第1話「さらば日常、こんにちは混沌」
「教科書327ページから始めるぞ。小林、教科書を読め」
今日も今日とて一番マシな授業の時間が始まった。ここは、冬月市立北高校。表向きは一般的な普通科高校である。冬月市立第六中学校が隣接していることや中高合わせて2000名のマンモス校であることを除けばであるが。……まぁ、普通でない点はもう一つあったりするがそれはおいおいと言うことで。ってなんだこれ? 床に魔法陣のようなモノが……
「うぉ!!まぶ!!!」
魔法陣は知覚してから数秒足らずで、学校全体に広がり、フラッシュバンのような強烈な閃光とともに視界がホワイトアウト。……教室ではない、石造りの大部屋に立っていた。
この時点で、なんとなく嫌な予感がしつつ、状況の把握に努める。まずは部屋の内装から連想できるものを上げよう。……うん、パルテノン神殿だ……もしくは映画で出てくる古代ローマの宮殿。とても日本のテレビ局やB○Cがドッキリ番組でこさえることが出来そうにない本物感だ。エアソフトガンのヘヴィーウェイト樹脂なんかと比べられないほどの本物感のある彫刻が施された石材の構造材や同じく本物にしか見えないフルプレートの鎧を身に着けた兵士……騎士かもしれないが。そして、縫合その他はしっかりしていてデザインもさも金がかかっていますと言わんばかりなのに生地の質が悪い豪華なドレスを着た女性…………
「勇者様! この国を! この世界をサタンの魔の手からお救い下さい!! お願いします!!」
「「「「「はぁーーー!!!??」」」」」
「ですよねぇーー」
大多数の『こいつ何を言っているのだ?』と言うごもっともな動揺に混じり、ただ一人だけさも『予想は出来ていたけど、まさか本当に……』的な反応をしたやつが1人だけいた。まぁ俺なんだけど。
悲痛な声で訴えているのだが……なんとなく薄っぺらいというか表情を作っているように感じてしまうというか、『この世界をサタンの魔の手から』と聞こえた時点でRPGのラスボスとしてよく登場する“魔王”ではないように聞こえてしまった。冷戦期のアメリカ大統領がソビエトの書記長を指して“悪魔”と言ったように、敵対的な……仇敵かもしれないが、そういった勢力の長を暗殺しろという風に聞こえてしまう。
実際、魔族の王や高度な魔法文明を持つ王国の国王を魔王と称していて、ただの人種差別や権益の略奪を開戦理由とした戦争を終結させるために召喚された主人公が“魔王”とされた国家元首を暗殺した瞬間に『貴様は用済みだ』と殺されたり飼い殺しにされたりするラノベはある。現実と小説の世界を混同するのはよくないが世界五分前仮説やシミュレーション仮設があるように地球やこの世界は神様が夏休みの自由作文で書いた世界である可能性も否定できない。
『流石にそれはないのじゃ……』
だれだ!? っていうか周りが動いていないような? 時間が止まっているのか?
『止まっているわけではないぞい。単に1万分の1になっているだけじゃ』
いきなり強烈なエコーがかかった神を自称しそうな厳かな体の声にのたうち回った。
『エコーが強かったのは申し訳ないと思うが自称ではなく神そのものじゃ。それに貴様の心拍数を上げただけだからのたうち回るわけないじゃろうに……』
それって、すさまじく心臓に悪そうだな……
『だからこそ手短に済ます必要があるのじゃ』
そうなのか……って、おれ口に出して無くね?というか、インテルのCPUみたいにクロック数だけ上げた状態だよな?つまり口も動かない…?つまりテレパシーか?
『やっと気付きおったか。タイムリミットは600秒じゃ。簡単に説明するぞ。貴様らはアルビレオ騎士王国に所謂クラス召喚されたのじゃ。まあ、中等部も含めて生徒と教師全員じゃから違う気もするがの! 貴様がサタンを倒してくれと聞こえたように“魔王”はドレイク王国という王国の国王のことじゃ。騎士王国にとってドレイク王国は相いれない敵でな。なんとしてでも潰したいと思っているのじゃ。このドレイク王国の国王は儂が地球から呼んだ転生者で停滞した文明を打破するために必要なのじゃ。じゃからここで倒れてしまうと文明的エントロピー限界を迎えて世界が崩壊してしまうのじゃ。というわけで召喚された勇者(笑)のなかで唯一まともな貴様に託すことにしたのじゃ。この国から脱出して西に向かってほしいのじゃ。儂からの加護としてエフピーエスとやらのデータを移植しておいたのじゃうまく使ってくれじゃ』
くれじゃ、くれじゃ、くれじゃと残響音が耳鳴りのように俺を苦しめたが何とか根性で顔に出さないようにしているとなぜか王女が泣いていて文官のような格好の男が説明していた。
まとめるとこんな感じ。野郎の説明だから端折る。
・この世界は剣と魔法のファンタジー世界で魔物が跋扈している。ただし、マスケット銃は存在するようだ。
・魔王とやらが人類を滅ぼそうとしている。
・魔王とやらが自然破壊にいそしんでいる。
・魔王とやらが神々と敵対している。
・魔王とやらが周辺国を蹂躙し人々を支配している。
・魔王とやらが過去、この国の軍隊を蹂躙し、陸軍の3分の2を殲滅している。
・女神からの神託により勇者召喚の術を行った。
・高校と中学校にいたすべての人間が勇者として召喚された。
・異世界から呼ばれたものは女神より祝福を得られる。
・勇者召喚の場合、職業が与えられる。
・俺たちを地球に返す方法は不明だが魔王を倒すことでわかると言い伝えられている。
・今日から半年ほど城の中で訓練に勤しみ、その後魔王軍との戦いに参加してほしいこと。
皆は帰る方法がないと聞き、悲しんだが魔王を倒せばわかると言い伝えられていると聞き魔王を倒す方向にまとまったらしい。なんということでしょう。華麗に詐欺が決まりました……遊びが過ぎたね。うん。
情報源が1つしかないのに、すべて鵜呑みにするのはどうかと思うが、俺以外は二つ目のソースを持っていないのだからしょうがない部分がある。まぁ、のじゃ神の方も裏付けが出来ていない現段階では信用するに値しない情報なのだが。
そんなこんなで話が進み、俺たちがどのような祝福や職業を持っているか調べることになった。この国の魔法の道具である「鑑定の宝珠」とやらで調べることができるらしい。見た目は詐欺師やマルチ商法が使う水晶球だ。
ところで画面の向こうの君は占い師と政治家のどちらか一つを信じろと言ったらどちらを信じる?オレか?オレは政治家を信用することにする。確率論の神様を頼るとかご免被る。本気で、マジで……
見た目こそ怪しいが、水晶に手をかざすと祝福持ちなら光り輝き、どのような祝福か表示してくれるらしい。で、その鑑定の宝珠は10個あるが中高合わせて2000人以上いるから1人1分としても200分以上かかる計算になる。くだらないことを考えながら時間をつぶし、2時間ほどたった時、俺の番がやってきた。皆と同じように宝珠に手をかざすが、出てきた祝福は兵士というMOBぽい祝福だった。絶対いじられるなと思っていたら隣の宝珠の周りで騒いでいる声が聞こえてくる。あれは、同じクラスのギャルグループだな。その中心にいるのはやはり同じクラスの病弱設定のさぼり野郎だった。
「魔術師って見るからに弱そうなんですけど――?」
「たしかにー。めちゃ弱そうww」
「だってこいつ、風邪で2カ月も休むようなもやしちゃんだしぃー?」
「魔術師なんて祝福じゃないでしょ。全員持ってるって言ってたのに。お前全員に入ってないんだー。マジうけるぅーww」
冷やかしを受けている本人はどこ吹く風といった体で完全に無視を決め込んでいたが兵士が慌てて指示を出す。というか命令しているということはただの兵士じゃないな。おおかた隊長とかその辺りだろう。
「急いで王女にお伝えしろ!」
もやしがだめなら俺もダメなんじぇねーかなーと思うがなるようになってくれというのが本音だ。
――30分後――
こんにちは、汚れ仕事とともに学業に勤しんでいたら勇者召喚されてしまった江坂志郎です。私は本日、今話題の無料アパートへと来ています。
家賃ですが敷金礼金はゼロ。家賃もゼロ!二食昼寝付きのワンルーム。建材は石材で地震にも強い!!
ちょっと日当たりが悪くて、ベッドに虫が湧いているのが難点ですが、それでもこのお値段は安い。なんせ、家賃ゼロ、ですから……
食事は二回 (たぶん)。現代人には少し物足りないでしょう。しかしながら、この食事――特にコスパは――はなかなかのもの。薄味のスープに屑野菜と腐りかけの肉という食品廃棄物を極限まで減らそうとする姿勢は賞賛すべきであり、なんと低カロリーでダイエットにも有効です。日本も見習うべきではないでしょうか?(まぁ、整腸剤の使用量が爆増するという欠点がありますが…)
さて、このアパートの目玉。それは何といっても、伝統と信頼のセキュリティーです! 見てください、この頑丈な鉄格子を!ビクともしません! まぁ、それを施錠している南京錠が針金一本で解錠できそうなのが玉に瑕ですが……
この頼もしい鉄格子を見て、中に入りたいと思う泥棒はいないでしょう。でも犯罪者は入ってくるのです。
なぜなら、牢屋ですから。
「ということで新入り。この錠前何とかしろ」
「誰が新入りやねん?」
「だって俺の方が先にぶち込まれたじゃん」
「2秒だけだろうが!!どう考えても同期じゃねぇーか!!!」
この反抗期ちゃんは先ほど魔術師の祝福を賜った病弱設定のさぼり君こと柴田信二で、俺がぶち込まれた2秒後にぶち込まれた不幸な奴だ。
「ほれ、これやるから元気出せや」
俺が渡したのは米軍のDレーションだ。
「シリアルバーかどこに隠していたんだ?……まず!」
Dレーションの要求はゆでたジャガイモよりましな程度だからまずいに決まっている。……と言うかどうやったらシリアルバーに見えるんだろ?
「Dレーションってどこで手に入れたんだ?」
「兵士のスキルだけど?出来たら三沢羊羹上げるからさ」
「ここから出たらどうするんだ?まさか城の外に出る気か?」
「そのまさかだぞ。とりあえず準備があるからでかい音立てる奴は抜きでな」
「わかったけど、準備って……便利だな兵士」
兵士のスキルを使いJPCプレキャリとM1911A1スネークマッチ、MCXを実体化させ、マガジンやファーストエイドキット、水筒、サンドイッチをポーチに入れていく。
「開ければいいんだろ……lock pick」
(解錠)
[ガチャ]
「開いたぞ。で、どうやって逃げるんだ?」
明らかに英語による詠唱だったが気にしないでおこう。うん。
「とりあえず地上に出て、適当な場所にプラスチック爆薬を仕掛けながら出口に向かう。一応、スニーキングミッションだな。なんかよさげな魔法とない?」
「はぁー。Alteration organic matter Invisible」
(変質 有機物 透明化)
「あ、銃は無機物だったな。Alteration Man Accessories Invisible」
(変質 装飾品 透明化)
「それと、Painting Item」
(着色 物質)
「これで透明になったぞ。匂いはそのままだから犬がいたら迂回するしかないが」
すげー透明マントだ。光学迷彩ってやつだな。さて状況開始と行きますか。MCXとM1911A1にマガジンを差し込み、ユーティリティーポーチから羊羹を抜き口にねじ込んでおく。
「おい!人の口にねじ込むな!って聞けよ!」
後ろでごちゃごちゃ言っているが気にせず進むことにしよう。だって俺は約束を守っただけだし。
銃火器紹介コーナー
○MCX
ドイツ軍に売り込まれたMPXのアサルトライフルバージョンであり、小型軽量ながらレイルシステムによる拡張性やアンビ設計など現代のアサルトライフルに要求される要素を備える優秀なアサルトライフル。使用弾薬は5.56×45㎜NATO弾と.300BLK弾が用意されており、AS_Valのような消音アサルトライフルとして運用可能である。惜しむべきは高性能ゆえに若干高価であり、また中小国ですら妥協できる程度の性能を持つアサルトライフルを配備できているため大規模な量産が行われることはほとんどないであろうことだ。
○M1911A1スネークマッチ
100年以上にわたり米軍の制式拳銃として使用され続けた傑作大型自動拳銃のカスタムモデル。
ステルスゲームのMGS3で登場した拳銃であるが特殊部隊用拳銃の基礎が詰め込まれている。
本作ではMEUピストルをベースとしている。なお、初期案ではGSRベースであった。
今回使用された魔法はベーシック言語的な構成になっています。(だからどうした)あと、この小説で出てくる英文は基本的に機械翻訳なので雰囲気を楽しんで。と言う程度です。
別に引っ張ることでもないのでネタバレしちゃいますが、ドレイク王国はドイツ帝国及びその前身であるドイツ連邦をベース国家としているプロイツェン帝国の構成国家の一つであり、高度な魔道技術を保有する技術立国として有名。王都ディレクタスは腕時計などの精密機械産業が盛んで300年の歴史がある石造りのアパートが立ち並ぶ旧市街とコンクリートが主体の近代的な建物が並ぶ新市街の2つに分けられる。
プロイツェン帝国成立の過程でドレイク王国は帝国構成国の中で優位な地位を確保するために騎士王国にちょっかい掛けているので滅茶苦茶嫌われています。