第6話「帰るまでが戦争です」
第3章第6話「帰るまでが戦争です」
……………
[プッ!プッ——!]
「おいおい……"アレ"はどうした?」
交易商向けの野営地の南側側出口でクラクションを鳴らした車両はスパキャットHMT600。パイプフレームが特徴的な軍用車両だ。地球ではランドローバーSOVの後継車両としてオーストラリア陸軍SASが導入して以来、西側特殊作戦部隊が次々と導入したベストセラー特殊部隊用車両の6輪タイプで重量の割に積載能力が高い。第101特務歩兵大隊移動用車両として導入しt……
じゃなくて!!"アレ"の準備はどうした?
……ん?4しか居なくね?
「おい、他の4人はどうした?」
シエラチームは8人編成のはず。ちゃんと荷物も8人分ある。というか準備完了って言っていたよな。どういう事だ?
「後ろで発射命令を待っているぞ」
———だそうだ。
「居たぞ!さっきの奴だ!荷馬車ごとハチの巣にしろ!!」
追い付かれたか。数は———
[ガチャコン ガチャコン]
——頭上より聞こえる、金属音が2回。ブローニングM2の特徴的なコッキング音。何をするか?そんなことは分り切っている。
「隊長も奴に殺された。仇を討つぞ!」
「たかが数人だ!数で押せば勝てるぞ!」
追っ手の騎士王国軍の兵士たちがそれぞれ声を上げ、士気を高める。既に双方の距離は100メートルほど。接敵前の士気向上の儀式を終えた彼らは士気をさらに高めるため、敵を威圧するために雄たけびを上げ突撃してくる。が———
[ドドドドドッ!]
———ブローニングが自動小銃や機関銃などとは全く違う腹に響く砲声を轟かせ、騎士王国軍に機銃掃射を浴びせていく。いかに、騎士王国の保有する世界最高峰の冶金技術を持とうと、一歩兵が携行可能な防護装備に1万4000ジュールにも達する非常識な運動エネルギーを持つ.50BMGを食い止めることなど到底不可能。
「目の前の死体が目に入らぬか!」
当然だが、当たれば死ぬ。そして、当たらなくても隣の奴にあたる。結果、先鋒50が壊滅した。目の前のミンチが見えないはずがない。騎士王国軍の兵士たちは足がすくみ、突撃を止めた。一部の勇敢な治療術師たちが負傷者の救護をするが、大半は硬直していた。
「こいつの名前は大正義ブローニング!誰の死体かわからない合挽肉になるぞ!」
半恐慌状態の兵士には分かりやすい脅し文句が効きやすい。だからこそ、簡単に壊走してくれる。
しかし、何故か一台の馬車が走ってくる。何かがあるがカバーが被さられていて詳しくは分らない。馬車の上に仁王立ちしているのは元クラスメイトの……何だっけ?が布を取り払う。
[バッサ!]
「こいつはKPV!偉大なソ連製重機関銃!ドラゴンすら撃ち落とせるぞ!」
出てきたのは対軽装甲車両戦闘や対空防護用に開発されたソ連製の大口径重機関銃。確かソ連ではテクニカルのことをタチャンカと言ったはず。しかし……馬車はテクニカルなのだろうか?テクニカルと聞くとビッグスリーの一つで愛知県に本社を置く某社製のピックアップを思い浮かべるものだが……
「「「「突撃ィ————————————!」」」」
まずい!弾が足りない!ちと危ないがやるしかない
「迫撃砲班、撃て!」
[キュ~~~ ズドォ——ン!]
天より使わされた60㎜迫撃砲弾が騎士王国軍の兵士たちの頭上から顕現し、炸裂。周囲の兵士たちを薙ぎ払う。
「おお、我らが神よ!その名も砲兵!我が願いを受け、敵を一掃せよ!」
どこかの独裁者いわく、砲兵は戦場の女神らしいが全く持ってそのとおりだと言える。たしかに航空機の瞬間火力は素晴らしい。戦闘ヘリの的確な航空支援も素晴らしい。だが、砲兵ほどの制圧力もなければ、持続性や全天候性でも劣る。
60ミリ迫撃砲など歩兵携行装備だ。つまり立ち位置としては歩兵携行式の無反動砲と変わらない。重量もほとんど同じ。それでいて、自動小銃を大きく上回る射程と攻撃力、制圧力を持ち、航空支援と同等の効果を発揮できる。
これを神と呼ばないのであれば、一体何を神とするのか?我々は戦場において神を味方につけた。しかし、彼らは最も怒らせてはならない物を敵に回した。彼らはとりあえず伏せれば、その鉄槌をやり過ごせる。という事実を知らない。
だからこそ、生き残れなかった。
対する小勢力はやり過ごす術を知っていたし、スパキャットと言う盾があった。
一基数として用意されていた60㎜迫撃砲弾はコンテナ1つ分、8発。そのすべてが炸裂したその時、ルーメリア王国内に展開していたコマンド部隊を支援するために進出していた騎士王国軍特殊コマンド支援部隊は壊滅した。
王国暴動鎮圧軍団の指揮権を継承したライコフ作戦参謀部副部長が作戦の中止と全特殊コマンド部隊を回収後ただちにエレヤ要塞に撤退することを決断した。