第7話「平和とは次の戦争の準備期間である」
国王一族の救出、騎士王国からの代官の排除、騎士王国軍の排除、騎士王国に協力的な王国貴族の排除、騎士王国の情報資産の排除、反体制勢力の排除、反動分子の排除、エトセトラエトセトラ……とにかく血なまぐさいながらも最低限、パルチザンではなくレジスタンスと言えるぐらいに組織だった差別的な戦闘行動により一般的な良識と常識を持つ国民を有する立憲君主制の国民国家を樹立することに成功した王国は近代戦に耐える中央集権国家を作るため、行政と軍事の中央統制を強める。(主要民族がドイツ系であるため東ドイツと言えなくもないことは公然の秘密である)
なお、立憲君主制といっても普通選挙法は施行されていないし、今後最低10年は公布すらしない予定だ。明治大正期の日本のようななんちゃって民主主義が分かりやすいだろうか?理由は統一歴1764年の産業革命から80年以上たっているものの臣民にたいして高度な教育が施されていないからだ(臣民とか言っている時点でするわけがないが……)。フランス第一共和政がナポレオンの即位によって崩壊した原因は様々だが、民主化革命は、革命政権が高度な政治手腕と理念、統治能力を持たなければ早晩崩壊する。という組織を運営する上での常識を満たせなかったからだ。
事実、なんだかんだ言ってどうにか押し込めたイギリスですら資本家という赤い血を持つ新しい上流階級が生まれたのだから。王国にそこまでうまく押し込める能力など期待できるはずがない。
まずは、国民に対して教育を受ける権利を宣言するよりも先にと子供に教育を受けさせる義務を完遂できるような態勢を整えるとこから始めなければならない。アジアやアフリカの貧困問題が解決しないのはそれが出来ていないということなのだから。
専制政治は、人民が政治の害悪を他人に押し付けることができるという致命的な欠点を抱えている。しかし、民主政治でもマスゴミが国民を散々あおりまくった挙句、不利になった途端、マスゴミと国民が手のひらクルクルするという欠陥を抱えている。しかも、人間は本質的に自らの主体的行動よりも自身への責任追及回避を優先する知的生命体の恥さらしである以上基本的に人間が政治をすること自体が間違いである。
おそらく、平等といった意味で最良の政治体制は量子コンピューターによるディストピアだろう。責任を負いたくないなら人間以外に虐げられればいいのだ。
『平和』とは何か?真理省は知っています。戦争は平和であると。『幸福』とは何か?コンピューターは知っています。市民、幸福ですか?そうであると知っています。幸福は義務であり、それが『正常』なのですから。量子コンピューターならそういった完全に人民に忠実な民主的プロセスに基づき、平和かつ人道的に人々を幸福にしてくれるだろう。
なぜなら、共産主義とはそれが悪であるから淘汰されたのではなく人類には早すぎただけなのだから。現在悪とされている理由は負けたからである。正義だから勝つのではなく勝つことが正義の証明であり、どんなにあくどいことを重ねても勝利した瞬間に全ての行為が正当化される。我々が負けたのは正義がなかったからではない!ただ、運と実力がほんの少し足りなかったのだ!ということだ。
とりあえず、36世紀頃でも実現できなかったが西暦10000年ぐらいには実現できるだろう。統治者をコンピューターとすることで少なくとも人間は誰もが平等に虐げられるという共産主義の基本理念は矛盾なく達成できる。
それが嫌なら立ち上がればいい。自由や権利とは与えられるものではなく、自らの信念と努力をもって勝ち取るものだから。そういった意味ではナポレオンの即位は正しい民主主義の体現と言える。なぜなら、自らの信念と努力によって権利を勝ち取り、その結果が皇帝という権利を行使する肩書であるからだ。
どんなにクソであろうと、自由という権利を行使する権利を維持するためには、あらゆる政府決定を政治代表者を民主的手法によって選出した国民が責任を負うことが義務とされる民主政治が一番マシだと考える俺からすれば、将来的には自然発生的な民主主義革命が起きてほしいとは思う。しかし、民主政治とは銃口によって生み出され、自らを生み出した銃口を制度と秩序によって統制することが求められる。どのように言葉を飾っても、既得権益の簒奪である以上、話し合いによる平和的解決などありえない。つまり、革命は銃声によってなされるのである。そして、王侯貴族という絶対者をぶちのめせる銃口の統制に失敗するれば、広義の意味では共和政治だろうが軍事政権という独裁政権の誕生につながる。ド・ゴールの軍事政権の様に。
だからこそ。
だからこそ、流血を最小限に抑えつつ、フランス第一共和制のような結末にならないよう民主化の種を撒く。
その根幹は二つ。
一つは襲爵に、高額の相続税を掛け、代を重ねるごとに貴族の資産を削り、いずれ自ら爵位を返上させる。そして二つ目は、全国民に対して子供に教育を受けさせることが可能なほどの経済的余裕を生み出すとともに高等教育を受けさせる。これによって大量の官僚を確保するとともに高額な相続税に耐えかねた貴族が爵位を返上した際に直ちに民衆による政治が可能な体制を作る。
だがそれは、まだ先の話。おおよそ100年後の理想だ。今は民衆による政治をおこなえる状況にない。しかし、『小さな政府』から『大きな政府』に脱皮しようとしているこの時代に国王が一人で国を回せる状況にないのも事実。さらに、ネロのように必ずしも国民にとって喜ばしいものが国王になるとは限らず、大量の流血を伴う革命が起こる可能性がある。
記録が事実ならば曲がりなりにも2000年以上の長きにわたり血統の継承に成功した天皇家はそのほとんどの期間で権力を有していなかった。ある意味では世界初の立憲君主制を実施したともいえる。そのほとんどの期間が軍事政権だとしても、十分に偉業と言えるだろう。生き残った理由は天皇家は権威はすさまじかったが経済力と軍事力を有していなかったため、殺すよりも上手く操った方がよいと判断されたためだ。流石にそこまでは要求しないが、王族には政府首班の任命権と予算決定権、軍政面の管理権と教育機関の管理権を有するだけに抑え、その他行政権や軍隊の作戦指導権は政府首班に委譲させた。
政府主導による大規模な資本投下を含む蒸気機関やライン式生産システムの積極的な導入と産業改革。政治の基本であり、国家という枠組みを成立させた理由でもある国家主導の治水工事(政治とは、治水を行うための政なのだ)や鉄道敷設を含む大規模な社会資本整備。中央参謀本部設置やライフルや重砲の大量導入、無線通信機の大規模導入による情報伝達網の整備、武器弾薬糧食類の備蓄と兵站能力の拡充などの軍政改革を柱とした大改革を行っている。
この世界においては……訂正しよう。地球を含めても最大規模と言える大改革により王国中の官僚や貴族が大忙しとなっている。……二度目だがさらに訂正しよう。平民や兵卒のような下っ端も含めて上から下まで大騒ぎだ。かく言う俺も訓練計画の策定と新編部隊の戦闘訓練という非情にめんどくさい仕事を押し付けられている。所謂、友好国の国防支援という任務なのだが、訓練名目で活動しているのに戦闘任務もやるのが本気で友好国国防支援任務だ……
要は軍隊の訓練なのだが、訓練対象は大きく分けて3つある。先のクーデターに参加した10個小隊と既存の王国軍部隊、大規模な国民徴兵によって編制される予定の新編部隊、この3つである。新編部隊は当然として、既存の王国軍部隊ここまではまあわからんでもないだろう。戦術が変化しすぎて訓練内容見直しの要アリと判定されただけだから。
しかし、10個小隊の再訓練がなぜ必要なのかがおぼろげであってもすぐにわかる奴は最低でも手遅れなミリオタであることは俺が保証する。この10個小隊は限られた時間で決まった任務を遂行できるようにそれを重点的に鍛えた単一作戦機能部隊であるからだ。より正確に言うと、高付加価値目標の殺害にだけに特化した訓練しかしていないということだ。時間短縮のために歩兵として最低限の基本技能である、基礎野戦工作課程を受けていない。つまり、塹壕や蛸壺を掘る能力を有していないということになる。これではせっかくの後装式連発銃を与えたところで、その能力を十分に発揮できないだろう。
以上の訓練状況から基礎野戦工作課程と基礎野外ナビゲート課程、軍事自由降下課程、ファストロープ課程、降下先導課程、スクーバ課程、偵察目標補足発見技術過程、SERE課程エトセトラエトセトラ……様々な特殊部隊に必要とされる訓練をおこない、特殊作戦部隊として完成させる。
次に、既存の王国軍部隊の再訓練の話だ。現在構想ではおおよそ7000名の騎兵部隊は半自動車化騎兵旅団として再編成。戦列歩兵部隊は近代的な散兵戦術を基本とする小銃兵部隊へと脱皮。弓兵及び砲兵を野戦砲部隊及び迫撃砲部隊として兵科転換訓練をおこなう。これら部隊のうち、歩兵科及び砲兵科部隊は新兵を兵卒として既存兵を士官及び下士官として再訓練する予定となっている。そのことから実のところ、訓練は特殊作戦部隊と一般部隊の2系統しかなかったりする。1人で二系統の訓練計画を策定して実施する。というのは基本的に無理難題というが……
……………
こんなに小難しい話をしているのに20分しか掛かっていないし、話もほとんど進んでいないのはここだけの話。