然にも強い役が大量にできたため、ポットには上限いっぱいのチップが出されていた。彼の頭の中はウォッカをたらふく飲むことでいっぱいだ。まぁ、破産しない程度に。と言う事でポットリミットを採用しているからウォッカが4本買える程度でしかないのだが。
「ジョージ。まだ早いぞ。俺のカードを見て見ろ!」
ジョージは自分の価値を確信していたからチップを両腕でかき集めようとしたのだが、早とちりだということが分かった。なぜなら、最後の一人が机にたたきつけるように見せた役がフルハウスだったからだ。フルハウスはフラッシュよりもさらに強い。成立確率は約2.6%だ。『上には上がいる』と言う言葉はポーカーでも通用するのだと、参加全員が痛い目を見ることで学んだ。
ちなみに、ストレートの成立確率は約4.62%だ。参加者全員が成立確率5%以下の普通なら勝てる役をそろえられた。という偶然に見学していた兵士たちが揺り戻しが来なければいいが……と思ったが、当の本人たちはそんなことは考えていなかった。フルハウスをそろえた兵士に至っては『今日は運がいい!』と叫んだほどだ。
周りの兵士たちが心配した揺り戻しに関しては心配しなくてよくなったし、彼らがウォッカを飲むこともなくなった。なぜなら、数秒前に発射されたロケット弾が彼らを西門ごと爆殺したからだ。
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1891年3月28日 0201時
騎士王国 王都ノーザンブリア 第3城壁北門付近
……
〔カーン! カーン! カーン!〕
「敵襲! 西門が攻撃を受けた! 至急部隊を送れ!!」
「第2小隊! 西門に急行しろ!」
過去の一度、L72LAWの多連装ヴァージョンであるM202ロケットランチャーによる攻撃を経験しているノーザンブリアの兵士たちは陽動攻撃を勇者を語り王族の方々を騙した極悪人……今は脱獄者で、逃亡者が復讐のために西門を攻撃したのだと判断した。2年前にエレヤ要塞が壊滅したのもヤツによるものだと判断している騎士王国は近くここノーザンブリアをも襲撃しに来るのでは?と2年前から身構えていた。
騎士王国軍は……というよりも騎士王国第二王女は自らの顔に泥を投げつけた極悪人に吠え面をかかせるために聖教国よりチェル=リゴッティ小銃を輸入し、自らの親衛隊と精鋭である近衛軍団に装備させた。このチェル=リゴッティ小銃は6.5×52㎜カノカル弾を10発装填可能な脱着式の箱型弾倉とセレクティブ・ファイヤ能力を備えるきわめて先進的な小銃だ。ただ、あまりに先進的過ぎて研究が不十分であり動作は不安定だ。さらに、弾倉を脱着する『ことも不可能ではない』と言う程度であるため10発装填するためにはストリッパークリップを2個使う必要があることもあり現場の兵士たちからは不評だ。
騎士王国軍兵器技術局はM1ガーランドで使われたようなダブルカラム式の11連クリップを開発し、さらに脱着式弾倉からラッチ開放式の固定式弾倉に改めた改修型配備しているが、いかんせん予備小銃の数が少なく思うように更新が進んでいない。現状改修済み小銃は160丁に過ぎない。
チェル=リゴッティ小銃は有効射程が200メートルそこそこと、AR-15系アサルトライフルや狙撃銃に一方的に攻撃されることが最初から分かっていたため、先進的なボルトアクション式狙撃銃の開発を推進し、今年1月にシモンガナンを制式化。さらに中距離牽制用にマトセン機関銃の配備を進めているのが今の騎士王国軍だが、貴族や官僚の無理解から予算がつかず配備が進んでいない。また、アレクサンドル2世に相当する者は誕生しなかったようで平民は何があろうと将校になれない。と言うガチガチの身分制度の他、25年間の兵役と言う事実上の刑事罰、大日本帝国陸軍に海軍よりも酷い奴がいるとは……と言わせるほどの体罰天国などの諸要素が積み重なった結果、兵士たちの士気は低く、将校たちが訓練を強要しても適当に怠ける為、練度も低い。そんな中、北門警備の第2小隊は3種の新装備を完全充足し、士気練度ともに高い水準にあるという最優良部隊だった。
何が起こっているかわからない。だがきっと奴の仕業だ。そういう考えから第2小隊を向かわせたが、それは間違いだったことに気づくことは永遠になかった。
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「優良装備の1個小隊が出動したわね……十分に離れたら忍び込むわよ」
「了解」
北門近くの茂みにハーフギリーをまとい静かに機会を窺っている6つの陰は気づかれぬように息をひそめ、北門警備の最有力部隊である第2小隊や外周巡視班が西門に向かうのを見ていた。
数分後
〔カラン〕
「なんだ? ちょっと見てくる」
2人居る門衛の内、一人が何かが転がるような音を聞き、確認に向かい1人になったところでクロロホルムをたっぷりしみこませたハンカチを持ち背後から忍び寄り昏倒させた。門衛が帰ってこないうちに、守衛室に麻酔ガスグレネードを投げ込みウォッカを飲んでいた兵士たちを門衛と同じく昏倒させる。あとは眠っている兵士たちの手元に酒瓶を置き、あたかも飲みすぎて潰れてしまったかの様に演出を行い、市街地に入る。これで少しだけなら時間稼ぎができるだろ。
なぜ最精鋭部隊を迅速に出動させた隊長がいる守衛が門衛を2人だけ残して守衛室でポーカーをしていたのかはわからないが、時間との勝負である以上そういったなぞは終わってから考えるべきだろう。