第3話「計画と訓練と」
午後11時20分
ルーメルア王国
アーペント伯爵領
領都クライル
廊下
あれはスタンピード騒ぎから1週間がたった日の夜、トイレの帰りだった。その時はトイレが水洗でよかった〜と思いつつ、消灯後の窓から月明かりが照らす薄暗い廊下を歩いていた。会議室として使われている一室の半開きのドアから明かりが漏れていた。
誰かいるのかと思い、ドアの隙間から中を覗いてしまった。クーデターという単語が聞こえすぐにヤバいと思い。見なかったことにして立ち去ろうとしたが派手に音を立ててしまったのだ。
〔バッキ!〕
「あ」
「誰!?」
〔ダン!〕
ヤベと思ったがときすでに遅し。ドアに近くにいたレシアが俺の左手を引き寄せ、前傾気味の腹に膝蹴り、崩れ落ち一旦膝で止まったところで首根っこを引っ張り、倒れたところでマウントを取る。という一連の動作を流れるように行い制圧された。
「ッ!シロウ!?」
「ゴッホ!ゴッホ!」
……誰何しながら制圧すんなし。
膝蹴りをまともに食らったせいで、強制的に肺の中身を吐き出させられた俺は呼吸困難になりつつ思ったが、咳しか出てこなかった。
「まぁ、その…なんだ。君に協力してほしいのだが、協力してくれるね?」
大変困惑しているレシアの父親……アーペント伯爵当主が協力を要請……強要だな。をしてくる。
「こんな美少女とクソッタレの騎士王国なら答えは決まっているだろう?しかし、いくつか聞きたいのだが、いい加減拘束を解いてくれないか」
未だ、地面とキスした状態で左手を背中に押し付けられ、ミシミシ言っている。いい加減痛いから解いてほしい。
「…ごめんなさい」
未だ、拘束したままだということに気がついたレシアはシュンとなって俺の上からどいてくれた。
「……それで、聞きたいこととは?」
「クーデターの目的」
端的に聞いてみる。答えも簡単、独立戦争である。戦時臨時増税に耐えかね、このままでは何も無くなてしまう!今戦わなければ、食い物にされてしまう!
……ということらしい。アメリカ独立戦争プラス太平洋戦争といったところだろうか?
「……勝率のほどは」
「……半分あったら嬉しいかな」
だろうな。でもなぁ、騎士王国の戦利品になるのは我慢ならないなぁ。
「作戦計画は聞かせてもらえるのかな」
そもそもあるのだろか?最低でもそれを今考えていたところだ。ぐらいはほしい。
まず、少数精鋭で国王陛下を救出し、同時に国内の騎士王国軍を殲滅。同時に騎士王国の代官を排除。その後、騎士王国の反乱討伐軍を撃退し、西のプロイツェン帝国に援軍を派遣してもらう。とのことである。
問題は、それを可能にする実力組織を持っていないということだ。ないならないで、作ればいいのだが後三ヶ月以内にことを起こさないと手遅れになる、というタイムリミットがある。
「そこで、君に訓練をおこなってもらいたい」
……………
「気をつけぇ!!」
あの夜から4日後の昼過ぎ、目の前にはクーデターに参加する458名の兵士たちがいる。それを訓練する、というのは大変なことだ。しかし、目の前に吊るされている餌を食べるために必要と言うなら、俄然やる気も出るというものだ。
まずは訓練を完遂できるだけの体力が必要だ。ということで、まずは体力トレーニングだ。外周10周ほどでいいだろう。ん?なに?一周20キロほどある?んなもんしらん。そのぐらいできんと辛いぞ。よし、行け!!
………
「よーし!準備体操は終わりだぞ!」
200キロも走ったのになんでこんなに余裕そうなんだよ。兵士たちの気持ちが一致した瞬間である。
そもそも、なぜ200キロも走れたのか?それは背後から明確な死を感じさせるほど強烈な殺気を発するヤバい奴が督戦し、大規模動員された治療術師によって回復魔法をかけ続けされ、疲れることすら許されなかったからである。
「(ふむ、思ったより粘るな。……もう少し訓練強度を上げるか)」
兵士たちは死に物狂いで死の恐怖から逃亡し続けていたのだが、どうやら『まだまだ余裕がある』と思われてしまったようだ。いつの世も、推測と勘違いで世界は回っているのだ。実に非情である。
「……クッキーか?」
兵士たちは2つづつ配られた400グラム程度のクッキーを見た。どういった意図でこれを配ったのか?なぜこのタイミングで豚脂などという貴族にとってすら高額なぜいたく品をふんだんに使う豚脂クッキーなどを配ったのか?疑問は絶えない。
「貴様らッ!!直ちに!クッキーを!2枚!食べろ!!食べない奴はランニング5週追加だ!!」
「(なぜそんなに気張らなければならないんだ……)」
兵士たちの気持ちが再び一つになった瞬間である。しかし、その疑問はすぐに解消された。めちゃくちゃ重い。とにかく重い。リアルに肝機能障害を引き起こしそうなレベルで重い。マジで重い。
まあ、当たり前といえば当たり前である。このクッキーは重量400gで5400キロカロリーもあるハイパー高カロリー食品を模倣したものだからだ。カロリー計算上は真冬の雪山であっても1枚食べるだけで1日軍事行動可能な用に設計されている、長距離パトロール任務やコマンド作戦用の戦闘糧食4型のレシピをコックたちに渡して作ってもらったもの。いや、国防省が各種メニューを公式ページで公開していてよかったよ。本来は1枚で1日中活動できるものをトレーニング中に2枚も食べたら……言うまでもないだろう。
小麦粉で炭水化物、豚油でタンパク質と脂質、ハチミツで糖質、塩で塩分を供給しながら殺虫効果で保存性を高め、レーズンでビタミンを補給する。そういったコンセプトで作られたクッキーは10枚ごとラミネートされ無人物資補給ドローンから投下される。というのが地球における長距離パトロール作戦や定点監視任務の常識であった。
そう言った用兵から耐衝撃性、保存性、省空間性、重量カロリー効率が重視された逸品だ。
作り方は簡単、大量の小麦粉に水の代わりに山のように注いだハチミツでこね、だまができてきたところに、塩と加熱しドロドロに溶けた豚油を追加する。
この時点で尋常ならざるカロリーを想像できてしまう。
そして十分に練り上げた生地に、レーズンをこれでもかと大量投入。最後に適量に切り分け、省空間性に優れる長方形に成形したのち鉄板に並べる。
1枚当たり豚油120gというよくクッキーとしてまとめられたな……というレベルの大量の脂質と山の様に積み上げられた糖質、やはり山の様にかけられたハチミツを混ぜたペーストのような何かを焼き上げて、食べるまでは普通のクッキーに擬態できているのだから職人技ここに極まれり、である。
「今から!持久走を行う!この、1周1000メートルのトラックを10周しろ!1周ごとにこのドリンンクを飲み、治療術師にリジェネートをかけてもらうように!」
リジェネートとは自然治癒能力を一時的に強化する魔法であり、これを運動と並行して使用することで運動密度が高くなり、通常の5倍程度のトレーニング効果を得られる。
そして、1周ごとに飲むドリンクは所謂、プロテインという運動補助飲料であり、高い訓練効果を得られる。
この持久走の次は腕立て、腹筋、背筋、懸垂、スクワットなど、練兵セットを行い、基礎体力の強化に務める。
最初の4日間がすぎ、いよいよ小銃を貸与し、射撃訓練に入る。
この時、同時に銃に関する知識も叩き込んでいく。訓練の合間に銃の口径や全長といった基本スペックを答えさせ、知識をつけさせる。
自動小銃だけでなく、拳銃、汎用機関銃、重機関銃、対人狙撃銃、対物狙撃銃、マークスマンライフル、迫撃砲、対戦車火器と、装備している全ての装備に関する知識を付けさせる。
もちろん基本スペックだけでなく、構え方や安全管理、マルチファクションクリアランス、アドミンロード、ドミナンドリロードなど銃の取り扱いや整備方法についても教える。
座学の次は射撃訓練だ。訓練機材にM4A1を使用して即席のレンジで行う。立射、座射、伏射など基本的なフォームで一通り行った。全員が帝国製のボルトアクションライフルを使用した経験がある。ということもあり単発射撃で的に当てることは概ね問題ない。しかし、まるでMT教習中にAT車の体験をした時の様に、1発撃つごとにボルトフォアードアシストをノックしたり、再装填に戸惑ったりと訓練する必要がある要素も多い。
その後、2週間かけて自動小銃や拳銃の射撃訓練、ローディングテクニック、ムービングテクニック、手榴弾の投擲方法、ハンドサインなど基本的な歩兵戦闘術やロープ降下技能、ランドナビゲーション、ローライトコンバット訓練、近接戦闘訓練などを行った。
4週間目からは実弾射撃演習ということでダンジョンでスタンピード対策の間引きも兼ねて分隊ごとダンジョン内部で戦闘訓練を行った。
結果は上々。5週間の基礎訓練が終了し、3日間の休暇が与えられた。
その後、応用訓練課程を行った。スタンピードや実弾射撃演習で多数のクレジットを獲得し余裕が出たため、少し贅沢な装備を配備することにした。
まず、数が揃わず共同管理として80丁しか配備できていなかったM4A1を一時的に回収し、分隊ごとにM4A1カービン8丁を支給、支援火器としてM240汎用機関銃2丁とM79グレネードランチャー2丁を、小隊本部にM14EBR狙撃銃を4丁とM224軽迫撃砲2門、RPG-7対戦車ロケット5本を配備することにした。
さらに、小隊ごとにAN/PRC-117無線機5個と1人1つのAN/PRC-148無線機を配備し無線機の取扱も訓練した。
その他、小部隊指揮課程、衛生兵訓練課程、上級選抜射手訓練課程、機関銃兵訓練課程、爆発物取扱訓練課程……様々な課程があるがとてもでないが教えきれる量ではない。そこで各課程受講者から選抜し集中教育を施し、選抜者を教官として各過程を実施した。
こうして、2ヶ月の訓練が終了し、10個小隊の編制が完結した。