第8話「自由とは自主防衛によってのみ、実現可能性が生じる」
「報告します!騎士王国軍8万がアーペント侯爵領へ向け進軍中!越境まで5日と思われます!」
伝令が伝えた情報は正直に言って嘘であってほしい情報だった。騎士王国軍が来ること自体は予想されていた事だが、侵攻ルートは50キロほど南の街道と予測し、その方面に大部隊を配置していた。戦略予備として後方拘置されていた1個師団が急行しているが、それを合わせても3個師団と特務大隊、半自動車化騎兵旅団の4万しか居ない。
無い物ねだりをしても悲しくなってくるだけであるので、前線部隊は直ちに塹壕の構築を開始し、防衛総司令部に各部隊司令官を招集した。
「B案を採用する!各員、準備に取りかかれ!」
会議開始から1時間後、意外にもあっさりと終わった会議の決定に若干の違和感を感じたが自分の仕事に取り掛かることにした。
俺の担当は指揮下の特務大隊を率いて側面攻撃。そんな事で貴重な特殊作戦部隊を消耗させるなと思うが通常戦力ですら足りてないのだから仕方がない。
会議から4日後、騎士王国軍ルーメルア討伐軍総司令官ロビンスキー元帥が直接指揮する司令部直轄軍とルーメリア王国アーペント侯爵領防衛軍団はルーメルア王国東部国境北部のダゴン平原において接敵した。
「前方に敵影! 推定2個軍団が展開中!」
「うむ。やはりここか」
ロビンスキー元帥は偵察に充てた槍騎兵部隊からの報告に対して満足そうに言った。彼はルーメルア王国で虐殺を行った暴徒が展開するのであれば、主力は国境中部に布陣するはずだと予想していた。その予測が命中し、2個軍団と少数しかいない事を確認した彼は満足していた。
ロビンスキー軍団は8個軍団といくつかの独立部隊を合わせ将兵約8万5000名の大部隊である。対して敵はやや増強されただけの2個軍団、約3万名。多少の起伏がある事と近くに森がある以外は特に何もない 特に地形効果があるわけでない平原、8万対3万であれば負けるはずがない。ロビンスキーはそう判断すると、麾下の部隊にに命令を下す。
「攻撃開始。第一陣の歩兵隊を突入。両翼の騎兵部隊は微速前進で突撃準備。後衛魔術、弓兵部隊は歩兵を援護せよ」
彼の命令は簡明の原則という視点では優れていたが、流石に簡素すぎた。しかし、作戦とは本来そうあるべきである。というわかりやすい教科書だ。という擁護もある。擁護派、批判派の両派閥において共通しているのは『命令が簡明なため伝達ミスが発生しにくく、致命的な連係ミスを生じにくい』という評価だ。批判派閥の場合『命令が分かりやすいのは素晴らしいが、敵にも作戦意図が分かりやすいのはどうなのだろうか』という提言の名を借りた批判がついてくる。
魔導兵の戦術魔法と弓兵による遠距離攻撃を行いつつ第一陣の歩兵部隊を前進させる。創造性のかけらもないごく普通の、教科書通りの戦端の開き方をした。兵力差が3倍近くあるため、奇策などと言うものはない。ただ数に任せて押していけば敵は短期間に瓦解するだろう。そういう意図からの命令だった。
ロビンスキー元帥の命令は魔法を用いた信号弾や軍楽隊、大隊旗、そして伝令などによって前線に送られる。1分後には第一陣の歩兵隊と両翼の騎兵隊が前進し、魔導兵が詠唱を開始した。
「閣下、魔導部隊攻撃準備完了です」
「私の合図で一斉攻撃、その後は支援魔法に切り替えよ」
「ハッ! 信号弾用意!」
ロビンスキー元帥は本営をおいた丘からタイミングを図っていた。
味方の歩兵を巻き込まないギリギリの距離で魔法を発動させることができ、敵が体勢を立て直す前に騎兵隊を突入させる。そうすれば味方の少ない被害で敵を撃破できる。数分に1発しか撃てず、射程も長いとは言えない戦術魔術は最初の1発が最も重要である。
ロビンスキー元帥は歴史書の中で語られる数々の指揮官たちは騎兵突撃の下令と同じように早すぎても遅すぎてもいけないという絶妙なタイミングに合わせることができ、大戦果を上げられた『名将』とタイミングを外してしまった『愚将』に分けられることを知っていた。しかし自分は絶対にタイミングを外さない、という確信があった。
だが、彼は魔法斉射の命令を発する事ができなかった。
〔ボン!ボン!〕
「敵の前衛で爆発!」
「何?」
ロビンスキー元帥が戦場を見ると、確かに騎士王国軍正面と対峙するルーメリア王国軍前衛部隊付近に多数の白煙が立ち込めていた。何かの爆発があったようだ。しかし、何が爆発したのか?
数秒後、騎士王国軍第一陣のいたるところで王国軍の新型戦術魔法と思われる閃光が発生、同時に爆発音と白煙、魔法の炸裂というよりも煙が少ない火薬のようだと感じた。敵新型戦術魔法によって発生した火の塊により第一陣は大混乱に陥った。
しかし、その混乱が一時的なものであると確信したロビンスキーは「愚策である」と判断した。なぜなら、敵軍はせっかくのチャンスだというのに横穴に仲良く身を隠したままであるからだ。騎兵突撃を仕掛けてくる気配も無い。そもそも騎兵が存在しない。
「どうやら暴徒どもは数の不利を覆そうと新型の戦術魔法を放ったのだろう。我々が動揺したスキに側面強襲でも仕掛けるつもりなのだろう。第一陣は防御に徹し、騎兵部隊は前進。第二陣は前進し、敵の前衛を半包囲せよ!」
………………
ルーメルア王国軍前衛部隊での爆発は迫撃砲弾薬の底部が迫撃砲砲尾の撃針にぶっ刺さったことによるもの。騎士王国軍が新型戦術魔法だと認識しているものは迫撃砲砲弾の爆発である。この時、前線は総崩れと言って良い状態だったが、督戦隊により脱走兵は何とか許容範囲内に収まっていた。
この悲劇的な状況は本営に伝わらず、魔導攻撃によって1万程度の差であればひっくり返されたかもしれないという評価となってしまった。
騎士王国軍の両翼及び前衛部隊の総数は9800名を定数とする軍団が5個。対する王国軍のそれは常備定数1万2000名、緊急増員込みで1万5700名の師団が2個、騎士王国軍に発見されていない部隊を含めても正規軍4万と緊急動員された1万の合計5万であり、戦闘中の部隊では互角だが後方予備まで含めると数の上では劣っている。このまま戦い続ければ数で劣り、緊急動員兵の編入により練度が不均一な王国軍の崩壊は時間の問題だった。実際王国軍はジリジリと後退しており、それを逃がさんと騎士王国軍前衛歩兵軍団及び両翼騎兵軍団は猛追している。
騎士王国軍の督戦隊指揮官は、武勲を独占しようと攻勢命令を出し続けた。敵に突進し損害を与え続け、そのおかげでついには王国軍の本営に手が届きそうなほど近づくに至った。
……と、ロビンスキー元帥を始めとする司令部要員は騙されていた。実際には騎士王国軍の前衛部隊や両翼騎兵部隊は王国軍の機関銃や狙撃銃によって、崩壊することもできず、全滅していた。ではなぜ猛追を掛けているという誤報がロビンスキー元帥に届いたのか?それは、側面より攻撃を仕掛けた特務大隊が伝令をすべて殺害し、伝令兵に成りすまして嘘の情報を流していたからだ。
「俺らは木霊部隊なのか……それとも霞部隊か?特別潜入偵察隊か?」
デジタル通信と交戦級陸戦C4Iシステム、末端戦闘支援AI、歩兵バイタル・メンタル管理支援ナノマシンの普及などにより軍隊のセキュリティが飛躍的に向上し、ステルスアクションや怪盗三世のような敵兵に変装して基地に侵入という作戦は基本的に不可能になってから久しい地球人にとっては往年の火葬戦記を連想してしまう作戦に思わず愚痴がでる。
«作戦司令部から作戦参加全部隊へ。作戦第二段階発動。各部隊は指定された目標を攻撃せよ»
「愚痴は後にして仕事を済ませるか」
指示されたらやる。やったら休む。これをしとけば人生なんて楽しいものになる。そう思い、再び仕事モードに戻った。
その後、特務大隊と半自動車化騎兵旅団が騎士王国軍の本陣を強襲し、騎士王国軍の主力を撃滅した。そのまま国境の砦を無視して、国境近くの交易都市前面に主力を展開。これにより、講和を結んだ。